VRによる自宅仮想現実映像を用いた緩和ケアプログラム、がん患者さんの入院生活の辛さを緩和
2023/09/27
文:がん+編集部
自宅仮想現実映像を用いた緩和ケアプログラムにより、がん患者さんの入院生活の辛さが緩和することがわかりました。
VR視聴により「家族と近くに居ると感じて安心」し「気持ちの辛さが緩む」
和歌山県立医科大学は2023年8月28日、AR/VR技術による自宅仮想現実映像を用いた緩和ケアプログラム提供後、入院生活の気持ちの辛さが緩和するかどうかを調査した研究結果を発表しました。同大学腫瘍センター緩和ケアセンターを中心とした研究グループによるものです。
新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、入院患者さんは面会が制限され、家族との関係性が希薄な状態を余儀なくされました。このことは、がん患者さんの生活の質を悪化させ家族ケアの点でも十分とはいえず、患者さんの心身に大きく影響することが推察されました。
研究グループは、がんに対する治療または療養のため長期入院している患者さんに対して、既存のVRデバイスおよび既存の通信技術を応用した新たな緩和ケアプログラム「入院患者に対する自宅仮想現実映像を用いた緩和ケアプログラム」を提供する取り組みを開始。プログラム提供後、「入院生活の気持ちの辛さの緩和」についてインタビューを行い、このプログラムの有用性と実行可能性を検討しました。
プログラムは、患者さんの家族に3Dカメラを使って、自宅や患者さんが訪れたい場所の動画を撮影してもらった後、録画した動画をVRゴーグルを通して患者さんと家族が同時に視聴しながらコミュニケーションを取ることで、患者さんと家族のつながりを促進するというものです。
初回プログラム提供後のインタビュー内容を解析したところ、「家族を近くに感じる安心感による入院生活の辛さの緩和」、「日常を取り戻すためのVRの活用」、「家族と同じ空間にいるような没入感」、「VR体験により家族との別れをリアルに感じる孤独感」の4つのクラスターが抽出されました。これらは、VR視聴により、「家族と近くに居ると感じて安心」し、「気持ちの辛さが緩む」という心理的な変化を示していました。
さらに、患者さんは非日常な体験ではなく、思い出の場所や、家族や同僚と過ごした日常を取り戻す体験を希望し、自宅以外にも仕事場の動画視聴を希望していることがわかりました。また、同時に電話でコミュニケーションを取ることで、家族と同じ場所に居るかのような没入感を感じ、タブレット越しでは補えない時間と空間の共有というリアルなつながりを実感するとともに、普段以上にコミュニケーションが促進されました。その一方で、自宅映像に患者さん自身が居ないこと、帰りたくても帰れない現実をリアルに感じ、淋しさを表出する場合もありました。VR酔いの出現はありませんでした。
研究グループは今後の展開として、次のように述べています。
「本研究の成果は今後、数年ごとに発生するであろう新興感染症の世界的流行期においては、入院患者さんと社会との繋がりを確固にする技術を提供することが可能になると考えています。さらに、コロナ禍の医療や緩和ケアのみならず多くの医療分野に応用可能であり、例えば、過大侵襲の手術後に長期間の入院が必要である患者さん、老健施設や高齢者サービス住宅に入所する高齢者とその家族をつなぐ技術としても応用が可能であると考えています。今回の研究では、録画した映像を用いてVR体験をしたため、家族との双方向のコミュニケーションができないという課題がありました。現在は、自宅とリアルタイムにコミュニケーションが取れるように、遠隔操作ができる小型の分身ロボット、次いで患者さんが操作して家庭内を移動できるように新規のロボットにカメラを付ける等、自宅での移動や家族との直接のコミュニケーションを可能にする取り組みを進めています。現在、5G環境の整備は全国的にも進められていますが、まだ十分とは言えず、今後のネットワーク環境の発展に期待しています。本構想は、緩和ケアのプログラムの一環としてICT技術による仮想現実環境を提供するにとどまらず、多くの医療分野できわめて有用な医療ツールとなり得ると考えています」