乳がんを切らずに治療する「非切除凍結療法」-高齢者にも適応

監修者福間英祐(ふくま・えいすけ)先生
亀田メディカルセンター 乳腺センター主任部長
1953年京都生まれ。79年岩手医科大学卒業。聖路加国際病院、帝京大学溝口病院などを経て、2000年より亀田総合病院(当時)。11年より現職。落ち着いた風貌のうらにアグレッシブな診療技術への情熱が。

本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。

乳がんを切らずに治す新しい治療

 切らずに治す局所的乳がん治療(非手術的療法)が登場し、注目されています。がんを凍らせて破壊する凍結療法もその一つです。

傷は小さく、入院期間短縮でQOLを向上させる治療へ

亀田メディカルセンター乳腺センター入り口

 乳がん治療では、病期がかなり進んだ進行がんと、肺や脳などに転移がある転移がんを除き、がんを切除する手術が標準治療となります。  検査機器の進歩により、ミリ単位の小さながんがみつかるようになっていますが、がんの大きさにかかわらず、手術は省くことができない治療です。手術も徐々に切除部分が小さくなっていますが、やはり切開すれば傷も残りますし、入院が必要になり、リンパ浮腫(ふしゅ)などの後遺症にも悩まされます。つまり、現状では、がんがどれだけ早期にみつかったとしても、治療による患者さんの負担はあまり変わらないのです。
 しかし、がんの治療全般が、より体に負担を小さくする低侵襲(しんしゅう)の方向に向かっているように、乳がんでも切らない治療が研究・開発され始めています。それが、乳房にまったくメスを入れない治療法、非手術的療法です。
 非手術的療法には「ラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法」や、「集束超音波治療(FUS。超音波を集中的に浴びせる治療)」「レーザー(特殊なレーザーでがんを焼き切る)」、そして当院で行っている「非切除凍結療法(非切除冷凍凝固療法 以下凍結療法)」などがあります。

がんを凍らせて取る体に優しい凍結療法

 凍結療法の最大のメリットは体への負担が少ないことです。メスを入れないので乳房に傷はつかず、局所麻酔を用い、日帰りで治療を行うことができます。また、凍結そのものに痛みを感じにくくする鎮痛作用があるので、ほかの治療よりはるかに痛みが軽くなります。
 乳がん患者さんは、発症のピークが40~50代と、ほかのがん患者さんに比べても若く、仕事や育児、介護などで忙しい時期に多いという傾向がみられます。そこで、日帰りや短期間の入院だけですむ治療ができれば、患者さんのQOL(生活の質)の向上につながります。
 凍結療法は、海外では1985年に初めて行われた報告があり、アメリカで1990年代後半から良性のしこりに対して行われるようになっています。日本では、当院が2006年から試み始めました。まだ臨床試験的に行っている治療であり、再発率や効果についてのデータは十分蓄積されているとはいえないのが実状です。また治療費も健康保険では認められていないので、自費診療となります。
 凍結療法では、凍結させている範囲が超音波画像で明確に確認できるという利点があります。超音波画像を見ながら治療を進めていきますが、細胞が凍ったところは、黒くはっきりと写し出されます。凍結部分の真ん中あたりが、もっともがん細胞を破壊する力が強力なので、そこに病変(がん組織)の中心がちょうど重なるようにして、凍結する範囲を調節すればよいことになります。目で見て確認でき、本来がんがある部分を外して凍らせてしまったり、凍らせ方が十分でなかったりといった問題を防ぐことができます。

1cm以下の、悪性度が低い乳がんが対象

 私たちが実施している凍結療法は、高圧のアルゴンガスとヘリウムガスを用いて、がん細胞を凍らせて破壊する治療です。がんを中心に一定のマージン(安全域)を含めて細胞を凍結させることでできる、氷のかたまりをアイスボールと呼んでいます。
 現在、この治療を行える患者さんの条件として、私たちは次のように考えています。いま用いている機器で作ることができるアイスボールの最大の大きさは直径4cm。がんの取り残しを避けるために、病変の周囲には1.5cmのマージンを設けたいので、それを含めて4cmのアイスボールに収まる大きさが目安となります。
 つまり、病変の大きさが1cm以下の、悪性度が高くないタイプ、最近の基準でいうと、「ルミナルA型」に当てはまる患者さんが多いといえます。もちろん、実験的な治療ですので、それを十分に理解し、納得したうえで患者さん自身がその治療を望む場合に限られ、当院の倫理委員会に諮(はか)り、許可を得たうえで実施します。
 凍結療法は、乳房温存療法と同様に、センチネルリンパ節生検と、治療後には放射線療法を行うことを原則としています。必要に応じて、薬物療法を組み合わせることもあります。

凍ったがんの細胞膜を破壊し、増殖も抑える

 ところで、高温でがん細胞を焼き殺すならまだしも、凍らせて本当にがん細胞が破壊されるのか、と思うかもしれません。しかし、実は、加熱よりも、急速に極度の低温状態にするほうがより確実にがん細胞を破壊することができるのです。
 まず、がん細胞のなかの水分が凍って氷のかたまりになり、細胞を覆っている膜を傷つけてズタズタに壊してしまいます。急速な凍結後に、今度は温度を上げてアイスボールを融かしますが、それによって、細胞の内と外との浸透圧のバランスが崩れ、細胞の外から内部に水分がどんどん入ってきて、細胞膜が破裂し、細胞が壊れていきます。
 さらに、がん細胞に栄養を運ぶ周囲の末梢(まっしょう)血管が凍ってしまったり、血管の内部の壁が傷つけられてふさがったりして、結果的にがん細胞に栄養が送られなくなるので、増殖できなくなります。

病変部をアイスボールにする

治療の進め方は?

 がん細胞の中心に針を刺し、2種類のガスを使い分けながら凍らせ、その後温めて融かす手技を2回繰り返します。痛みはほとんどなく、1時間足らずで終了します。

超音波画像で確認しつつ針を刺して凍結する

事前準備と治療の手順

 凍結療法に用いるのは、直径2.7mm、長さ11cmの針(プローブ)で、この針の先を病変(がん組織)に刺します。針からはアルゴンガスとヘリウムガスを順次送り込み、両者を使い分けることによって、急速に冷やしてがん細胞を凍らせたり、融かしたりします。針はガスの入った高圧タンクにつながっており、レギュレーターによって、ガスを噴出させるときの圧力や、噴出する時間を調節します。
 針はできるだけ乳輪から刺しますが(傍(ぼう)乳輪下)、刺す部分と、その周囲に局所麻酔をしたうえで、超音波画像を見ながら、病変の中央に針を刺し入れます。
 まず、針の先をアルゴンガスでマイナス160℃にまで急速に冷凍して(ハイフリーズ)、がん細胞とその周辺を凍らせていきます。最終的に乳房内部に病変の大きさプラス1.5cmの大きさのアイスボールを作ります。
 超音波の画像でがん細胞と1.5cm分のマージンを含めた範囲が完全に凍ったことを確かめたら、それを維持します。
 次にマイナス約100℃の状態で(ローフリーズ)数分おき、今度は10分待機することで凍らせた部分を常温に戻し、融かして(受動融解)、さらに破壊します。ハイフリーズ、ローフリーズ、受動融解にかける時間は、アイスボールの大きさによって変わってきますが、いずれにしろ、この「凍らせる(アルゴンガス使用)→融かす」というダブルフリージングの作業を2回繰り返します。
 その後、針を抜き、1針縫って、サージカルテープを貼(は)り、治療を終了します。傷あとは、ちょうど蚊に刺されたような小さな点が残るだけです。
 がんの大きさにもよりますが、治療時間は40分~50分程度で、歯科治療に用いる程度(約3mL)の局所麻酔ですみ、出血もほとんどありません。治療後は患部に違和感が残りますが、手術でみられるような痛みや引きつれといった後遺症は生じません。
 治療直後は、乳房を触ると、凍結させたアイスボールの部分が、冷たく硬(かた)い感触として触れますが、体温で少しずつ温まっていきます。凍結によって死んだ細胞の残骸(ざんがい)は、時間がたつと吸収されて消失します。硬い感じは3カ月ぐらい続きますが、半年ぐらいでやわらかくなり、気にならなくなります。

治療の実際

がんがなくなり、乳房の形に変化はない

 がん細胞は壊れるものの、乳腺(にゅうせん)組織は残るので、乳房の大きさ、形にほとんど変化はなく、整容性は保たれます。ただし、わずかながらボリュームが小さくなる患者さんも、まれにいました。
 治療後は、定期的に経過をチェックします。というのも、凍結療法自体、治療実績のデータが少ない治療なので、再発の危険性を見逃さないために、その後のフォローは念入りにする必要があるからです。
 当院ではMRI(核磁気共鳴画像)の検査を治療1カ月後、3~4カ月後、半年後、1年後のサイクルで行い、再発の有無を確かめています。超音波による検査も頻回に行います。
 これは、当院が乳腺外科専用としてMRI検査や超音波検査を行えるシステムがあるために可能なことであり、だからこそ、実験的な治療を安全に行えるともいえます。

●ラジオ波焼灼療法は研究段階の治療

 「ラジオ波焼灼療法」は針状の細い電極を病変に刺し、ラジオ波という電磁波を流してがん細胞を焼き切るという治療で、肝臓がんなどではすでにスタンダードな治療として行われています。乳がんでは、大学病院などが研究目的で実施するほか、一般の医療機関でも自費診療で、この治療を始めています。切らない治療として注目される方法の一つです。
 しかし最近になり、ラジオ波焼灼療法後に再発したケースが増えていることが指摘され始めました。がん細胞にラジオ波の熱が十分に伝わらず、焼け残ってしまうところができてしまうのが原因とされています。この治療は超音波画像を頼りに治療を進めていきますが、その画像だけでは、どこまで焼けたかきちんと把握することが難しいのです。
 本来なら、データを蓄積したうえでラジオ波焼灼療法の適応基準を決めるべきなのですが、そこが十分検討されないまま、見切り発車的に広がってしまった。これがそもそも大きな問題です。
 この事態を受け、日本乳癌(がん)学会は「ラジオ波焼灼療法は研究的な治療に限定して行うべき」という旨の通知を出しています。
 また、乳癌低侵襲(にゅうがんていしんしゅう)治療研究会でも、ラジオ波焼灼療法の適応の提言、実施統計などを積極的に行っています。
 きちんとした適応のもとに行っている施設では、よい成績も報告されています。今後の研究を見守りたい方法といえるでしょう。

治療後の経過は?

 治療時間は短く、外来で行います。治療の後遺症もなく、乳房の大きさや形も保たれます。現時点で再発は確認されていませんが、今後さらに長期的な経過をみて安全性を検証する必要があります。

40例に施行、5年間で再発はゼロ

乳がん手術件数

 凍結療法は、皮膚を切開しない治療なので治療後の経過も良好です。すぐにベッドから起きて帰宅することができ、食事にもまったく制限はありません。治療の後遺症もなく、乳房の大きさや形もほとんど変化がないので、治療を受けたことをほかの人に知られることもありません。
 当院では2006年からこの治療を始めており、この5年間で良性、悪性(がん)を含めて40人の患者さんにこの治療を行っています。この間、再発した患者さんは1人もいません。
 もちろん、まだ始まって間もない治療なので、患者さんのその後の経過を追い、慎重に安全性・有効性を検証していく必要があります。そのため、定期的な検査と観察が欠かせませんが、密なフォローアップがあって初めて可能になる治療であるということは、患者さんにもよく理解してもらいます。

皮膚と大胸筋の凍傷は生理食塩水の注入で防ぐ

 凍結療法の合併症としては、皮膚、乳頭・乳輪、大胸筋(だいきょうきん)の凍傷があります。たとえば、1cmの病変だと、周囲に1.5cmの安全域をとるので、アイスボールのサイズは、直径約4cm程度です。一般の日本人の乳房の大きさからすると、比較的大きな割合を占めるといえます。
 アイスボールを作る際に、しこりの位置が皮膚表面近くであれば、皮膚や乳頭・乳輪への影響が心配され、逆に奥のほうであれば、大胸筋や肺への影響を考慮しなければなりません。
 そこで、皮膚表面に影響が出そうな患者さんでは、皮膚と乳腺組織の境目に生理食塩水を注入して、ある程度の厚みをもたせてから実施します。がんが乳腺の奥のほうにある患者さんでは、針で大胸筋を少し持ち上げて、その状態でアイスボールを作ります。これにより、肋骨(ろっこつ)などの組織を壊すことなく治療を進めることができます。

●凍結療法の特徴
●傷あとが残らない(3mm程度)
●乳房の形が変わらない
●日帰りで手術ができる(40~50分)
●痛みが少ない(局所麻酔)
◯自費診療(36万円程度)
◯実験的治療段階のためデータが少ない
●凍結療法を受けられる場合
1cm以下の小さな浸潤がん
がんの悪性度が高くない(ルミナルA型)
実験的治療であることを納得している
高齢または全身麻酔に耐えられない、など

高齢者や手術に耐えられない人が適応。今後は適応拡大を

亀田メディカルセンター乳腺科と連携する機関

 患者さんの希望があっても、凍結療法の対象となるかどうかは、手術前の検査で厳密に判断します。安全に、確実に治療を行うために、患者さんの状態を見極め、場合によっては、より適切な治療法、たとえば内視鏡下手術に切り替えるといった対応をしています。
 2006年当初、この治療は、高齢や何らかの持病があるために、全身麻酔に耐えられず手術をあきらめなければならない患者さんを対象に始めたものです。厳密に適応条件を検討しながら、徐々に対象となる患者さんを広げてきました。
 今後は病理診断や画像診断によって、治療効果を確認しつつ、さらに適応を広げられないか、模索しているところです。ただし、この凍結療法はすべての乳がんに行うべき治療ではなく、早期に、非常に小さい段階でみつかった患者さんに対して行われるものであることは、繰り返し強調しておきます。

●乳がんでも行われている内視鏡下手術

乳房内を内視鏡で見ながら乳腺をくり抜く

 内視鏡とは、医療用の小型のカメラを指し、体内を観察するための医療器具です。すでに胃がんや大腸がんなど、さまざまながんの治療で用いられています。
 私は、この内視鏡を世界で初めて乳がんの治療に用い、1995年に「内視鏡下乳房切除術」を行いました。それ以来、2000例余りの手術を実施しており、現在、当院を受診された乳がん患者さんの約8割に、部分切除、全摘(ぜんてき)、再建を含め、内視鏡を使った手術をしています。
 内視鏡下手術といっても、目的は従来と変わりありません。皮膚を切開して行う代わりに、内視鏡を用いて、皮膚の下で病変を含めた乳房をくり抜くという作業をするだけのことです。
 切開場所は基本的に2カ所です。しこりのある場所を考慮しつつ、できるだけ目立たぬところ、乳輪の縁やわきの下を2~3cmほど切開します。そこから内視鏡や鉗子(かんし)などの手術器具を入れて、しこりとその周辺の乳腺を皮膚から丁寧にはがしながらくり抜き、切開創(そう)から取り出します。ここが皮膚や筋肉ごと切除する通常の手術と違う部分です。
 手の代わりに鉗子を使って作業するなど、熟練した技術が求められますが、内視鏡で拡大して患部を見ることができるので、むしろ視野は大きく鮮明で、取り残しもしません。
実際、当院で実施した乳房温存療法1400例の成績では、局所再発率は0.5%でした。一般的な局所再発率はおよそ4%なので、いかに少ないかがわかると思います。
 内視鏡下手術だと切開創が小さいので、手術のあとが目立ちにくいのはもちろんのこと、皮膚のひきつれも少ないので、手術後のリハビリテーションも早く進みます。皮膚をそのまま残すので、乳房再建術もやりやすく、患者さんにとってメリットが大きい手術といえます。
 内視鏡下手術を正確かつ安全に行うには、少なくとも2年間のトレーニングや経験が必要です。当院のように、日常的に行っている施設は全国的にもほとんどなく、ごく一部に限られます。
 なお、乳がんの内視鏡下手術は健康保険が使えます。

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