ここまで来た日本の「がんゲノム医療」-保険で受けられる時代に

2019/04/24

文:がん+編集部

進行固形がんの治療は「遺伝子診断」を加味する時代に

 中外製薬株式会社は4月16日、「第1回がんゲノム医療に関する基礎メディアセミナー」と題したプレスセミナーを開催しました。同社は2018年12月に、厚生労働省から、遺伝子変異解析プログラム「FoundationOne(R) CDx がんゲノムプロファイル」の製造販売承認を取得。現在、発売に向け、準備が進められています。このような背景のもと、同セミナーは「がんゲノム医療の基礎知識から臨床まで」をわかりやすく紹介することを目的に開催されました。

土原一哉先生
国立がん研究センターの土原一哉先生

 初回となる今回は、国立がん研究センター先端医療開発トランスレーショナルインフォマティクス分野の土原一哉(つちはらかつや)分野長を講師として迎え、「がん治療の流れを変える『がんゲノム医療』の基礎知識から今後の新たな展開まで」と題した講演が行われました。

 これまでの多くの医学研究の積み重ねにより、「がんが遺伝子異常により生じる」ことがわかり、また、がん化を引き起こす多種多様な遺伝子異常が判明してきた今、手術で根治できない進行固形がんの治療は、臓器別・組織別に加え、遺伝子診断の結果からも判断が可能な時代となりました。進行固形がんの薬物療法では、がん細胞と正常細胞との、「生物学的特性の違い」の原因となる分子を制御する「分子標的薬」や、がん細胞を攻撃する免疫を活性化させる「免疫チェックポイント阻害薬」が主流になりつつあります。これらの治療薬を選択する際の根拠となるのが、「バイオマーカー」と呼ばれる物質です。バイオマーカーは、血液や組織などに含まれ、がんの進行度や治療に対する反応に相関します。

 さまざまながんについての遺伝子解析により、がんの発生や進展に関連する遺伝子異常(ドライバー変異)は、例えば肺がんと大腸がんに共通して認められるなど、「臓器や組織を超えて起こる」ということがわかりました。この結果からも、遺伝子診断で個々人のゲノムに最適な薬を選択できる時代に変わりつつあり、今まで積極的な治療を諦めざるを得なかった患者さんにも、新たな治療選択肢が与えられる可能性が出てきました。

全国どこでも同じように受けられるがんゲノム医療実施体制に向けて

 がん遺伝子プロファイル検査が実現に至った背景には、「次世代シークエンサー」という、低価格かつ高速でゲノム解析ができるマシンの登場があります。これにより、がん遺伝子パネル検査の保険適用に向けた動きが始まりました。

 がん遺伝子検査の中でも、医薬品の効果や副作用を投薬前に予測する「コンパニオン診断」と呼ばれる検査は、保険医療機関であれば全国どこでも実施可能で、その結果に対応する薬を直接決定するものです。これに対し、遺伝子プロファイル検査は、「専門家会議」が開催可能な施設での実施に限定され、見つかった遺伝子異常を専門家が総合的に判断し、医学的に効果が期待できる治療薬の治験への参加を推奨するものです。遺伝子異常の判断は、多数の専門家が、日々更新される情報を参照し、議論して行います。このステップをどうしても人に頼らなければならず、ゲノム医療における日米共通の課題となっています。

 日本には、2019年4月現在、前述の専門家会議が開催可能な「がんゲノム医療中核拠点病院」が11か所、中核拠点病院と連携してゲノム検査結果を踏まえた医療を実施する「がんゲノム医療連携病院」が156か所あります。また、日本臨床腫瘍学会、日本癌治療学会、日本癌学会の、3大がん学会が合同で、「次世代シークエンサー等を用いた遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス」を発行しており、2019年度には、実際に診療に携わる医師が、より現場で使いやすい内容に改訂予定となっています。このように、均てん化されたがんゲノム医療実施体制に向けての素地は整いつつあり、日本のがんゲノム医療体制整備は、決して米国より遅れているわけではないのです。

患者さんに多くのメリットをもたらす「がんゲノム医療」

 米国のNCI-MATCH、韓国のK-MASTER、そして日本のSCRUM-Japanなど、現在、世界各国で大規模がんゲノムスクリーニングに基づく治験推進基盤プロジェクトが進行しています。国立がん研究センターが運営しているSCRUM-Japanは、2015年の開始以来、約1万例の肺がんおよび消化器がんの症例が登録され、すでに10の治験が終了、4種の治療薬が薬事承認を取得しています。一方で、ゲノム検査をした中で、治験対象の薬が見つかるのは、全体の約4割です。残りの6割の人たちに合う薬を見つけるためにも、研究が今後ますます進んでいくことが、強く望まれています。

 さらに問題となっているのが、「治療対象の薬が見つかっても、実際に治験に参加できる患者さんが限定されてしまう」という点です。例えば、SCRUM-Japanの治験登録率は3~5%と、決して高くはありません。その大きな理由の1つとして、対象者が進行がんに限られていることが挙げられます。参加できる患者さんをもっと増やしていくためには、治験登録のために受ける検査にかかる時間の短縮などが課題となります。

 土原先生は、「がんゲノムプロファイリング検査は、効く薬が見つかるだけではなく、副作用が強く出てしまう薬や、なぜその薬では効かないのか、なども見えてくるところが特徴です。また、プロファイリング検査により効果の高い、薬の組み合わせもわかるようになる可能性があります。一連のがんゲノム医療の普及により、治療の選択の幅が広がるばかりでなく、薬の効果が得られる可能性や安全性の向上など、患者さんにとって、これまでより多くのメリットが得られるようになります。それはおそらく近未来のことでしょう」と、締めくくりました。