食道がんのステージに応じた集学的治療とは

2023.9 取材・文:がん+編集部

食道がんでは、患者さんの病態を正しく診断し、その病態に応じて「手術」「放射線療法」「薬物療法」など、複数の治療法を組み合わせた集学的治療が重要です。食道がんの病態を正しく診断するためにどのような検査と診断が行われるのか、また、ステージに応じた集学的治療とはどのようなものなのか、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)食道がんグループ代表で、浜松医科大学医学部附属病院 上部消化管外科教授の竹内裕也先生に解説していただきました。

食道がんの集学的治療とは

がん治療では「手術」「放射線療法」「薬物療法」などが行われますが、進行度や患者さんの病態によっては、それぞれ単独の治療法では十分な効果が得られないことがあります。そのため、こうした患者さんに対しては、さまざまな治療法を組み合わせた集学的治療が行われます。

食道がんのステージは、がんが発生した部位(頸部、胸部、腹部)、病変の大きさや浸潤の程度(T分類)、リンパ節への転移(N分類)、遠隔部位への転移(M分類)を総合的に判断して決定されます。ステージは、0~4に分類され、ステージ4はaとbに分類されます。食道がんの治療方針は、ステージ0~1、ステージ2~3、ステージ4で異なります。

食道がんと確定診断するための検査には、食道内視鏡検査と上部消化管造影検査の2つがあります。治療方針を決めるために、頸部、胸部、腹部のCT検査、PET検査なども行われます。

ステージ0、1の治療方針決定と治療選択

食道の粘膜は、内側(食べ物が通過する側)から「粘膜上皮」「粘膜固有層」「粘膜筋版」の3つの層で構成されています。がんが粘膜内に留まりリンパ節や遠隔転移がない場合は、ステージ0と診断されますが、同じステージ0でも、がんの浸潤の程度が、「粘膜固有層」までと「粘膜筋版」とでは、治療選択が異なります。

食道粘膜組織

「粘膜上皮」や「粘膜固有層」に留まる場合は、体への負担が少ない内視鏡的切除術が適応となるため、治療前に内視鏡検査で周在性(食道を輪切りにした場合に病変が占める範囲)が評価されます。病変の広がりが4分の3周未満の場合は、「内視鏡的切除術」が選択されますが、4分の3周以上に広がっている場合は、食道の狭窄が内視鏡的切除術の治療後に起こる可能性があるため、予防治療が追加されます。予防治療として推奨されているのは、「プレドニゾロン内服」「トリアムシノロン粘膜下注」、もしくは両者の併用療法です。

「粘膜筋版」まで浸潤している場合は、周在性評価により非全周性であれば内視鏡的切除術、全周性の場合は、全身状態を評価したうえで手術可能なら「外科手術」「化学放射線療法」のいずれかが選択されます。手術不可能と診断された場合は、「化学放射線療法」「放射線療法」が選択されます。

粘膜をこえて「粘膜下層」に浸潤しているステージ1では、手術が可能な場合は「外科手術」もしくは「化学放射線療法」、手術が不可能な場合は「化学放射線療法」が推奨されています。

このように、ステージ0~1の食道がんでは、多くの治療を選択することができるため、患者さんの病態や希望にあわせ、効果と安全性を考慮した集学的治療が行われます。

ステージ2、3の治療方針決定と治療選択

ステージ2と3では、内視鏡的切除術が適応とならないため、外科手術が中心となります。そのため、外科手術が適応となるかを判断するため、全身状態が評価されます。

手術可能な場合は、術前治療として薬物療法を行った後に根治切除術が行われます。先に外科手術を行った場合は、切除後に病変が残っていたり、リンパ節転移があれば、術後治療として薬物療法が考慮されます。

シスプラチンと5-FUによる補助薬物療法を、術前術後で比較した「JCOG9907試験」の結果によると、術前薬物療法は術後薬物療法と比較して全生存期間が有意に良好で、術後合併症の差は認められませんでした。

また、3つの術前療法を比較したJCOG1109試験の結果では、「ドセタキセル+シスプラチン+5-FU」併用による術前薬物療法は、「シスプラチン+5-FU」併用による術前薬物療法と比較して有意に全生存期間の延長が認められました。また、「シスプラチン+5-FU」併用による術前化学放射線療法は、「シスプラチン+5-FU」併用による術前薬物療法と比較して全生存期間の延長が認められませんでした。

この試験の結果から、「ドセタキセル+シスプラチン+5-FU」併用による術前薬物療法が、ステージ2、3の食道がんに対する、新たな標準治療として推奨されることになりました。

免疫チェックポイント阻害薬については、ステージ2、3の食道がんを対象に、術後薬物療法としてニボルマブを評価したCheckMate-577試験の結果が2021年に発表されました。CheckMate-577試験は、日本人を含む国際第3相ランダム化試験で、術前化学放射線療法後に外科手術で根治切除された患者さんを対象に、術後薬物療法としてニボルマブとプラセボを比較した試験です。試験の結果、プラセボと比較してニボルマブの有効性が示されました。

CheckMate-577試験の結果により、術前化学放射線療法後に外科手術で根治切除されたステージ2、3の食道がんの術後薬物療法として、ニボルマブが「食道癌診療ガイドライン2022年版」で推奨されるようになりました。

ChecMate-577試験

レジメン無病生存期間(中央値)
ニボルマブ22.4か月
プラセボ11.0か月

ステージ4の治療方針決定と治療選択

ステージ4aの食道がんは切除不能ですが、局所に留まっているため全身状態が良好な場合は、化学放射線療法により根治が期待できます。根治的化学放射線療法により、完全奏効後の薬物療法や、切除可能になった場合の手術など、追加治療に関しては「有効性」「安全性」「患者さんの病態」「希望」などを考慮した上で慎重に判断されます。

ステージ4bの食道がんは局所をこえて進行している状態のため、全身状態が良好なら薬物療法が考慮されます。

進行・再発食道がんの一次治療として、「ペムブロリズマブ+シスプラチン+5-FU」併用療法と「プラセボ+シスプラチン+5-FU」併用療法を比較したKEYNOTE-590試験の結果、扁平上皮がんかつCPS≧10の患者グループで「ペムブロリズマブ+シスプラチン+5-FU」併用療法の優越性が認められ、推奨されるようになりました。

※CPS(combined positive score): PD-L1陽性細胞数(腫瘍細胞+抗原提示細胞)を総腫瘍細胞数で割り、100を掛けた数値。

KEYNOTE-590試験

レジメン扁平上皮がんかつCPS≧10の全生存期間(中央値)
ペムブロリズマブ+シスプラチン+5-FU13.9か月
プラセボ+シスプラチン+5-FU8.8か月

また、進行・再発食道扁平上皮がんの一次治療として「ニボルマブ+シスプラチン+5-FU」併用療法、「ニボルマブ+イピリムマブ」併用療法、「シスプラチン+5-FU」併用療法の3つのレジメンを比較したCheckMate-648試験の結果、TPS≧1の患者グループ、全患者グループのいずれでも、「ニボルマブ+シスプラチン+5-FU」併用療法、「ニボルマブ+イピリムマブ」併用療法の優越性が認められました。しかし、TPS<1の患者グループでは、いずれのレジメンでもほぼ同様だったことから、「ニボルマブ+シスプラチン+5-FU」併用療法、「ニボルマブ+イピリムマブ」併用療法は、「全身状態」「TPS」「忍容性」を考慮することを条件に推奨されるようになりました。

※TPS(Tumor Proportion Score):免疫染色検査による腫瘍細胞上のPD-L1発現率。

ChecMate-648試験

レジメンTPS≧1の全生存期間
(中央値)
全患者集団の全生存期間
(中央値)
ニボルマブ+シスプラチン+5-FU15.4か月13.2か月
ニボルマブ+イピリムマブ13.7か月12.7か月
プラセボ+シスプラチン+5-FU9.1か月10.7か月

今後期待される食道がんの治療

非小細胞肺がんのEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子に対する分子標的薬による治療など、遺伝子の変化に応じたがんゲノム医療が注目されています。しかし、食道がんでは、現状がん細胞の遺伝子変化に応じた個別化医療はそれほど進んでおらず、有効な分子標的薬が見つかっていません。

一方で、PD-L1の高発現やMSI-Highが認められる場合、ニボルマブやペムブロリズマブといった免疫チェックポイント阻害薬の有効性が、臨床試験で確認されキードラッグとして注目されています。

食道がんでは、個々の患者さんごとに正しい診断を行い、それぞれの患者さんの病態に応じた治療を行う「個別化医療」は進歩しています。集学的治療は、さまざまな治療の組み合わせとなるため、それぞれの分野のエキスパートがチームとなって行っていきます。そのため、食道がんと診断されたら、各治療の専門医や医療スタッフが協力したチーム医療を実践している施設で治療を受けることが重要です。

プロフィール
竹内 裕也(たけうち ひろや)

1992年3月  慶應義塾大学医学部卒業
1992年5月  慶應義塾大学医学部外科学教室研修医
2001年4月  Department of Molecular Oncology, John Wayne Cancer Center留学
2011年11月 慶應義塾大学医学部外科学教室専任講師
2015年3月  慶應義塾大学医学部外科学教室准教授
2017年3月  浜松医科大学医学部外科学第二講座(消化器・血管外科分野)教授