9つのケース・スタディで見つけるあなたに合った乳がんの治療法

本記事は、株式会社法研が2011年11月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 乳がん」より許諾を得て転載しています。
乳がんの治療に関する最新情報は、「乳がんを知る」をご参照ください。

CASE1 ごく初期、0期のがん。

乳房切除術(全摘)+自家組織による一期再建で喪失感なし(30代、Sさん)

ストレッチ

 30代のSさんは、初めて受けたマンモグラフィと超音波(エコー)検査で、あやしい影がみつかりました。細胞診の結果は0期の非浸潤(しんじゅん)がん。注意深くみないと見逃してしまうような、ごく小さながんでした。
 0期の非浸潤がんは、がんが乳管内の広い範囲に散らばっていて、乳房部分切除術ではがんを取りきれないことが多いため、原則として乳房切除術(全摘(ぜんてき))を行います。これから結婚を考えていたSさんは、乳房を失うことに抵抗を感じていましたが、Sさんの乳房の大きさと切除範囲とのバランスを考えると、乳房部分切除術ではゆがみが残ってしまう可能性があることを説明し、乳房切除術後の乳房再建について提案しました。
 実際に再建をした人の写真を見たSさんは、想像以上の仕上がりに心を動かされたようでした。通院中の病院に形成外科医がいるため、自家組織による一期再建をすることに決まりました。
 手術時間はトータルで5~6時間の大手術でしたが、Sさんは「乳房を一度失ったという感覚がなく、期待以上にきれいにできていて感激しました」と、とても満足してくれました。
 手術の翌日からは、肩や腕を動かすリハビリを始めてもらいました。このリハビリは1週間後に退院してからも続けてもらっています。リハビリに加えてヨガなどの運動も始めたそうで、Sさんは、乳がんとわかる前よりもかえって体調がよくなったと明るく話していました。

アドバイス
 一時期、患者さんの希望が多かった乳房温存療法ですが、無理に残すとかえって形がいびつになることもあって、最近では、乳房切除術(全摘)+乳房再建という方法を選ぶ患者さんも増えています。
 乳房再建には、自分の組織を使うものと、人工乳房(インプラント)を使うものがあり、また手術時に同時に行う一期再建と、しばらく時間をおいて行う二期再建があるなど、方法がさまざまなので、十分に比較検討してよりよい方法を選びましょう。なお、手術を行う医療機関によっては、再建ができないことがあり、その場合は連携医療機関等の形成外科で行うことになります。Sさんのような一期再建が可能かどうかは担当医に確認しましょう。

CASE2 II期で術前薬物療法が効き、がんが縮小。

乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線療法)で治療を終了(40代、Kさん)

 Kさんは、40歳のときに自治体の無料乳がん検診を受けたところ、II期の乳がんがみつかりました。
 お子さんがまだ小学生だというKさんは、がんが進行しないうちに一刻も早く手術をしたいと焦っていました。しかし、組織診で「HER2陽性、ホルモン受容体陰性」という結果が出たことから、分子標的薬というタイプの薬が効く可能性が高いと判断して、手術の前に薬物療法をすることを勧めました。
 Kさんのような浸潤がんでは、がんが乳管の壁を破って周囲の組織にまで広がってしまっているため、手術だけでなくなんらかの薬物療法が必要となる場合がほとんどです。なお、臨床試験では術前薬物療法と術後薬物療法は効果が同等であるとわかっています。今回、Kさんに術前薬物療法を勧めたのは、術前であれば全身を巡っている可能性がある微小ながんを消せる可能性があるだけでなく、薬でがんが小さくなったかどうかを患者さん自身が実感しながら治療できるという理由からです。Kさんにはこのことを説明し、納得してもらったうえで、術前薬物療法を開始しました。
 Kさんが行ったのは、3剤の抗がん薬を用いるFEC療法、パクリタキセル(商品名タキソール)というタキサン系の抗がん薬による治療、分子標的薬による治療を組み合わせたものです。Kさんの場合は、これらの薬がよく効いたようで、がんが明らかに小さくなり、乳房温存療法が可能な状態になりました。手術ではセンチネルリンパ節生検の結果が陰性だったため、リンパ節郭清(かくせい)はせず、乳房部分切除術だけをしました。切除量が少なかったこともあり、左右の乳房の大きさにほとんど差はなく、傷も手術したことがほとんどわからない程度で、Kさんはとても満足してくれたようです。手術後は計25回(5日間×5週)の放射線療法を行って、治療を終了しました。
 いまは年1回の定期検診のみ。治療中は家事や学校の行事への参加などで大変だったようですが、家族の協力のおかげで乗りきれたようです。

アドバイス
 術前薬物療法がよく効いた例です。しこりの大きさなどから乳房温存療法が難しいときも、このように、術前薬物療法によってがんが小さくなり、乳房部分切除術が可能になる場合があります。乳房部分切除術を行った場合は、取り残しによる再発を防ぐため、必ずセットで放射線療法を行います。両方の治療を合わせて乳房温存療法といいます。

CASE3 母も伯母も乳がん。

遺伝子診断で遺伝性乳がんと判明。乳房切除術後に二期再建(40代、Aさん)

母も伯母も乳がん

 Aさんは、お母さんと伯母さんが相次いで乳がんを発症し、いまも治療中のため、以前からこまめに乳がん検診を受けていたところ、40代のときにI期のがんがみつかりました。
 自分もかかる確率が高いとして覚悟をしていたとはいえ、娘をもつAさんは大変なショックを受けていました。
 家族性乳がんと考えられるので、まずは遺伝カウンセリングを受けてもらい、Aさんの希望を聞いて遺伝子診断を行いました。結果は、BRCA2遺伝子に変異ありで、遺伝性乳がんだということがわかりました。そこで、それをふまえて治療方針を検討していくことになりました。
 Aさんのがんの大きさは、乳房温存療法が可能と考えられる大きさでしたが、家族性乳がんや遺伝性乳がんは再発リスクが比較的高いため、乳房切除術(全摘)を勧めました。
 乳房再建についての希望も聞きましたが、Aさんは、再建したい気持ちはあるが、いまは再建をどうするかということまでは考えられないとのこと。医師としても手術後1~2年たって、再発のおそれがないことを確認してから再建するほうが確実と考えられるので、二期再建は手術後の経過をみながら検討することにしました。
 また、事前の組織診によると、Aさんはホルモン受容体陽性だったため、手術後にホルモン療法を行うことにしました。遺伝性乳がんは、残りの乳腺(にゅうせん)や反対側の乳房に新たながんが発生したり、卵巣がんが発生したりすることが多いのですが、その予防としてホルモン療法が有効とされています。
 ホルモン療法は、手術1カ月後くらいから始めます。Aさんは閉経前なので、抗エストロゲン薬と、LH―RHアゴニスト製剤を併用しました。抗エストロゲン薬は飲み薬で5年間服用、LH―RHアゴニスト製剤は4週間ごとに1回の皮下注射を2年間、通院で続けることになります。
 副作用としては、更年期障害のような症状がおこることがあり、Aさんもそれに悩まされたものの、しばらくするとそれも落ち着いたようです。
 手術から2年後、定期的な検査で問題がなく、「温泉に行きたい」というような意欲もわいてきたことから、Aさんは再建に臨むことにしました。再建には、自分の体の組織(自家組織)を使う方法と、人工乳房(インプラント)を使う方法があります。Aさんが選んだのは、手術時間が短く、負担の軽いインプラントでした。
 再建は、まず、日帰り手術でエキスパンダー(組織拡張器)を埋め込むところから始まります。そして、約1カ月後~約半年までの間、月1回、そのエキスパンダーに生理食塩水を注入して皮膚や筋肉を広げます。半年後、エキスパンダーを取り出してインプラントを入れる手術を行い、皮膚移植で乳輪乳頭を作って終了です。失った乳房がよみがえり、Aさんはとても喜んでくれました。
 Aさんは現在、ホルモン療法を続けながら、定期的に、再建した部分の確認も含めた検査を受けています。もうすぐ娘さんが成人なので、そろそろ娘さんにも遺伝カウンセリングと遺伝子診断を勧めようかと考えているそうです。
 Aさんの治療経過をずっと見守ってきた娘さんは、「がんになったとしても、早くから検診を受けていれば早期にみつかるし、お母さんやおばあちゃんのような大先輩がいるから大丈夫」と、とても前向きなようで、Aさんは「私より強くて、ありがたいです」とほほえんでいました。

アドバイス
 Aさんのような家族性乳がんや遺伝性乳がんの場合、患者さん本人だけでなく、家系全体をずっと見守っていかなければなりません。そのための体制として、専門の遺伝カウンセリングがありますが、まだ設置医療機関が少ないのが現状です。
 家族性乳がんや遺伝性乳がんは、再発リスクが高いといった特徴があるものの、治療法は一般的な乳がんとほとんど変わりません。患者さん自身や発症の可能性のある家族が、早くからこまめな検診を受けること、それにより再発や新たながんを早期に発見することが、何より重要となります。

CASE4 更年期に治療開始。

術後薬物療法中に閉経を迎え、ホルモン療法薬を変更(40代、Tさん)

 40代半ばを過ぎたTさんは、入浴中に乳房に違和感を覚え、指で探ってみるとしこりを発見しました。不安になり病院で検査を受けたところ、IIa期の乳がんでした。
 Tさんは超音波(エコー)検査でリンパ節転移がみつかったため、まず抗がん薬による術前薬物療法を行うことになりました。
 いずれも点滴で、2剤の抗がん薬を組み合わせたAC療法を3週間ごとに1回、4サイクル行ったあと、ドセタキセル(商品名タキソテール)を3週間ごとに4回投与します。Tさんの場合はこの治療が効いたようで、術前薬物療法が終わった段階で、がんが乳房部分切除術が可能な大きさにまで縮小したので、乳房部分切除術を行いました。
 手術1カ月後から通院で、週5日間×5週間の放射線療法と、ホルモン療法薬による術後薬物療法を開始しました。
 ホルモン療法では、閉経前か後かということが大きな問題となります。手術前、Tさんは閉経前だったので、抗エストロゲン薬(飲み薬)とLH―RHアゴニスト製剤(4週間に1回の皮下注射)を使いましたが、治療途中で50歳を迎えたので、血液中のホルモン値を測る血液検査をしたところ、更年期特有の状態を示していました。そこで、閉経を迎えたと判断し、閉経後の治療に用いられるアロマターゼ阻害薬の服用に切り替えました。これは、5年間飲み続けることになります。
 Tさんはまだ治療中ですが、ホルモン療法薬の副作用も軽く、趣味のテニスを再開し、心身ともに元気に過ごしているようです。

アドバイス
 閉経前の乳がんの患者さんに対するホルモン療法は、抗エストロゲン薬とLHーRHアゴニスト製剤を使います。Tさんのようにホルモン療法が閉経前後にまたがるときは、閉経を迎えた時点でこれらの薬を、閉経後の患者さんに使うアロマターゼ阻害薬に変更することになります。ホルモン療法をしていると月経が止まりますし、血液中のホルモン値も健康なときと違った状態を示すので、閉経のタイミングを知ることはなかなか難しいのですが、年齢的なことやホルモン値の傾向などから閉経を想定して、治療薬を変えていくことになります。

CASE5 トリプルネガティブタイプの乳がん。

抗がん薬治療のあと乳房切除術(全摘)(60代、Oさん)

トリプルネガティブタイプの乳がん

 Oさんは60代、定年を迎えた夫と二人で静かに過ごそうとしていた矢先、病院で4cmくらいのしこりがみつかりました。IIa期のがんでした。
 組織診などの詳しい検査を行った結果、HER2もホルモン受容体も陰性の、いわゆるトリプルネガティブタイプでした。このタイプの患者さんには、抗がん薬を使った治療が行われます。
 本人の希望もあり、乳房温存療法をめざして、手術前に抗がん薬治療を行いましたが、残念ながらがんの大きさは変わらず、乳房切除術(全摘)となりました。手術中のセンチネルリンパ節生検でリンパ節に転移がみつかったので、リンパ節郭清も同時に行いました。なお、事前に乳房再建についての希望を聞きましたが、経済的な理由により、Oさんは再建は行いませんでした。
 これで治療は終了。あとは、定期的な検査に通うのみとなりました。手術前の抗がん薬では副作用に、手術後はリンパ浮腫(ふしゅ)に悩まされていますが、「夫がリンパマッサージをしてくれるので助かる」と、少しうれしそうに話してくれたOさん。「夫がとても気づかってくれ、治療前より夫婦仲がよくなりました」と、悪いことばかりではなかったようです。

アドバイス
 トリプルネガティブタイプといわれるのは、ホルモン受容体のエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体がともに陰性、HER2も陰性の患者さんで、日本人の乳がん患者さんの約15%程度がこのタイプです。
 ホルモン療法薬や分子標的薬はあまり効きませんが、ほかのタイプに比べて抗がん薬が効きやすいので、抗がん薬による薬物療法を行うことになります。
 なお、トリプルネガティブタイプの場合、再発・転移は5年以内におこることが多く、それ以降の再発は少ないといわれています。5年間は自己チェックなどを欠かさず、注意して生活しましょう。

CASE6 IIIa期のため再発リスクを考慮。

乳房切除術(全摘)後に放射線療法を追加(60代、Nさん)

 60代のNさんが乳がんと診断されたときには、すでにIIIa期。CTや超音波(エコー)検査で、リンパ節転移が複数みつかるような状態でした。3年ほど前に乳房に違和感を覚えたものの、ちょうどそのころ親の介護が始まったため、以来わが身を振り返る余裕もない日々を過ごしていたそうです。病院の受診が遅れたのもそのせいでした。
 NさんはHER2陰性、ホルモン受容体陽性であるため、薬物療法では、抗がん薬とホルモン療法薬を使うことになりました。最近は薬物療法を手術前にすることも増えてきましたが、Nさんの希望で、手術を先にすることになりました。
 Nさんが受けた手術は、乳房切除術(全摘)です。リンパ節郭清を行ったところ、わきの下のリンパ節への転移が4個以上あることがわかりました。この場合、再発リスクが高くなると考えられるため、その予防として手術後に鎖骨とリンパ節への放射線照射を追加することになります。放射線療法を行うと、皮膚の組織が変化して乳房再建をするのが難しくなりますが、全摘後に放射線療法を行うと再発率が下がり、生存率が高まることがわかっています。こうした説明を受けたNさんは、放射線療法を追加で受けることに決めました。
 ホルモン療法は放射線療法と一緒に進めていくことができるため、手術後にまず、CAF療法とドセタキセル(商品名タキソテール)による抗がん薬治療を行いました。その後、週5回、5週通院で放射線療法を行いながら、ホルモン療法を始めました。ホルモン療法は、閉経後であるため、飲み薬のアロマターゼ阻害薬の服用を5年間続けてもらいます。
 Nさんは現在もホルモン療法を続けていますが、早期に発見して治療を行ったケースと比べると、再発リスクが高いことに変わりはありません。今後も、慎重に経過をみていくこととなります。

アドバイス
 リンパ節転移が4個以上、あるいはがんの大きさが5cm以上あるケースでは、Nさんのように、乳房切除術(全摘)後の再発予防として放射線療法の追加を検討します。
 乳房温存療法や乳房再建できれいな乳房を守りたくても、Nさんのようにがんが進行している場合は、あきらめざるをえないことがあります。自分で乳房の異変に気づいたときは、いかなる理由があろうとできるだけ早めに、検査を受けるようにしましょう。

CASE7 乳房温存療法後の局所再発。

乳房切除術と薬物療法で再治療(50代、Eさん)

 50代のEさんは、I期の乳がんに乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線療法)をした4年後、定期検査で再発がみつかりました。詳しく検査をしたところ、温存した残りの乳房に局所再発していて、リンパ節への転移もみられましたが、幸いにも、肝臓などほかの臓器には転移していませんでした。
 Eさんの場合、乳房温存療法後の局所再発で、リンパ節への転移もみつかっていることから、まず乳房切除術(全摘)とリンパ節郭清をし、それから全身療法として、薬物療法を行うことになりました。初回治療の病理検査の結果で、EさんはHER2もホルモン受容体も陽性でした。抗がん薬、分子標的薬、ホルモン療法薬のいずれも効く可能性があるので、タイミングをみて使っていくこととなりました。
 具体的には、まずは2剤の抗がん薬を組み合わせたAC療法のあと、パクリタキセル(商品名タキソール)による治療を行い、同時に分子標的薬のトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)を使っていきます。
 抗がん薬治療が終わった後は、ホルモン療法です。Eさんは閉経しているので、アロマターゼ阻害薬のアナストロゾール(商品名アリミデックス)を服用します。これをまずは5年間続け、経過をみます。定期的な診察で薬が効いていないと判断されたら、第二選択の薬に変更することになります。いま予定しているのは、抗エストロゲン薬のタモキシフェン(商品名ノルバデックス)です。
 今のところ経過は良好で、血液中の腫瘍(しゅよう)マーカーも上がっていません。まだ予断は許しませんが、Eさんはいたって前向きで、時間をみつけてはご主人と旅行に出かけているとのことです。

アドバイス
 再発・転移がんでは、生存期間を延ばしたり、がんによるつらい症状をとったりすることを目的とした治療が優先されますが、Eさんのように局所再発とリンパ節転移だけで、ほかの臓器などに転移がみられない場合は、再手術をしてがんを切除することも可能です。もちろん、薬物療法は行います。
 再発・転移がんの薬物療法の大きな問題点は、治療を長く続けているうちに、がん細胞にその薬に対する耐性ができてしまい、効かなくなるということです。現在の薬が効いているかどうかを血液検査などで定期的にみていくのはもちろんのこと、効いていない可能性があればすばやく第二、第三選択の薬にかえなければなりません。

CASE8 乳房切除術(全摘)後の遠隔転移。

薬物療法で症状を抑える(70代、Uさん)

乳房切除術(全摘)後の遠隔転移

 70代のUさんは、3年前、II期がんで乳房切除術(全摘)と、抗がん薬による術後薬物療法を受けました。治療も終了し、落ち着いた生活をしていたあるとき、ちょっと動いたあとにせきが止まらなくなったり、息切れがしたりすることに気づきました。Uさんはかぜをこじらせたのだろうと気にしないようにしていましたが、家族に勧められ、定期検診前に当院を受診されました。すると、画像診断で肺に影がみつかりました。乳がんの肺への転移でした。
 このようなときに必要な治療は、全身に巡っているがん細胞を死滅させる薬物療法です。前回の治療時にHER2陽性、ホルモン受容体陰性だったことから、第一選択として抗がん薬のパクリタキセル(商品名タキソール)と分子標的薬のトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)を併用する治療を始めました。副作用が強く出てしまった場合は、量を減らして続けていきます。
 治療を始めてから、Uさんを悩ませていたせきや息切れといった症状はなくなりました。しかし、治療を2年ほど続けていくうちにまた症状が現れ始めました。定期的な検査で薬が効きにくくなってきたことが明らかになったため、パクリタキセルをやめ、トラスツズマブの代わりに分子標的薬の第二選択であるラパチニブ(商品名タイケルブ)を使うことにしました。この薬は抗がん薬のカペシタビン(商品名ゼローダ)と一緒に使うことが決められています。
 いまの治療をどれだけ続けられるかがわからないものの、Uさんの意思、体力や副作用も考慮しながら、できるだけ薬が効いている期間を長引かせることを目標とし、治療を続けています。

アドバイス
 CASE7と同様、再発・転移がんの治療では、薬が効かなくなってきたら別の薬に切り替えることの繰り返しになります。もっとも問題となるのは、使える薬がなくなることです。そのため、副作用が強い場合などでも、耐性ができて効かなくならない限り、量をうまく調節しながら使っていくのが一般的です。
 なお、骨に転移がある場合は、ビスホスホネート製剤を使って、痛みや進行を抑えます。骨折予防や痛みをやわらげる目的で、放射線療法を行うこともあります。

CASE9 妊娠中に乳がんと診断。

出産をはさんで乳房温存療法(30代、Hさん)

 Hさんは妊娠4カ月のとき、普通の乳腺の張りとは違う胸のしこりに気づき、乳がんと診断されました。その病院では中絶を勧められたため、赤ちゃんをあきらめないですむ方法はないかと、当院にセカンドオピニオンをとりに来ました。
 妊娠中の治療を検討する際に問題となるのは、患者さんが現在妊娠第何週目かということです。赤ちゃんの目や鼻などの器官がつくられる妊娠6~9週に抗がん薬を使うと、流産や奇形を引きおこすおそれがあるので、この時期には抗がん薬治療はできません。しかし、妊娠16週を過ぎれば、すでに器官ができあがっているので、乳がんの初期治療でよく使われるAC療法のドキソルビシン(商品名アドリアシン)やシクロホスファミド(商品名エンドキサン)を使用しても問題ないことが確かめられています。ただし、若干ですが早産の例が報告されているので、その点については注意が必要です。また、抗がん薬の影響が母乳に残る可能性があるので、産後、赤ちゃんに母乳を飲ませることはできません。
 Hさんの場合、治療開始時には妊娠16週を過ぎていたので、抗がん薬を使用しても問題ありませんが、家族とよく話し合った結果、Hさんはまず、手術を行うことに決めました。Hさんの場合は、乳房温存療法が可能と考えられたので、乳房部分切除術を行い、出産後に術後薬物療法と放射線療法をするという治療計画です。しかし、センチネルリンパ節生検(放射性同位元素を使わないで実施)によって転移がみつかったため、リンパ節郭清を行い、手術後すぐに抗がん薬治療が必要と判断し、通院にて3カ月間、AC療法を行いました。
 Hさんは、予定日には数週早かったものの、無事出産し、その後予定どおり放射線療法を受けました。いまは定期検診で年1回だけ通院しています。受診日にはHさんがお子さんを連れてきますが、Hさんもお子さんもとても元気でいます。

アドバイス
 妊娠中はマンモグラフィ検診を受けられられないこともあり、妊娠中に乳がんがみつかった人のほとんどが、自己チェックでみつかったケースです。
 中絶をしなくてもよく、妊娠中でも受けられる治療はあるので、「産後まで待とう」と治療を先延ばしにするのではなく、担当医とよく話し合って早めに治療を開始しましょう。

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