乳がん患者さんの再発に対する恐怖、スマホアプリで軽減することに成功

2022/11/25

文:がん+編集部

 乳がん患者さんの再発に対する恐怖を、スマートフォン用の心理療法アプリで軽減することに成功しました。通院などの負担を⼤きく軽減でき、また場所や時間を選ばず苦痛を和らげるための医療を受けることができる可能性があります。

自分のスマホでできる認知⾏動療法、問題解決療法「解決アプリ」と⾏動活性化療法「元気アプリ」

 名古屋市立大学は2022年11月3日、乳がん患者さんの再発に対する恐怖感を⾃⾝のスマートフォンにダウンロードした⼼理療法アプリを⽤いて軽減することに、世界で初めて成功したことを発表しました。同⼤学⼤学院精神・認知・⾏動医学分野の明智⿓男教授、愛知県がんセンター乳腺科の岩⽥広治部⻑、国⽴がん研究センターがん対策研究所の内富庸介研究統括、京都⼤学⼤学院健康増進・⾏動学の古川壽亮教授らの共同研究グループによるものです。

 乳がん患者さんの9割以上が10年以上の生存が可能となっていますが、再発すると完治が難しいため、多くの患者さんが再発に対する不安や恐怖感を経験しており、6割の患者さんが再発に対する恐怖を軽減する治療を希望していることがわかっています。

 再発に対する恐怖を軽減する治療は、薬剤では有効なものがなく、認知⾏動療法が期待されていましたが、ケアや治療の対象として扱われることはほとんどなく、専⾨的な治療を提供できる医療者の⼈員不⾜や、仕事や⼦育てなどで忙しい患者さんの負担などの問題もあり、ほとんどの患者さんが適切な治療を受けることなく、我慢せざるを得ない状況でした。

 研究グループは、先行研究で開発した患者さん⾃⾝で認知⾏動療法を実施できる「解決アプリ※1」と「元気アプリ※2」の有効性を確認するための臨床試験を実施しました。参加者は、病院のポスター掲⽰、リーフレット配布、各種メーリングリスト、フェイスブック、インターネット検索サイト広告などで募集されました。その後の研究参加への同意説明や本⼈確認も、すべてデジタルデバイスを⽤いて遠隔で実施する研究の仕組み(分散型臨床試験)を開発して行われました。

 50歳未満の⼿術後1年以上再発のない⼥性の乳がん患者さん447人を対象に、通常の治療に加えて2つのアプリを使⽤する223人と使⽤しない224人に分け、8週間後に再発に対する恐怖が和らぐかどうかが検討されました。

 研究の結果、アプリを使⽤した患者さんは、開始から4週後で再発に対する恐怖が統計学的に有意にさがり、その効果は8週後でもそのままみられました。また8週後と24週後時点における再発恐怖に差はみられなかったことから、その効果は24週後も継続している可能性が⽰唆されました。さらに、同様の結果が、抑うつと⼼理的ニード(⼼理的側⾯に関するケアの必要性)にもみられました。⼀部の参加者に聞き取り調査を行った結果、副作⽤はみられませんでした。

 研究グループは研究の意義と今後の展開や社会的意義などとして、次のように述べています。

 「2018年に国⽴がん研究センターが⾏った患者体験調査では、⾝体の苦痛や気持ちのつらさを和らげる⽀援(⽀持療法)は⼗分であったと回答したがん患者さんは全体の43%にとどまっており、我が国におけるがん患者さんへの⽀持療法は⼗分であると⾔える状態ではありません。がん罹患者数が毎年100万⼈を超える今、がん患者さんへの⽀持療法は今後、より不可⽋なものになってきます。また、スマートフォンの利⽤者の増加に伴い、デジタル技術を⽤いた新しい医療やヘルスケア領域の開発は今後も重要性を増すのではないかと思います。また今回、分散型臨床試験という新たな研究基盤を開発して研究を⾏った結果、多くのフルタイムで就労されている⽅にご参加いただくことができました。これは、がんの治療のみならず、患者さんの⽣活の質の向上に必要な⽀持療法を受けながら、仕事も両⽴させることを可能とすることを意味しています。今後、分散型臨床試験の基盤を広く社会に実装していくことで、患者さんの負担を、体⼒的な側⾯のみならず、時間的にも経済的にも軽減しながら、⽀持療法の開発を加速することが可能です。また、今回のデジタルデバイスを⽤いた研究をDCTで⾏う取り組みは、内閣府が提唱する⽬指すべき未来社会(Society 5.0︓サイバー空間[仮想空間]とフィジカル空間[現実空間]を⾼度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両⽴する、⼈間中⼼の社会)の実現を⽬指すという⽬標と合致しています」

※1:解決アプリは、構造化された⽅法によって、患者さんの⽇常⽣活上の問題を分類し、具体的に達成可能な⽬標を定めます。解決策をブレインストーミングし、解決策のメリットとデメリットを⽐較して、最終的に実際にやってみたい解決策を選ぶ⽅法を習得していきます。

※2:元気アプリは、「⾏動が変われば気分も変わる」という原理に基づいて、喜びや達成感のある活動をすることの重要性についての学習を⾏います。そのうえで、やめてしまった楽しい活動や今までやったこともない楽しそうな新しそうな活動を実際にやってみて、その結果を評価するということを繰り返すシンプルな治療法です。