乳がんの術後薬物療法「分子標的薬治療」治療の進め方は?治療後の経過は?

(名医が語る最新・最良の治療 乳がん 2011年11月25日初版発行)

監修者井本 滋(いもと・しげる)先生
杏林大学医学部 外科(乳腺)教授
1960年東京都生まれ。85年慶應義塾大学医学部卒業。同大医学部一般消化器外科、足利赤十字病院外科などを経て、国立がん研究センター東病院乳腺外科にて14年勤務。2007年より現職。センチネルリンパ節生検の国内での標準化に貢献。

特定がん細胞の分子を標的にする薬を用いた治療法

 HER2陽性タイプの乳がん患者さんに行われる治療法です。細胞のがん化や増殖にかかわる特異的なたんぱく質や、酵素の分子をターゲットにした分子標的薬を使います。

がん細胞の分子を標的にしたこれまでにない画期的な新薬

HER2陽性なら分子標的薬を選択

トラスツズマブはがんの増殖を止める

 分子標的薬(分子標的治療薬)とはその名のとおり、細胞のがん化やがん細胞の増殖に関係する特異的な(決まった)たんぱく質や酵素の分子をターゲットにして、そこを集中的に攻撃する薬です。
 現在、乳がん治療で行われているのは、がん細胞の表面にあるHER2(ヒト上皮(じょうひ)増殖因子受容体2型。以下HER2)というたんぱく質を標的にしたものです。このたんぱく質は、細胞分裂を促し、がん細胞の増殖にかかわっているとされています。HER2を攻撃する治療法なので、「抗HER2療法」ともいいます。
 分子標的薬は標的とする分子があらかじめ特定されているので、ほかの正常な細胞には影響が及びにくく、副作用が出にくいといわれています。
 また、標的とする分子の発現(はつげん)状況を、事前の病理診断であらかじめ調べることができるので、薬の効果を前もって予測し、有効な患者さんのみに使うことができます。
 乳がんの分野で最初の分子標的薬は、2001年に承認されたトラスツズマブ(商品名ハーセプチン・注射剤)です。当初は転移性乳がんに対してのみ承認され、その後、適用範囲が広がり、いまでは術後薬物療法や、術前薬物療法でも使えるようになっています。
 2009年には第二の分子標的薬となる、ラパチニブ(商品名タイケルブ)が承認されています。こちらは飲み薬で抗がん薬のカペシタビン(商品名ゼローダ)との組み合わせで使うことが決められています。ただし、ラパチニブはまだ適用が進行性の乳がん、転移性乳がんに限られています。
 今後の見通しでは、第三の分子標的薬として、注射薬のペルツズマブ(商品名は未定)の登場が期待されています。乳がんに有効であるとの報告がすでに海外から出ており、現在は国内での臨床試験が進行中です。

増殖シグナルを出すHER2が過剰発現している例に有効

分子標的薬と抗がん薬によるHER2陽性の転移・再発乳がんの治療効果

 トラスツズマブやラパチニブが有効なのは、がん細胞の表面にHER2がたくさん現れている(過剰発現)、いわゆる「HER2陽性」タイプの乳がんです。これまで行われたさまざまな検証で、わが国ではHER2が過剰発現している乳がんの割合はおよそ15~20%であることがわかっています。
 トラスツズマブについては、いくつかの臨床試験によって、高い有効性が示されています。現在の乳がん診療ガイドラインでは、HER2陽性の患者さんにトラスツズマブを使うことは、「推奨度A(十分なエビデンスがあり、日常診療で実践するよう推奨する)」になっています。

トラスツズマブとラパチニブは違う作用で増殖シグナルを止める

分子標的薬と抗がん薬の比較試験

 HER2は、細胞分裂を促す働きがあり、正常な細胞にも存在していますが、とくにがん細胞の表面に多くみられます。HER2が細胞の表面にたくさん現れていると、「増殖しろ」というシグナルが盛んに発せられるため、細胞がどんどん増殖していきます。トラスツズマブやラパチニブはそれぞれの作用によって、このシグナルを阻止します。
 HERにはHER1からHER4まで四つの仲間があって、これらを合わせて「HERファミリー」といいます。HER2はHERファミリーの一つです。
 トラスツズマブは、がん細胞の表面についているHER2に結合することで、増殖シグナルを止めます。同時に免疫細胞の一つNK細胞(ナチュラルキラー細胞)に作用し、NK細胞が細胞死を促す物質を送り込んで、がん細胞を殺す作用があることもわかっています。
 ラパチニブはチロシンキナーゼ阻害薬とも呼ばれます。チロシンキナーゼは、細胞のなかにあって増殖のシグナルを送るためのスイッチの役割をしています。ラパチニブは分子量が小さいので、がん細胞のなかに入り込んで、チロシンキナーゼに作用し、増殖シグナルを阻止します。また、HER2だけでなく、HER1にも作用します。
 このようにトラスツズマブとラパチニブはそれぞれ違ったしくみでがんの増殖を抑えるので、両者を併用することでより強い効果を発揮することが予測できます。実際に、臨床研究によっても併用で効果が補強されることが確かめられてきています。費用面などの問題もあり、推奨できる治療にはすぐにはなりにくいと考えられますが、こうした試みも行われているのです。

●乳がん治療に使われる分子標的薬と適応
一般名
(商品名)
適応 投与方法
トラスツズマブ
(ハーセプチン)
HER2陽性乳がんの転移がん、進行・再発予防 3週間に1回(初回8mg/kg、2回目以降は6mg/kgを静注)
ラパチニブ
(タイケルブ)
HER2陽性乳がんの進行・再発予防 1日1回(1回5錠を内服)抗がん薬のカペシタビン(ゼローダ/1日2回内服)と併用する

※現在、第三の分子標的薬としてペルツズマブ(商品名未定)が臨床試験中

分子標的薬の作用する仕組み