情報氾濫の時代「医師を信じ一緒に判断していくことが大切」大江裕一郎先生インタビュー

(名医が語る最新・最良の治療 肺がん 2012年3月24日初版発行)

医師を信じて治療に臨んでほしい。がん治療の専門家である僕たちは患者さんのためを第一に実力アップに取り組んでいます。

大江裕一郎先生

 身長181cm体重90kgの堂々たる体格。「基本、体育会系ですから」という大江先生、中学生から始めた柔道は講道館(こうどうかん)六段、今も現役、みずから「柔道家」と称します。略歴に挙げられた所属学会を見るとASCO(アメリカ臨床腫瘍(しゅよう)学会)、ESMO(ヨーロッパ腫瘍内科学会)、日本臨床腫瘍学会などとともに、日本臨床スポーツ医学会が並び、さらに全日本柔道連盟ドーピングコントロール部会副部会長、日本体育協会公認スポーツドクターといった資格も見え、「僕はいろいろと忙しいんです」との言葉も納得。得意技は内股(うちまた)。相手を豪快に投げる姿が目に浮かびます。
 大江家は代々医師の家系。「ドラマチックなことは何もなく、流れで医師に」なったという大江先生ですが、抗がん薬の治療にはもともと興味があったといいます。
 医学部を卒業するころに、シスプラチンが登場し、ようやく「効くかな」との実感。しかし、1カ月半の延命を図るために3カ月の入院、そして病院で最期を迎える。それが、大江先生が研修医のころの非小細胞肺がんの化学療法でした。80年代後半~90年代、抗がん薬の可能性に光明が見えはじめたころ、大江先生は国立がんセンター(当時)の西條長宏(さいじょうながひろ)先生(現近畿大学医学部 腫瘍内科特任教授)のもとへ、腫瘍内科の修業に。「ウマが合ったのか、そのままいついてしまいました」
 今では、大江先生が後進の指導に尽力し、日本臨床腫瘍学会におけるがん薬物療法専門医という専門医制度の立ち上げに参加、日本のがん治療のレベル向上に貢献しています。「医師の間に勉強への意欲が出てきて、セミナーなど教育の機会が活用されるようになりました。医師の実力が上がり、その結果、医療のレベルが上がり、患者さんに成果が還元される。それがいちばん大切です」。
 専門医制度については、医師にとってのメリットをうんぬんする声も聞かれますが「誰のためかといえば、『医師のためではなく、患者さんのための専門医制度である』とは、この制度の立ち上げを推進された福岡正博(ふくおかまさひろ)先生が、初めからしっかりとおっしゃっていたことです」。
 そして、患者さんとのかかわりにはフェアなルールにのっとる必要があるといいます。「たまにですが、患者さんにも『わがまま』と思われる振る舞いがみられます。自分の都合だけで時間外に外来を利用したり、必要のない薬をどうしても処方してくれ、といったり。僕たちは専門家として、途方もない要求にはこたえるべきではない。病院はコンビニではありません。専門知識をもつ医師が、患者さんにとって何が必要であるかを判断し、適切な診療を行うことと、なんでも要求をのむということは違いますから」。若い医師たちにも節度ある態度の大切さを強調しているそうです。
 腫瘍内科医として約20年余り、振り返って印象深い患者さんといえば「やはり、イレッサがらみ」。効く人には劇的ともいえる効果が現れ、しかも効果が持続。「そうした分子標的薬と従来の抗がん薬をどう組み合わせて、いかに治すか」が、肺がん治療の課題です。「あと10年でかなり治せるようになる気がします」と未来の可能性に期待する大江先生。「患者さんの状態から、抗がん薬を使えるかどうか、使うとしたらどんな薬を選択するかは高度な判断」、そして「状態が悪くてもあきらめるのではなく、できる処置を重ねて、抗がん薬を使える体力までもっていく、そこが腫瘍内科医としての真骨頂」と大江先生の表情が引き締まります。
 情報氾濫の時代、玉石混交の情報に翻弄(ほんろう)されそうな患者さんにひとこと。「医師とコミュニケーションをしっかりとることが第一。健康食品や漢方薬も隠れて飲んだりせず、まず正直に相談。何が正しくて、何が間違っているか、医師を信じ一緒に判断していくことが大切です」。

大江裕一郎(おおえ・ゆういちろう)先生

大江裕一郎先生

国立がん研究センター東病院 副院長 呼吸器内科 呼吸器内科長
1959年東京都生まれ。84年東京慈恵会医科大学卒業。同大第二内科入局、87~88年国立がんセンター病院および同研究所にて研修。89年国立がんセンター病院外来部、同センター東病院外来部、同センター中央病院特殊病棟部などを経て、2010年より現職、11年副院長併任。