排便機能を考慮した大腸がん手術 肛門温存手術 永久的と一時的人工肛門手術

2018.8 取材・文:柄川昭彦

  

 大腸がんのなかでも直腸がんは、がんを治すことに加え、肛門を残せるかどうかが患者さんの生活の質(QOL)にとって重要な問題です。最近では肛門温存手術が進歩し、内側の肛門括約筋だけ残すISR(括約筋間直腸切除術)などの手術法も登場しています。こうした手術は縫合不全のリスクを伴うため、吻合部を保護する目的で一時的な人工肛門(ストーマ)を造設することがあります。吻合部が完全につながれば、元の状態に戻し、肛門から排泄できるようにします。肛門温存手術の対象とならなかった場合に造設する、永久的な人工肛門とあわせて解説します。

肛門括約筋を部分的に半分残す肛門温存手術(ISR)

 大腸がんの手術で最も重視するのは、もちろんがんを治すことです。しかしながら、大腸がんの中でも直腸がんの手術では、がんを治すことに加え、肛門を温存できるかどうかが、患者さんのQOLを考える上で非常に重要になってきます。どのような場合に肛門を温存することができ、どのような場合に人工肛門が必要になるのか、基本的なことから説明します。

 大腸がんの手術では、がんだけを切除するのではなく、がん周囲の正常な腸管を含めて一緒に切除します。再発を防ぐためには、がんのある部位から口側に10cm、肛門側にも10cmのマージンをとって腸管を切除するのが基本です。これだけ腸管を取れば、腸間膜に存在する所属リンパ節を十分に切除することが可能となり、再発が起きにくいことが明らかになっているからです。結腸がんの切除範囲の基本は、腫瘍の両側の腸管ともに約10cmですが、腫瘍がある場所や大動脈から腸管につながる支配動脈との位置関係で異なります(図1参照)。

図1 結腸の支配動脈と腫瘍の位置関係による切除マージンの違い
結腸の支配動脈と腫瘍の位置関係による切除マージン1
1 支配動脈が1本で腫瘍の直下にある場合、腫瘍の両側10cmで切除

結腸の支配動脈と腫瘍の位置関係による切除マージン2
2 支配動脈が1本で腫瘍の直下ではないが、腫瘍の縁から10cm以内の場合、支配動脈の流入位置から5cm、逆側は腫瘍から10cmで切除

結腸の支配動脈と腫瘍の位置関係による切除マージン3
3 腫瘍から10cm以内に支配動脈が2本ある場合、両側とも支配動脈の流入部から5cmで切除

結腸の支配動脈と腫瘍の位置関係による切除マージン4
4 腫瘍から10cm以内に支配動脈がない場合、腫瘍から近い支配動脈の流入部から5cm、逆側は腫瘍の縁から10cmで切除
大腸癌取扱い規約第9版より作成

 直腸を除く結腸(上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸)のがんであれば、口側と肛門側に10cmずつ腸管切離を行っても、問題なく手術することができます。ところが、直腸がんの場合、口側の腸管切離は問題ありませんが、がんのある部位が肛門に近いと、肛門側に10cmの腸管を切離できないことがあります。

 ただ、直腸がんの場合には、肛門側の腸管切離は、結腸がんの10cmよりも、もっと短くてもよいことになっています。最短の場合で、2.0cmです。それだけの腸管を取ることができれば、再発しにくいとわかっているからです。このように肛門側の腸管を確保しながら、肛門を温存する手術を「肛門温存手術」といいます(図2参照)。

図2 結腸と直腸の切除マージン
結腸と直腸の切除マージン

 直腸にできたがんに対する「肛門温存手術」のうち、肛門と肛門括約筋を温存する手術法を「低位前方切除術」といいます。がんから肛門までの距離に、多少のゆとりがある場合の手術方法です。

 肛門の近くにできたがんに対して、肛門括約筋をぎりぎりのところで残す手術は、「超低位前方切除術」と呼ばれています。

 さらに進んで、内外括約筋間での直腸剥離を行い、内肛門括約筋とともに直腸を一括切除し、経肛門的に口側腸管・肛門吻合を行う手術法をISR(括約筋間直腸切除術)と呼び、この手術では外肛門括約筋が残るため、肛門および肛門機能を維持することができます(図3参照)。

 肛門温存手術で肛門を残した場合、手術後の排便に問題が生じることがあります。便秘しやすい、下痢しやすい、といった問題です。こうした問題は、薬を上手に使うことで、かなりリカバリーすることができます。また、時間が経過することによって、しだいによくなっていくこともあります。

 腫瘍より肛門側に2.0cmの腸管切離ができない場合や、T4(癌が肛門挙筋や隣接臓器に浸潤している)の場合には、がんと一緒に肛門部も合併切除する手術を行い、人工肛門を造設することになります。永久的な人工肛門です。切除したて残ったS状結腸の断端を腹壁に露出・固定し、人工肛門とします。永久的な人工肛門を造設した場合、肛門からの排便はできず、ストーマからの排便となるため、日常の生活へ若干の変化が生じます。ストーマに装着したパウチに溜まった便を処理したり、パウチ周囲の皮膚を清潔に保つなどストーマケアが必要になりますが、入浴や旅行、温泉に入ることも可能です。人工肛門が必ずしもQOLの低い治療法というわけではありませんが、肛門温存手術が進歩することにより、人工肛門を回避できる人が増えているのは事実です。

図3 ISR(括約筋間直腸切除術)
ISR(括約筋間直腸切除術)
※赤線内で切除
大腸癌取扱い規約第9版より作成

肛門温存手術か人工肛門かの選択は検査で診断

 肛門温存手術を行うか、人工肛門にするかの選択は、慎重に行う必要があります。そのために、「直腸指診」「大腸内視鏡検査」「注腸造影検査」「CT検査」「MRI検査」等が行われます。

 直腸指診は、医師が手袋をはめた指を肛門部に入れて調べる検査です。画像だけでなく、実際がんと肛門部に触れることで得られる情報があります。

 大腸内視鏡検査は、肛門部から内視鏡を挿入して、大腸内を観察します。がんの状態を拡大して観察することができます。

 注腸造影検査は、大腸に造影剤のバリウムを入れ、X線撮影を行う検査です。がんと肛門の距離や位置関係などをみるのに役立ちます。肛門を温存できるかどうか、ISRを行えるかどうか、といったことを検討するためには、重要な情報を提供してくれる検査です。

 肛門温存手術を選択した場合には、手術の合併症として起こる縫合不全のリスクについて、考えておく必要があります。がんのできている部位を切除した後、口側と肛門側の切断部をつなぐわけですが、その吻合がうまくいかず腸液(便)が腸の外に漏れることもあります。うまくつながらないだけでなく、つながった後にも吻合部が盛り上がって通過障害が起きてしまうこともあります。

 直腸がんの手術では、約10%の割合で縫合不全が起こる可能性があります。手術器具や手術技術が進歩した現在でも、縫合不全は一定の割合で発生し、手術部位が肛門に近いほど、縫合不全は起こりやすくなります。肛門温存手術を選択した場合には、この合併症に細心の注意を払う必要があります。

 縫合不全のリスク因子としてあげられるのは、次のようなことです。ステロイド剤を長く服用している。糖尿病のコントロール状態がよくない。抗がん剤や放射線による術前治療を受けている。肥満している。男性である。統計的に男性のほうが縫合不全の発生率が高いのですが、これは骨盤の中が狭いためではないかと考えられています。

 さらに、小腸側と肛門側の切断部の距離が離れていて、縫合部に緊張がかかるような場合、あるいはつなぐ腸管に血流が十分でない場合なども、縫合不全のリスクが高まります。こういったリスク因子を複数持っているような場合には、縫合不全に対する細心の注意が必要となります。

縫合不全を防ぐための一時的人工肛門

 肛門温存手術を行う場合、特に超低位前方切除術やISRを行うような場合には、縫合不全を回避するために、あるいは縫合不全が起こったとしてもその後の腹膜炎の程度を軽くするために、一時的な人工肛門を作ることが行われています。吻合部よりも口側(上流)に人工肛門を作り、吻合部腸管に、腸の内容物が送られて行かないようにすることで、吻合部の安静が保たれるので、縫合不全が起きにくくするためです。

 大腸がんの通常の手術では、手術直後は絶食とし、手術の3~4日後から食事を始めます。かつては1週間くらいの絶食を行っていましたが、現在はこの程度が一般的です。ただ、超低位前方切除術やISRを行った場合は、縫合不全が起きやすいので、なるべく手術部位を保護するために、一時的な人工肛門を作って吻合部を保護することが多くあります。

 一時的な人工肛門は、腹壁に吻合部よりも口側の腸管を露出・固定し、便や腸液を排泄できるようにします。

 吻合部は仮に縫合不全が起こったとしても、おおむね手術後1~2か月で固まるので、その後、内視鏡検査や注腸造影検査などを行い、問題がないことを確認してから元に戻す手術を行います。だいたい3か月ほどしてから戻し、肛門から排泄するようにします。

 一時的な人工肛門を作る場合、口側の腸管であればよいわけですが、横行結腸を使う方法と小腸を使う方法があります。上行結腸と下行結腸は後腹膜という背中側に固定されているので、通常はあまり使用されません。そのため結腸(大腸)を使う場合は、横行結腸を使います。

 横行結腸を一時的人工肛門にすると、排泄される内容物は栄養や水分が吸収された後なので、通常の便に近い状態になっています。そのため、栄養障害や脱水などの心配がありませんし、あまり水っぽくないため、排泄物を処理しやすく、人工肛門のトラブルも起きにくいという長所があります。

 小腸を人工肛門につなぐと、水分や栄養の吸収の途中段階で排泄されてしまうため、脱水や栄養障害が起きやすくなります。また、排泄物の水分が多い場合には、ストーマ装具を貼りにくいなど、トラブルが起きやすくなります。

 ただし、小腸を使った一時的な人工肛門は、閉鎖手術つまり人工肛門を戻す手術の際、手技も比較的簡便で元に戻しやすくより安全に行えるというメリットもあります。横行結腸の人工肛門を戻す手術は、小腸の閉鎖手術と比較すると、戻す手術の規模(侵襲)もやや大きく、それなりのリスクを伴います。

 このように、横行結腸を使う方法にも、小腸を使う方法にも、一長一短があります。小腸を使う方法は、一時的ではありますが、QOLを考えればよくありませんが、二回目の手術に伴うトラブルが起きにくいのがメリットです。一時的なものなので、その間の生活では注意してもらい、安全に元に戻すことを重視した方法といえます。

 大腸がんの手術後に、再発を予防するための補助化学療法が必要な場合があります。一時的な人工肛門を造設した場合には、通常は半年間の補助化学療法を行ったあとに、人工肛門を戻す手術を行います。

直腸がんに対する腹腔鏡手術とロボット支援手術

 大腸がんの手術では、腹腔鏡下手術が広く行われています。腹壁に小さな切開を数か所行い、そこから腹腔鏡と手術器具を入れ、腹腔鏡による拡大画像を見ながら手術を行います。直腸がんの手術は骨盤内の狭い中での手術になりますが、そのような細かい作業が、開腹手術よりやりやすいという特徴があります。超低位前方切除術やISRなどの肛門温存手術は、腹腔鏡下手術が普及したことで広まった手術法ともいえます。

 2018年4月からは、直腸がんの手術に対しては、ダ・ヴィンチという機器を使ったロボット支援手術も保険で行えるようになっています。

 カメラで体の中を観察しながら、複数の手術器具を腹腔内に入れて手術するという点では、腹腔鏡下手術もロボット支援手術も同じです。

 腹腔鏡下手術とロボット支援手術の違いは、手術器具の可動域の制限と、一度固定したら動かない安定性(固定性)です。可動域に関しては、腹腔鏡の手術器具は直線的な動きしかできませんが、ロボット支援手術では、体の奥深くでも複雑な動きが可能です。さらに、ロボット支援手術の視野は両目で立体的に見ることができる3D視野であるため、より深い部位で、複雑で細かな手術することができます。

 ロボット支援手術のデメリットは、機材の数や大きさが増え、それに見合う手術室の確保、専門の医師、看護師、臨床工学技士の確保、セッティングや準備の時間がかかること、などが挙げられます。

 ロボット支援手術は、直腸がんに関しては、現在のところ、腹腔鏡手術とほぼ同等と考えられておりますが、今後は排尿機能や性機能などの機能温存の可能性があると考えられております。当院では、3年前から臨床研究という形でロボット支援手術を導入し、すでに30例余りの手術を行ってきました。今後もロボット支援手術を積極的に導入し、そのメリットを活かして診療に当たりたいと思っています。

プロフィール
高橋玄(たかはしまこと)

1998年 順天堂大学医学部卒業
2000年 順天堂大学 第1外科学 医局員
2014年 順天堂大学 消化器外科学講座下部消化管外科学 准教授

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