乳がんの「放射線療法」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者関口建次(せきぐち・けんじ)先生
聖路加国際病院 放射線腫瘍科部長
1950年香川県生まれ。1975年岡山大学医学部卒。同大産婦人科、東京女子医科大学放射線科学教室、癌研究会付属病院、90年アメリカハーマネン大学、ワシントン大学留学。92年、聖路加国際病院放射線科医長を経て2006年より現職。日本放射線治療専門医、日本がん治療認定医・暫定教育医。日本放射線腫瘍学会評議員。日本乳癌学会評議員。

本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。

X線で局所のがんをたたき、再発を予防する

 主に手術のあとに再発予防として用いられます。
 局所に再発したがんや、骨転移・脳転移したがんにも有効です。

範囲を限定して狙い撃ちする放射線装置で治療

放射線の治療装置

 放射線療法は、X線をがん細胞に照射し、がん細胞のDNAを傷つけて死滅させたり、分裂を抑止したりする治療です。
 乳がんで放射線療法が登場する場面は大きく分けて、主に二つです。一つは乳房部分切除術、あるいは乳房再建を伴わない乳房切除術のあとに、再発予防として実施する場合、もう一つは、再発・転移がんで進行を抑え、骨転移、脳転移などに伴う症状をとる場合があります。
 以前の放射線療法は、二次元照射といって、体の前後、あるいは左右から病巣部分に向けて放射線を照射する方法がとられていました。しかし、この方法だと照射範囲が広く、がん細胞だけでなく正常細胞にも放射線の影響が出ます。放射線による副作用を考慮すれば、1回の放射線量を低く回数を多くする、という当て方しかできませんでした。
 これに対し、最近の放射線装置はCT画像を用いて、三次元(縦・横・高さ)で照射範囲を特定し、多分割コリメータと呼ばれる装置で強弱をつけて放射線を照射するので、がんを狙い撃ちできるようになりました。つまり、治療前に精密で立体的な、照射する部分を細かく認定した地図を作成し、正常細胞をできるだけ傷つけずにがん細胞をたたく方法を検討できるようになったのです。これによって1回の放射線量を増やせるようになり、副作用(急性障害・晩期障害)も軽減できています。
 当院では現在、2台の放射線装置が稼働しています。放射線の装置を扱う診療放射線技師は総勢で9人常勤しており、毎日、6人体制でリニアックによる治療を行っています。当院の2010年度の乳がん新患患者数は455人で、放射線腫瘍(しゅよう)科では1日平均60人くらいの患者さんを治療します。
 ほかの前立腺(ぜんりつせん)がんや肺がんなどで、放射線療法を行う患者数を比較すると、乳がんが圧倒的に多くなっています。

放射線療法の治療

放射線腫瘍科の治療実績

乳房部分切除術+放射線療法セットで行うのが原則

術後照射で再発リスクを減らす

 乳がん治療の一つに「乳房温存療法」があります。これは手術と放射線療法がセットになった治療です。乳腺(にゅうせん)のうち、がんがある部分のみ切除し、わきの下のリンパ節も腫(は)れていれば切除します。その後切除した部分を中心に全乳房に放射線照射する方法で、乳房を温存する場合はこの方法で行うのが基本です。
 この治療が始まった当時は、乳房温存療法の再発予防効果がまだ明確ではありませんでしたが、現在までに多くの臨床試験が行われ、データが分析されています。
 そのうち、EBCTCGという臨床試験によるメタ分析では、乳がん患者6097人を、乳房部分切除術のあとに放射線療法をしたグループと、しなかったグループとに分け、局所再発率などを比較しています。その結果、10年目の局所再発率は放射線療法をしたグループは10%、しなかったグループは29%で、放射線療法をしたほうが低くなり、生存率においても、放射線療法をしたほうが高くなりました。この臨床試験ではリンパ節転移のない人を対象にしていましたが、リンパ節転移がある場合はさらに差が広がり、13%と47%でした。
 このような臨床試験の結果を受けて、乳房部分切除術+放射線療法が標準治療として確立しています。「乳がん診療ガイドライン|治療編 2011年版」(日本乳癌学会)でも、「早期乳がんに対する乳房温存手術(乳房部分切除術)後は、放射線治療を行うことが強く勧められる」と明記されています。

乳房部分切除術後の再発率を放射線照射効果

乳房切除術後の再発リスクを3分の1に

 乳房温存療法だけでなく、乳房切除術(全摘)を受けた人も、放射線療法を行う場合があります。乳房をすべて切除しても、切除後、何も治療を追加しなければ、平均20~30%の患者さんに局所再発がみられます。これに対し放射線照射を行うことで、局所再発率を3分の1から4分の1(7~10%)にまで減らすことができ、生存率も上がるという研究データがあります。
 そのため、最近は乳房切除術後、再発のリスクが高い患者さんに対してのみ放射線療法をすることになっています。その対象とは、リンパ節転移があった場合、とくに4個以上だった場合です。
 そのほか、進行がんで手術が難しい場合、薬物療法と組み合わせて放射線を照射することがあります。これでしこりが小さくなれば、手術ができる可能性が出てきます。

治療の進め方は?

 手術後1カ月ほど間をあけてから開始します。
 リニアックという装置を用いた三次元照射で、5日間照射して2日間休むというサイクルを5週間続けます。

照射時間はわずか数十秒 熱も痛みも感じない

事前準備から治療終了まで

 放射線療法は、手術後、傷が治り、体が回復するのを待って始めます。ただ、始めるのが遅すぎると、微小ながん細胞が増殖するおそれがあるので、5カ月以上間をあけないのが原則です。抗がん薬による術後薬物療法を行う場合は、それを終えてから始めます。分子標的薬やホルモン療法薬の場合は、放射線療法と一緒に行うことができますが、副作用のリスクを避けるためには照射後が望ましいといえます。
 私たち放射線腫瘍医(がん専門の放射線科医)が、どのくらいの放射線量をどのくらいの範囲で当てるのが適切か、手術の内容や切除したがんの大きさなどをもとにコンピュータを使って決め、医学物理士が品質管理の面から細かくチェックします。正確さを期すため、患者さんには放射線療法をするときと同じ体位で、平坦なベッドに横になってもらい、CT(コンピュータ断層撮影)を撮って、その画像に照射すべき範囲をマークしていきます。
 乳房温存療法では、およそ50グレイを、乳房全体に照射します(全乳房照射)。わきの下のリンパ節転移が4個以上みられる場合は、鎖骨のリンパ節にも照射します(領域リンパ節照射)。胸骨の横のリンパ節も乳腺に近いのですが、肺や心臓などへの影響を考慮し、腫(は)れていなければ照射しないのが一般的です。治療は外来で行います。1回あたりの照射は約2グレイで、これを月曜から金曜日まで毎日続け、土日は休みます。このサイクルを5週間、計25回続けるのが標準です。患者さんは、放射線装置が設置されている専用の室内で施術着に着替え、照射用のベッドに横になります。体位を決めたら照射開始です。
 照射時間は一方向あたり数十秒で、これを2方向より繰り返して終了です(セッティングから照射終了までは約10分)。照射中は熱さや痛みもなく、何か当たっている感覚もありません。X線がターゲットに向けて照射されている間、別室でモニターしている診療放射線技師から「動いても大丈夫です」という指示があるまで、わずかでも体を動かすことはできません。途中でせきやくしゃみをしたらただちに中止し、最初のセッティングからやり直して残りを照射します。
 照射中は緊張をやわらげるために、あらかじめ聞いておいた患者さんのお好みの曲(ときには演歌もあり)をBGMで流すこともあります。

治療室での流れ

照射後の皮膚に熱や痛みがあれば保湿剤や薬でケア

治療の手順
 1回目の照射時は、正常な細胞に放射線が当たらないよう、診療放射線技師が肌に専用のペンで照射範囲を示す目印をつけます(マーキング)。
 2回目からはこの作業は省かれますが、マーキングしたインクはこすると消えてしまうので、入浴時に体を洗うときは、強くこすらないようにします。タオルで拭くときも、軽く押し当てる程度にしておきます。
 照射が2~3週続くうちに、放射線を当てた皮膚が軽くやけどをしたように赤くなり、熱や痛みを感じるようになることもあります。その場合、水でぬらしたタオルをそっと当てると楽になります。また皮膚が乾燥しやすくなるので、市販の保湿用のローションや乳液をこまめに塗るのも、痛みのケアになります。ステロイド薬を塗布する場合もあります。また、衣類や下着もやわらかい素材でできた、ゆったりしたものを身につけたほうが症状によいと思います。
 このような照射期間中の生活上の注意や皮膚のケアは、放射線腫瘍科専任の2人の看護師により、きめ細かく行われます。

短期間の治療で効果が高い短期全乳房照射法(短期照射)

放射線療法の標準治療
 乳房温存療法における放射線量の標準治療は、「トータル50グレイ・週に5日間の照射を5週間、計25回の照射を行う」というものです。
 さらに最近では、回数や量、方法などについて、患者さんにより負担をかけない方法で、同じ効果が得られる方法を検討しています。
 その一つが、「短期全乳房照射法(短期照射)」と呼ばれる方法です。
乳がんの患者さんは働き盛りの女性が多く、放射線療法のために通院で25回もの照射行程を受けるのは難しいという人もいます。その場合、1回の放射線量を増やすことで、全体の回数を減らすことができれば、患者さんの負担は軽くなります。施設側も一人の回数を減らした分、より多くの患者さんを受け入れることが可能になります。
 照射回数を減らす短期全乳房照射法という考え方については、欧米でも盛んに研究が行われています。
 カナダで照射回数を16回に減らした臨床試験が行われており、再発率が標準治療と変わりませんでした。イギリスでも照射15回で試験が行われて、同じような結果が出ています。日本でも臨床試験が始まっています。
 当院では、まだ標準治療ではないということをお伝えしたうえで、本人が希望されるときや、年末年始、ゴールデンウイークなど、治療をしばらく休まなければならないようなときに、短期全乳房照射法を実施しています。

再発リスクの高い人が対象となる「追加照射法」

追加照射で用いるクリップ
 さらに積極的な再発予防法として行っている治療が、「追加照射法(ブースト)」です。これは、標準回数を照射したあと、翌日から続けて5~9回、10~18グレイを局所照射する方法です。追加照射することで再発リスクを一段と低くすることが狙いになります。
 当院では50歳以下や、断端(だんたん)(切除したがん組織の端)近くにがん組織がある人を対象にしています。
 追加照射をするためには、手術した位置を正確に確認しておかなければなりません。当院では1993年から(おそらく日本で最初に)、手術中、がんを摘出したあとの部位に、チタン製の長さ5mmほどのクリップを6個留置して、しるしにしています。クリップはホッチキスの針のような形をしていて診断画像に写るので、後日改めてCT撮影をして追加照射をする場所を決めることができます。クリップはもともと止血用のものなので留置しても安全です。その後のマンモグラフィ検査でも再発の危険が大きいところを教えてくれます。
 短期全乳房照射法や追加照射法のほかにも、「加速乳房部分照射(APBI)」という方法も試験的に始まっています。

治療後の経過は?

 副作用は治療直後の急性障害や、まれに数カ月~数年たって晩期障害がおこることもあります。
 正確な照射を行えば、副作用は軽減できます。

侵襲がなく利点の大きい治療副作用も軽いがゼロではない

 乳房温存療法では、放射線療法をプラスすることで、局所再発をかなり防ぐことができます。再発のリスクの高い患者さんの乳房切除術でも、有効であることが証明されています。また、体に傷をつけることがないので、手術のような負担もありません。体に優しい、低侵襲(ていしんしゅう)の治療といえます。

副作用は治療時の急性障害と数カ月後におこる晩期障害

 放射線療法でも、副作用はみられますが、その程度は抗がん薬に比べればはるかに軽いといえます。
 放射線療法の副作用には、大きく分けて治療中や治療直後に現れる急性障害と、治療後数カ月~数年たって現れる晩期障害(晩発障害)があります。
 急性障害は皮膚の赤み(紅斑(こうはん))や痛み、皮膚の乾燥やカサカサ(乾性落屑(らくせつ))、かゆみ、水ぶくれ(湿性落屑)などがあります。これらは時間がたてば治ります。
 痛みが残る場合は、ステロイドが含まれたヒルドイド軟膏(なんこう)や、ローションなどで痛みをやわらげます。放射線療法は続けないと意味がありませんが、不快感があると治療への意欲もおこりません。痛みがあるようなら遠慮なく、放射線科の医師に相談することをお勧めします。
 晩期障害は、皮膚の萎縮(いしゅく)(縮まって硬くなる)、毛細血管が拡張して、皮膚の表面に浮き出てくる、皮下組織や乳腺が硬(かた)くなる、といったものがあります。ただ、こうした副作用は放射線が正常細胞に当たってしまうことでおこっていた問題であり、乳がんでは範囲を絞り込んだ照射ができるようになったので、晩期障害がおこる人は減少する傾向にあります。
 このほかに、わきの下のリンパ節を広く郭清したあとで放射線照射すると、腕がむくむリンパ浮腫(ふしゅ)がおこることもあります。

●新たな乳がん放射線療法の展開

カテーテルを埋め込んだ組織内照射SAVIのカテーテル三次元体照射(IMRT)術中照射に使われる移動式電子照射装置

 乳がん放射線療法の新しい方法が、国内外で実験的に始まっています。(1)複数のカテーテル(やわらかい医療用のチューブ)を使用した組織内照射、(2)腔内(くうない)バルーンカテーテルを用いた照射(マンモサイト)、(3)3次元原体照射(IMRT)、(4)術中照射などの手法などを総称して「加速乳房部分照射(APBI)」と呼びます。
 (1)の組織内照射は、手術時にカテーテルを埋め込んだあと、放射線を出す物質をカテーテルに通し、体内から放射線を当てます。この方法には熟練した技術が必要です。
 (2)のマンモサイトは、手術で切除したところに先に風船がついた管(バルーンカテーテル)を留置し、そのなかに放射線を出す物質を入れて、体の内側から放射線を当てるという方法です。これは、皮下脂肪が少なく皮膚が薄い日本人では、皮膚への被ばくが多くなるので、あまり向かないといわれています。いまは当初の方法に改良を加えたSAVIという方法が海外で始まっており、経過が注目されます。
 (3)の三次元原体照射は手術した範囲に合わせて、4方向か5方向から照射する方法です。照射地図の作成など調整にやや時間がかかりますが、新たな装置の導入はなく実施できます。
 (4)の術中照射は移動式の電子線または低電圧X線照射装置を用い、乳房に照射します。専用の装置が必要です。
 これらの方法には従来の方法以上に有効な実績はなく、高額な装置が必要なものもあるため、今後普及するかどうかは未知数です。

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