前立腺がんの「腹腔鏡手術」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者寺地敏郎(てらち・としろう)先生
東海大学医学部外科学系 泌尿器科教授
1952年岡山県生まれ。京都大学医学部卒。倉敷中央病院に勤務後、99年京都大学大学院医学研究科泌尿器病態学教授として、日本で初めて前立腺がんの腹腔鏡手術を手がけた。その後、天理よろづ相談所病院泌尿器科部長を経て、2002年から現職。腹腔鏡手術のスペシャリストとして知られる。

(名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん 2011年7月24日初版発行)

小さな傷口ですみ、治りが早い

 腹腔鏡を使い、医師がおなかの内部を画面で見ながら、専用の器具を動かして行う手術です。傷口が小さくてすむので、回復が早くなります。

傷口が小さく痛みも軽い入院も開腹手術より短い

おなかの内部を映す腹腔鏡

 腹腔鏡は内視鏡の一種で、腹腔(おなかの内側)のようすを映し出すために開発された専用のカメラです。細い管の先に小さなビデオカメラが取りつけられていて、そこで撮影した動画が、モニターに映し出されます。手術をする医師や助手は、そのモニターを見ながら専用の器具を操作して手術を行います。
 腹腔鏡手術(腹腔鏡下前立腺全摘除術)は、この腹腔鏡を用いて前立腺を全部切り取る手術です。前立腺を全部切り取るという点では開腹手術と基本的に同じことをするわけです。ただ、腹腔鏡を使うことによって、おなかの傷口が小さくてすみ、傷口の治りが早く、痛みも軽くなります。
 腹腔鏡を使った手術の場合、患者さんは手術の翌日から、楽に歩くことができます。どんな手術でも、寝たきりのまま体を動かさないと、深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)といって、静脈に血栓(血のかたまり)ができ、それが肺の血管を詰まらせる(肺塞栓(そくせん)、いわゆるエコノミークラス症候群)をおこす危険があります。
 そこで、手術後、なるべく早い時期から体を動かすことが勧められますが、患者さんが自分で歩くことができれば、いちばんよいわけです。手術の翌日から楽に歩けるということは、術後のQOL(生活の質)が高くなるのはもちろんですが、血栓の予防という意味でも大きなメリットがあるといえます。
 また、腹腔鏡手術では、開腹手術に比べて出血を少なくすることができます。腹腔鏡では手術部位を拡大して観察できるので、細部を確認しながら手術ができます。また、腹腔内を炭酸ガス(二酸化炭素)でふくらませて手術をするため、この圧力で出血しにくいという面もあります。
 回復が早いため、入院期間も開腹手術が2週間程度であるのに対し、腹腔鏡手術では8~10日程度ですみます。この結果、治療費の総額は開腹手術より安くなります。

熟練を要する難しい手術で10年以上の歴史を重ねる

腹腔鏡とモニターがセットされたトレーニングボックス。

 前立腺がんに対する腹腔鏡手術は、1992年にアメリカで始まりましたが、技術的に難しく手術時間が長くかかるため普及せず、始めた医師も97年にやめてしまいました。その後、アメリカで行われた方法とは少し違う術式により、98年にフランスで、前立腺がんの腹腔鏡手術が始まりました。
 私自身はそれまで副腎(ふくじん)や腎臓の手術で腹腔鏡を使っていて、開腹手術にはない大きなメリットがあると考えていました。おなかを大きく切る手術では、どうしても患者さんに重い負担をかけます。おなかを大きく切ると、それだけ痛みも強く、数日間ほぼ寝たきりになるので治りも遅くなります。その点、腹腔鏡手術は劇的に回復が早いのです。前立腺がんの腹腔鏡手術がフランスで行われたというニュースを知り、すぐに自分も手がけてみようと思いました。
 99年12月、当時勤めていた京都大学医学部附属病院で国内第一例を試み、2000年から勤務した天理よろづ相談所病院で、本格的に手がけるようになりました。以来、これまで10年以上の歴史を積み重ねてきたことになります。
 前立腺がんの手術は、泌尿器科のなかでも副腎や腎臓に比べて、もともと非常に難しい手術といわれています。前立腺は膀胱(ぼうこう)や尿道括約筋(かつやくきん)とつながっているので、これらを切り離したり、前立腺を取り去ったあとに膀胱と尿道をつなげて再建したりする必要があります。また、前立腺の周囲を取り巻く神経を傷つけないように手術をするのは簡単なことではありません。前立腺の形や大きさも、患者さん一人ひとり違うのです。
 私もフランスで手術を見学したあと、技術の習熟に努めましたが、腹腔鏡手術では熟練者の指導のもとで、しっかりしたトレーニングを受ける必要があります。私の勤務する東海大学医学部付属病院では、私を含めて3人の医師が前立腺がんの腹腔鏡手術を手がけていて、さらに若い医師たちが、手術を手伝いながらトレーニングを積んでいるところです。

限局がんがもっとも適している腹腔鏡手術

 開腹手術と同様に、腹腔鏡手術も限局がんがいちばん適しています。とくにPSA値が10未満、グリソンスコアが7以下であれば、理想的です。
 PSA値が20以上だったり、グリソンスコアが8以上だったり、あるいは局所進行がんだったりした場合は、患者さんの年齢や術後のQOL(生活の質)などを考えて、腹腔鏡手術をするかどうか、慎重に検討することになります。
 前立腺が非常に大きい場合(100gを超える)、または逆に非常に小さい場合(20g未満)も、腹腔鏡手術は避けるのが一般的です。前立腺が大きすぎたり小さすぎたりすると、開腹手術でも手術が難しくなるのですが、腹腔鏡手術ではなおさら困難になるのです。
 また、BMIが30を超えるような肥満の患者さんの場合も、脂肪がじゃまをして腹腔鏡手術が難しくなることがあります。BMI(ボディ・マス・インデックス)は(体重kg)÷(身長m)÷(身長m)で求める数字で、日本肥満学会ではBMI25以上を肥満としています。BMI30はかなりの肥満といえます。

●腹腔鏡手術を受けられるがんの状態

適している 限局がん
とくにPSA値10未満、
グリソンスコア7以下
慎重に検討 PSA値20以上、
または
グリソンスコア8以上、
または局所進行がん

●こんな場合は腹腔鏡手術は難しい

前立腺が非常に大きい(100gを超える)
前立腺がんが非常に小さい(20g未満)
BMIが30を超える肥満

治療の進め方は?

 おなかに小さな穴を5カ所あけ、腹腔鏡や手術器具を出し入れして手術。
 医師はモニターで動画像を見ながら手術器具を操作します。

基本は開腹手術と同じで前立腺をすべて切り取る

各種の検査をもとにカンファレンス(症例検討会)を開き、腹腔鏡手術が適しているかどうかを検討

入院から退院まで

 術前には必ずカンファレンス(症例検討会)を開き、胸部X線検査、腹部CT検査など各種検査結果をもとに、腹腔鏡手術が適しているかどうかを検討します。
 手術開始前に感染防止のための抗菌薬と、血液を固まりにくくする薬剤を点滴します。麻酔は全身麻酔で行いますが、術中の麻酔のコントロールと、術後の痛みを緩和するために、下半身の硬膜外麻酔を併用します。
 腹腔鏡手術では、最初に、おへその下あたりに直径20mm程度の穴をあけ、そこから腹腔鏡を入れます。また、手術する医師が器具を操作するための穴を2つ(12mmと5mm)と、助手が器具を操作するための穴を2つ(12mmと5mm)あけます。合計5つの小さな穴を、おなかにあけるわけです。
 穴をあけた部分には、トロカーと呼ばれる内側が空洞になった円筒状の器具をはめ込みます。トロカーを通して、腹腔鏡や鉗子(かんし)(組織をつまむための器具)など手術に必要な器具を出し入れします。
 次に炭酸ガス(二酸化炭素)を腹腔内に送り込みます。これはおなかをふくらませて、前立腺が腹腔鏡でよく見えるようにし、手術のスペースを確保するためです。
 手術する医師は、モニターを見ながらトロカーから入れた器具を操作します。2人の助手は吸引したり、手術の視野をつくるために腸管を押さえたりする役割と、腹腔鏡のカメラの操作を、それぞれ受けもちます。
 まずリンパ節を郭清(かくせい)し、膀胱と前立腺の間を切り離します。前立腺と連続している臓器である精のうもはがします。
 直腸と前立腺をはがし、前立腺と前立腺の両側にある神経や血管が集まっている束(神経血管束・勃起(ぼっき)神経を含む)を露出させます。神経温存が可能な場合は、前立腺とそこにくっついている神経血管束をはがしていきます。神経温存をしない場合は、神経血管束と直腸をはがしていきます。
 次に前立腺と尿道を切り離します。前立腺と精のうをトロカーを通して体外へ取り出し、膀胱と尿道を縫い合わせます。尿道に管(カテーテル)を入れ、出血や体液などを体外に排出するための管(ドレーン)を留置し、おなかにあけた穴を縫って閉じ、手術を終えます。

手術の翌日から歩いたり飲食ができる

 手術の翌日から水を飲んだり、歩いたりすることができます。順調なら食事もとることができます。回復の状況によって、術後3~5日で尿道のカテーテルを抜き、自力で排尿できるようになります。また、術後4~6日でドレーンを抜くことができます。
 東海大学医学部付属病院では、入院から退院まで、8~10日程度ですが、施設によっては10日~2週間程度の入院が必要なところもあります。
 退院の1カ月後、3カ月後、その後は3カ月ごとにPSA検診をして、術後の経過をみていきます。
 腹腔鏡を使った手術では、何か異常があった場合、すぐに開腹手術に移行することになっています。ただし私自身の手がけた腹腔鏡手術では、開腹手術への移行が必要になったことは一度もありません。

手術の手順・腹腔鏡手術器具と手術法

手術室のセッティングと手術の流れ

治療後の経過は?

 がんが治る割合、術後の排尿や性機能の障害は開腹手術と同レベルです。
 健康保険は適用されますが、この手術ができる施設は限られています。

開腹手術と同程度に根治し術後3年で90%が根治

 前立腺がんの腹腔鏡手術は、2009年に全国で1217件行われました。このうち、私の勤務する東海大学医学部付属病院泌尿器科では、83件行っています。
 当施設の場合、前立腺がんの腹腔鏡手術をこれまで400例以上手がけてきて、その数も年々増えています。また、腎臓や副腎などの腹腔鏡手術も多数行っています。
 腹腔鏡手術では開腹手術とほぼ同じ程度にがんの完治が可能です。前立腺がんの腹腔鏡手術を行った100例で調べた調査では、完治の割合(PSA非再発生存率)が術後3年で約90%でした。ただし、局所進行がんの場合をみると、15%以上は再発と診断されるレベルまでPSA値が上昇しています。
 また、限局がん371例について、開腹手術と腹腔鏡手術を比べた成績では、断端(だんたん)陽性率がどちらも18.9%で同じでした。断端陽性率とは、手術で切り取った端の部分に、がんが残ってしまう割合のことです。
 開腹手術では多くの場合、輸血を必要とするので、輸血を必要とする割合が低いのは腹腔鏡手術のメリットの一つです。
 腹腔鏡手術を行った際の合併症については、当施設の場合、直腸損傷など治療を必要とする例は1.3%とごくわずかにとどまっています。
 また、腹腔鏡手術では、炭酸ガスを腹腔に送り込んでおなかをふくらませ、腹腔鏡のカメラで観察しやすいようにするのですが、この炭酸ガスが皮膚の下にたまり、痛みをおこすものを皮下気腫(ひかきしゅ)といいます。ただしこれは一時的なもので、たまった炭酸ガスは自然に抜けていくので、退院までに痛みはおさまります。

おもな腹腔鏡下の手術件数

東海大学泌尿器科の腹腔鏡手術実績

尿失禁、性機能障害も開腹手術と同程度おこる
腹腔鏡手術と開腹手術を比較する

 前立腺全摘除術では、多くの場合、一定期間、オシッコがもれてしまう尿失禁が避けられません。これは開腹手術も腹腔鏡手術も同じで、多くの場合、1年以内に日常生活に支障ない程度にまで回復するところも変わりません。ただし、術後1カ月に限っていえば、開腹手術のほうが尿失禁の程度が軽い印象があります。
 性機能障害(勃起障害=ED)についても、開腹手術と同じレベルでみられます。開腹手術と同様に腹腔鏡手術でも、神経温存が可能な場合は、できるだけ神経を残すように努めています。片側、もしくは両側の神経血管束を残して勃起神経を温存しても、必ず勃起機能が回復するとはいえませんが、数カ月から2年以内に50~70%の人で回復が見込めます。ただし、神経を温存できなかった場合は、勃起機能の回復は望めません。
 このように、腹腔鏡手術による合併症は、総じて開腹手術と同じと考えられます。腹腔鏡手術では傷口が早く治るので、痛みが軽く、社会復帰もそれだけ早くできるところが最大のメリットといえるでしょう。
 退院の1カ月後、3カ月後、そのあとは3カ月おきに受診してもらい、PSA検診など必要な検査をしています。

健康保険が適用されるが実施施設は限られる

 前立腺がんの腹腔鏡手術は、2006年4月から健康保険が適用されています。
 開腹手術に比べて腹腔鏡手術のほうが、手術料金そのものは少し高く、健康保険が3割負担の人で約15万円です。ただし、入院日数が短いため、総額は腹腔鏡手術のほうが安くなります。なお、高額療養費制度も適用されます。
 前立腺がんの腹腔鏡手術は、高度な技術を必要とするため、厚生労働省が定める一定の基準をクリアした施設でしか認められていません。
 その基準は、下記の表のように定められています。
 腹腔鏡手術を安全に実施するために厳しい基準が設けられているわけです。このため、この条件を満たす施設は全国に限られた数しかありません。施設については巻末の施設リスト、腹腔鏡手術の項を参考にしてください。

一定の技術と経験をもつ技術認定取得者が行う

腹腔鏡手術の基本情報

 また、日本Endourology ・ESWL学会では、泌尿器腹腔鏡技術認定制度を設けています。技術認定取得者でなくても、前立腺がんの腹腔鏡手術をすることはできますが、技術認定取得者であれば、一定の技術と経験をもっていると考えられます。2004年~09年で計564名が認定を受けています。
 なお、患者さんやご家族に対して、事前に医師から治療の必要性、腹腔鏡手術が適しているかどうか、考えられる合併症とその頻度、開腹手術への移行や輸血の可能性などについて、十分な説明をすることになっています。
 治療の選択にあたっては説明をよく聞いて、納得したうえで決めていただければと思います。

●前立腺がんに対する腹腔鏡手術の施設基準

1 泌尿器科を標榜している病院であること
2 腹腔鏡下腎摘除術、および腹腔鏡下副腎摘除術を、術者として、合わせて20例以上実施した経験を有する、常勤の泌尿器科医師が2名以上いること
3 当該手術に習熟した医師の指導のもとに、当該手術を術者として、10例以上実施した経験を有する、常勤の泌尿器科医師が1名以上いること
4 当該保険医療機関において、腹腔鏡下前立腺悪性腫瘍手術が10例以上実施されていること
5 関係学会から示されている指針に基づき、適切に実施されていること

厚生労働省 2010年資料より作成

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