乳がんの治療方針、最新乳がん診療の動向は?治療法の選択は?

監修者中村清吾(なかむら・せいご)先生
昭和大学医学部乳腺外科教授・昭和大学病院ブレストセンター長
1982年千葉大学医学部卒業。同年より、聖路加国際病院外科にて研修。1993年2月から、同病院情報システム室室長兼任。1997年M.D.アンダーソンがんセンターほかにて研修。2003年5月より、聖路加国際病院外科管理医長。2005年6月より同ブレストセンター長、乳腺外科部長。2010年6月より、現職。

本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。

最新乳がん診療の動向

女性のがんではもっとも多く16人に1人がなる

 わが国の乳がん患者数はおよそ18万人弱(2008年厚生労働省「患者調査」より)。新たに乳がんと診断される人は、ここ30年あまりで5倍に増加し、女性がなるがんのなかではもっとも患者数が多くなっています。いまでは女性の16人に1人が乳がんにかかる時代です。
 ほかの多くのがんと比べ、乳がんの診療には、マンモグラフィ検査をはじめ、病理検査(生検)や診断、治療の進歩が著しく、国際的な研究や考え方がいち早く反映されています。いまではがんの性質まで考慮して、一人ひとりの患者さんにとって、より効果的な治療法が選択できるようになり、乳房の手術をしても機能や整容性(見た目)を損なうことが避けられるようになっています。
 こうした乳がん診療の進歩により、ごく早期に発見できれば、ほぼ95%、小さなしこりの段階でみつかればほぼ90%が治るようになりました。また、早期ではなくても、5年生存率はほかのがんと比べて良好といえます。

乳がん罹患者数・死亡者数の年次推移

乳がん罹患のピークは45~49歳

乳がん発症は45~49歳がピーク

 乳がんになる人は30歳くらいから増え始め、45~49歳でピークを迎えます。その後は少しずつ減っていきますが、高齢者にも多く、80歳を過ぎて乳がんになる人もいます。ただし、最近の傾向として、閉経後に乳がんになる女性が徐々に増えてきています。
 なお、割合的には1%程度とわずかですが、男性でも乳がんになることがあります。
 乳がんが増えてきた背景に、高齢出産・出産未経験の女性の増加、ライフスタイルの欧米化といったことが挙げられます。乳がんのなかには女性ホルモンの一つ、エストロゲン(卵胞(らんぽう)ホルモン)によって成長するがんがあるため、女性ホルモンが分泌されている期間が長い、つまり月経回数が多いほどリスクが高まると考えられます。そこで、(1)初潮が早い、(2)月経周期が短い、(3)閉経が遅い、(4)出産や授乳などを経験していない、(5)高齢出産に該当する、などの場合に発症するリスクが高まります。そのほか、肥満や、家族性・遺伝性といった体質の要因も、乳がんの発症にかかわっているといわれています。
 もちろん、ここに挙げたリスクファクターに該当しているからといって、必ずしも乳がんを発症するわけではありません。しかし、「自分は乳がんになるリスクが高い」という自覚をもち、毎月自己チェックをしたり、毎年定期的に乳がん検診を受けたりして、がんの早期発見に努めることは大切です。

●乳がんのリスクファクター

 乳がんの増加の背景に女性のライフスタイルの変化がある。乳がんには女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)によって成長するがんがあるため、出産の高齢化や生涯の月経回数の多さが関係してくるとみられる。

主な原因
(1)初潮が早い
(2)月経周期が短い
(3)閉経が遅い
(4)未出産である
(5)家族性・遺伝性の可能性がある
(6)肥満など

乳がんの特徴を知る

 乳腺にできるのが乳がん。がんの病期と広がり、がんの性格(薬物への感受性=薬物がどれだけ効くかや増殖する能力がどれだけあるかなど)が治療方針の決め手。なかでも、がんの性格を見極めるサブタイプ分類が注目されています。

乳がんができやすいのはわきの下に近い場所

乳がんのできやすい割合をエリア別にみる

 乳房は乳汁を分泌する乳腺(にゅうせん)と脂肪組織などからできており、乳がんは、このうちの乳腺にできる悪性の腫瘍(しゅよう)です。
 乳がんが乳房のどこにできやすいかというと、乳頭を中心に、内側と外側、上と下に4分割にした場合、わきの下に近い部分がもっとも乳がんになる割合が高くて約45%、続いて鎖骨に近い部分が約23%です。外側の下が約14%、内側の下が約7%、乳頭が約7%となっています。
 乳がんは、このように乳腺にできるがんではありますが、実は、かなり早い段階で肉眼では確認できないくらい、ごく小さながんの芽がたんぽぽの種のように、乳腺からこぼれ落ち、全身に散らばっていくことが多いとわかっています。発生当初は目に見えなくても時間を経てしこりとして現れてくる、これが、乳がんの大きな特徴です。ここから、乳がんに対しては、全身の病気として治療にあたる必要性が生まれてくるのです。

乳がんの病期は大きさとリンパ節転移の有無で決まる

 乳がんの治療を考えるとき、まず、大きな目安となるのが、がんの広がりや病気の進みぐあい、いわゆる病期です。それとともに、現在、その重要性が注目され、治療選択にあたって考慮されているのが、がんの性格・性質です。これをがんのサブタイプ分類と呼んでいます。
 病期(ステージ)は、しこりの大きさ、リンパ節転移の有無、遠隔転移の有無によって決められ、0期からIV期まであります。これは国際的な分類「TNM分類」を基準にしたものです。Tは原発巣(げんぱつそう)(がんが最初にできた乳房におけるしこり)に関する状態を示すものです。原発巣の大きさと進行度を4段階に分けて表示します。Nは原発巣のある乳房とつながるリンパ節への転移を示すものです。Mは乳房の原発巣から遠く離れた臓器への転移を示す(遠隔転移)ものです。
 0期は非浸潤がん、I期以降は浸潤がんと呼ばれ、非浸潤がんはがんが乳管の内側だけにとどまっている(限局性)がんです。これは、水道管のなかの水のように乳管内だけにがんが広がっていくので、この段階ではリンパ節やほかの臓器に転移することはありません。
 非浸潤がんを放置しておくと、多くの場合、浸潤がんになります。浸潤がんとはがんが乳管の外に浸み出した状態です。水道管にヒビが入ってなかから水が漏れたような状態で、こうなると乳房内に広がったり、リンパ節やほかの臓器に転移したりする危険性が出てきます。このような浸潤がんのうち、I期は早期がん、III期以降は進行がん(進行性乳がん)になります。

乳房と乳管の構造発見されやすいのは乳管上皮の外まで広がった浸潤がん

ホルモン受容体やHER2などがんの性格が重要

 ほかのがんにもこの病期分類があり、基本的には治療方針はこの分類によって立てられます。
 乳がんの場合、さらに細かくがん細胞の性格を把握してタイプ分けし、そのタイプに合った治療を進めることになります。
 そのタイプ分けをする際に必要となるのが、バイオマーカーや分子生物学的因子といわれるものです。
 たとえば、乳がんのなかには女性ホルモンの一つ、エストロゲンで増殖するタイプ(ホルモン受容体陽性)があります。これは、がん細胞にホルモン受容体が多くあるかどうかで判定します。また、がん細胞の表面に「HER2(ヒト上皮(じょうひ)増殖因子受容体2型)」というたんぱく質が多くあるほど、がんが増殖しやすいことがわかっています。最近では「Ki‐67」というたんぱく質が、がんの増殖スピードにかかわる因子として注目されています。
 そこで、これらの因子を調べ、「乳がんのサブタイプ分類」を行ったうえで、治療方針を検討するようになっています。患者さんのがんの性質に合わせた効果的な治療を選んで、より個別化された治療ができるようになってきたのです。
 サブタイプ分類と治療方針については、隔年でスイスのザンクトガレンで実施される、国際的な、乳がんの専門家が集まる会議「St. Gallen(ザンクトガレン)コンセンサス会議」で見直され、新たに合意がとられています。日本の研究者の多くが、その合意を参考にしています。乳がんの治療法は、このように、常に臨床研究の結果が実際の治療法に反映され、進化を続けているといえます。

治療法の選択

 乳がん治療は、乳房部分切除術、乳房切除術、放射線療法、術前・術後の薬物療法などを組み合わせて進められます。

乳がんの手術、放射線療法 薬物療法の組み合わせ

乳がんの病期(ステージ)

 乳がんの治療は、手術、放射線療法、ホルモン療法薬、抗がん薬、分子標的薬などによる薬物療法を組み合わせて進められます。手術や放射線療法は乳房部分にあるがんのかたまりを取ったり殺したりする治療なので局所療法、薬物療法は、全身に散っている可能性のある微小ながんを叩くので全身療法といいます。
 手術のみ、あるいは何らかの全身療法を加えるか、全身療法のみかといった乳がん治療の基本的な方針は、がんの進行度によって変わります。0期の非浸潤がんでは手術だけですむことがほとんどです。
 I期~IIIa期の浸潤がんも手術を前提に考えます。その場合、手術の前後に抗がん薬や分子標的薬、ホルモン療法薬を用いて、目に見えないがんを叩いたり、手術後に放射線でがんの取り残しを叩いたりする治療が追加されます。乳房をすべて取る、いわゆる全摘手術を受けたあと、希望する人に対しては、新しく乳房を造る乳房再建を実施することもあります。
 がんがIIIa期より進行している場合、患者さんの体調や意向にもよりますが、多くは手術をせず、抗がん薬や分子標的薬、ホルモン療法薬を用いて全身に散ったがんを叩く治療が進められます。
 再発や遠隔転移した場合は、可能ならば手術を行う場合もありますが、ほとんどは薬物療法が中心となります。
 これは、基本的な治療方針ですが、乳がんではそのタイプや患者さんの希望、閉経前か後か、子どもを希望するかどうか、あるいは経済的な側面、職業や家庭の状況といったライフスタイルまで含めて、治療方針が検討されます。がんのなかでは、もっとも「個別化医療」が進んでいるがんといえるでしょう。

初期治療は全身療法と局所療法を組み合わせて行われる

しこりの大きさや位置で術式を決める

 乳がんの手術は、大きく分けて二つあります。病変を中心に、乳房の一部を切除する乳房部分切除術、一般に放射線療法とセットになって乳房温存療法と呼ばれる手術と、がんのできた側の乳房をすべて切除する乳房切除術、一般に全摘と呼ばれる手術です。
 現在では、乳がんの病期が0期~II期でしこりの大きさが3cm以下であれば乳房温存療法が第一選択となっています。しかし、しこりが3cm以上あっても、手術前の薬物療法でしこりが3cm以下にまで小さくなれば、乳房温存療法も可能です。
 ただし、乳房の大きさには個人差があり、たとえばしこりの大きさが3cm以下でも乳房が小さい場合は、乳房温存療法でも乳房の形が損なわれることも考えられ、乳房切除術(全摘)を行って乳房を再建することを選択する患者さんも増えています。
 がんの大きさと乳房のバランスや、がんのある位置によっても乳房を温存できるかどうかは左右されます。しこりの数が二つ以上で離れた場所にある場合は、乳房温存療法は適応できません。また、乳がんのなかには大きなしこりになるものもあれば、細かく広範囲に散らばっていくものもあります。病変が広範囲にわたるものは乳房切除術(全摘)が適応となります。ですから、3cmというのは、あくまでも目安であって、それ以内であれば必ず温存できるとはいえません。
 3cm以上の浸潤がんの多くは、乳房切除術が行われます。

手術はがんの状態や乳房の大きさが考慮される

乳房切除術では再建を考慮 乳輪や乳頭を残す方法も

早期発見・早期治療で約90%が治る

 いまの乳房切除術は、胸筋は残し、乳房だけを皮膚ごと切除する「胸筋温存乳房切除術」が、標準治療となっています。
 乳房再建をする場合は、皮膚は残して乳腺だけくり抜く「皮下乳腺切除術」や、同じ手法で乳輪乳頭も残す「乳輪乳頭温存乳房切除術」などを行うことも増えています。

手術後に放射線を照射しがんの取り残しをたたく

 放射線療法は、放射線の一種のX線をがん細胞に照射することで、がん細胞を殺したり、増殖を止めたりする治療です。乳房温存療法としてセットで行われ、乳房部分切除術のあとに併用するほか、リンパ節に転移した可能性があるときに、腋窩(えきか)リンパ節郭清(かくせい)(わきの下のリンパ節を切除する手術)のあとにも行われます。
 放射線療法は、照射量や回数が決められていますが、患者さんの状態や希望によって1回の照射量を増やし回数を減らす「短期照射」も行われるようになりました。また、放射線を用いた乳がん治療の新しい試みも始まっています。

手術前後に行われる 微小ながんをたたく薬物療法

 乳がんの治療で使われる薬には、ホルモン療法薬、抗がん薬、分子標的薬があります。日本人の乳がん患者では、ホルモン療法薬の効くタイプのがんが多いため、薬物療法のなかでもホルモン療法は重要な位置を占めます。
 ホルモン療法薬は女性ホルモンのエストロゲンが関係するがん細胞に作用するもので、エストロゲンの産生を抑えたり、その働きをブロックしたりします。脂肪からエストロゲンが作られないようにするものもあります。抗がん薬はがん細胞のDNAに作用して、がん細胞を殺したり、がん細胞の増殖を防いだりする薬です。ただし、全身の正常な細胞への影響も避けられません。分子標的薬はもっとも新しく登場した薬で、がん細胞の生物学的メカニズムを担う分子(HER2受容体=以下HER2など)を狙い撃ちにします。HER2は乳がんの増発にかかわるたんぱく質で、この働きを阻害することで、がん細胞の増殖を抑えます。
 最近の乳がん治療の傾向として、どの患者さんにも漫然と薬を使うのではなく、乳がんのサブタイプ分類に合わせて、効く薬を効く人だけに使おうという考え方が重要視されています。これにより、効かない薬を使って副作用を招くという、患者さんにとっての不利益を避けることができるようになっています。
 たとえば、治療前に行う生検(組織診)で、エストロゲンを受け取るホルモン受容体の「エストロゲン受容体」や「プロゲステロン受容体」が陽性であれば、ホルモン療法薬を用いた治療が第一選択となります。また、HER2というたんぱく質が陽性であれば、そのたんぱく質を標的とする分子標的薬を用いた治療が優先されます。

四つのサブタイプ分類で治療法を絞り込む

乳がんのサブタイプ分類

 サブタイプ分類では、ホルモン受容体の状態、HER2の状態などから、乳がんのタイプを「ルミナルA型」「ルミナルB型」「HER2型」「基底細胞様型」の四つに分けて、用いる薬やその組み合わせなどを考えていきます。

(1)ルミナルA型


 ホルモン受容体陽性で、HER2陰性。分化度(細胞としての成熟度)が高く、増殖のスピード(増殖能 Ki‐67など)が遅い性質のがん。ホルモン療法薬がよく効くので、ホルモン療法が第一選択となります。抗がん薬による治療を必要としないこともあり、日本人の乳がん患者の約60%がこのタイプに当たります。

(2)ルミナルB型


 ホルモン受容体陽性で、HER2は陰性か陽性。ただし、Ki‐67などが高い値(増殖能が高い)を示しているため、増えるスピードは速い。このタイプは、ホルモン療法薬、抗がん薬が基本で、HER2が陽性ならば分子標的薬を加えます。日本人の乳がん患者の約5%です。

(3)HER2型


 ホルモン受容体が陰性で、HER2が陽性のタイプ。ホルモン療法による薬の効き目はあまり期待できませんが、分子標的薬がよく効きます。日本人の乳がん患者の約10%です。

(4)基底細胞様型


 ホルモン受容体陰性、HER2陰性で、一般に「トリプルネガティブ」タイプと呼ばれています。トリプルといわれるのは、ホルモン受容体をエストロゲン受容体とプロゲステロン受容体とに分けているためです。ホルモン療法薬や分子標的薬ではあまり効果は見込めませんが、抗がん薬がほかのタイプに比べて効きやすいので、抗がん薬治療が第一選択となります。日本人の乳がん患者の約15%程度です。

抗がん薬が効くかどうかを調べる遺伝子検査も登場

 ホルモン受容体、HER2以外にも、がん細胞にあるいくつかの遺伝子を調べることで、抗がん薬の効きやすさを測定する検査も登場しています。これにより、その患者さんに抗がん薬治療が効果があるかどうかをより確実に示すことができるようになりました。ただし、この検査は健康保険が使えないので、自費診療になります。

妊娠希望なども考慮する 妊娠中でも治療ができる

 若い乳がん患者さんの場合、妊娠を希望されることもあります。また、妊娠中に乳がんがわかる場合もあります。
 こうした場合は、おなかの赤ちゃんに影響が及ばないような抗がん薬を上手に使って妊娠を継続し、出産後に手術や放射線療法などを行うことができます。いまの医療であれば、出産をあきらめなくていいのです。

病期・がんの性質別にみる治療法の選択

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