乳がん発生の進化の歴史を解明

2023/08/23

文:がん+編集部

 乳がん発生に至るメカニズムを解明。思春期前後に生じた最初の変異の獲得から数十年後の乳がん発症までの全経過が、最先端のゲノム解析技術により、世界で初めて明らかにされました。

思春期前後に生じた最初の変異の獲得から数十年後の乳がん発症に至るまでの全経過を解明

 京都大学は2023年7月28日、乳がん発生の進化の歴史を詳細に辿ることで、正常な乳腺細胞がいつどのような順番でがんに関わる変異を獲得し、どのような遺伝学的・形態学的変化を経て乳がん発生に至ったかを解明したと発表しました。同大学大学院医学研究科・腫瘍生物学講座の小川誠司教授、乳腺外科の戸井雅和教授、次世代臨床ゲノム医療講座の西村友美特定助教、白眉センターの垣内伸之特定准教授らを中心とする研究グループによるものです。

 研究グループは、まず、加齢にともなって単一乳腺細胞に変異が蓄積していく過程を解析することで、全ての乳腺細胞には閉経にいたるまでに毎年約20個の変異が蓄積することを見出しました。また、閉経後には、蓄積速度が約1/3に低下することや、一回の妊娠出産で約50個変異が減少することを解明しました。

 さらに、変異の蓄積が女性ホルモン(エストロゲン)に依存していることや、妊娠出産後に、それまで休眠状態にあった細胞から新たに乳腺組織が再構築される可能性があることを見出しました。

 このようにして決定された変異の獲得速度に基づいて、乳がんとその周りの良性の増殖性病変や正常上皮との遺伝学的な関係性を調べることで、乳がんの初期の変異の獲得からその発症にいたる経時的な経過を推定。その結果、下記3つのことが推定されました。

(1)乳がん全体の約20%を占める「der(1;16)転座陽性の乳がん」の起源は、思春期前後にその転座を獲得した単一の細胞に由来する
(2)同細胞は分裂増殖を繰り返し、数十年後に乳がんを発症するころまでには、乳腺内の広い領域にわたって拡大する
(3)拡大の過程を通じて、30歳前後までには、その後乳がんを発症することになる複数の起源の細胞が生じ、これらの細胞から多中心性に発がんが生じた

 今回の研究結果は、人生の極めて早期に変異を獲得した細胞からがんが発症するまでの全体像を初めて明らかにしたものであり、今後、乳がんの発症予防や早期発見、早期治療の開発に貢献すると期待されます。

 小川誠司教授は、次のように述べています。

 「今回の研究によって、乳腺の細胞がいつどのような遺伝子異常を獲得し、どのような変化を経て乳がんの発症に至るのか、という発がんの詳細な歴史が明らかになりました。乳がんは多くの日本人女性の健康・生命を脅かす重要な疾患ですが、今回の研究成果を手がかりとして乳がんが発生するメカニズムの解明に取り組んでいます。私たちの研究が乳がんの予防や治療の向上に貢献し、乳がんで亡くなる女性を減らすために資することができればと考えています」