糖尿病や肥満でがんが発生するメカニズムをハエによる実験で解明

2020/05/26

文:がん+編集部

 糖尿病や肥満によるがん発生のメカニズムが、ショウジョウバエを使った実験で解明されました。

「細胞競合」を標的とした新たながん予防や治療法につながる発見

 京都大学は5月11日、ショウジョウバエを使った「細胞競合」のメカニズムを探索する実験を行っていた過程で、高インスリン血症のハエでは細胞競合がうまく働かず、がん化が起こることを発見したと発表しました。同大大学院生命科学研究科の井垣達吏教授、佐奈喜祐哉博士課程学生(現:フランス キュリー研究所)らの研究グループによるものです。

 生体内において適応度(生存能力や増殖能力)の異なる2種類の細胞が近接し、適応度のより高い細胞が生き残り、低い細胞が排除される現象を「細胞競合」といいます。「がんのもと」となる異常細胞は、周りの正常細胞と比べて「タンパク質合成能力」が劣っており、これにより細胞競合が起こって正常細胞により除去されます。

 そこで研究グループは、異常細胞が細胞競合によって排除されるために必要な遺伝子を探索するため、ショウジョウバエを用いた研究を実施しました。その結果、インスリン受容体基質遺伝子の機能が低下していると細胞競合がうまく働かず、異常細胞が排除されないことを発見しました。また、インスリン受容体基質遺伝子が変異しているショウジョウバエでは、血糖値に関係なくインスリンの循環量が異常に多くなる「高インスリン血症」になっていることがわかりました。

 糖尿病や肥満の人に多い「高インスリン血症」の状態では、異常細胞のタンパク質合成能力が正常細胞よりも高くなり、細胞競合がうまく働かないことで、異常細胞が除去されず、がん化することが示唆されます。さらに、高インスリン血症状態のショウジョウバエに、血糖値を下げる薬「メトホルミン」を投与したところ、細胞競合が復活して異常細胞が排除され、がん化しないことがわかりました。

 研究グループは、波及効果と今後の予定として次のように述べています。

 「糖尿病患者は健康な人に比べてがんになるリスクが高いことが知られています。また、糖尿病治療薬メトホルミンを処方されている糖尿病患者では、このがんリスクが下がることも知られています。今回の研究により、メトホルミンが細胞競合を促すことでがんリスクを低下させるという可能性が示されました。細胞競合は、ヒトのがんにおいて重要な役割を果たしていることが示唆されています。また今回、薬の投与によって生体内の細胞競合を促進できることもわかりました。したがって、今後細胞競合を標的とした新たながん予防や治療法を開発できる可能性が考えられます」