国内でも普及が始まったがんの遺伝子パネル検査

提供元:P5株式会社

がんの最適な治療法を選択するための最先端技術である「遺伝子パネル検査」が、国内でも普及し始めています。京都大学や岡山大学、順天堂大学などではすでに自由診療での提供が始まっており、保険適用への動きも出てきました。遺伝子パネル検査の保険適用が実現すれば、その普及は一気に加速しそうです。

遺伝子の異常によって発生する「がん」

がんは遺伝子の異常により発症する疾患です。正常な細胞は臓器ごとにその性質が決まっており、細胞の増殖も適切な数に達すると停止するようにプログラミングされています。しかし、遺伝子に突然変異が起こると細胞が本来持っている性質を失い、無限に増殖したりあちこちに転移したりすることがあります。これが、がんの発症です。

がんを引き起こす遺伝子の異常は、これまでに数百パターン以上が発見されています。分子標的薬と呼ばれる抗がん剤は、遺伝子の異常に対して効果を発揮するようにデザインされています。そのため、どのような遺伝子異常によりがんが引き起こされているのかを検査し、それに応じて投与する抗がん剤を選択することができれば、より高い有効性を期待できることになります。

しかし、肺がんや乳がん、大腸がんなどがんの種類によって遺伝子異常のパターンは異なっており、さらには同じがん種でも患者ごとに違いがあります。また、がん種が違っていても同じ遺伝子異常があるため、同じ分子標的薬が、違うがん種に使われることもあります。そのため、従来の技術では、がん細胞で起こっている遺伝子異常を正確に検出するのに膨大な時間やコストがかかっていたのです。この問題を解決したのが、次世代シーケンサーの登場による遺伝子解析技術の進化です。

シーケンサーとは、遺伝子情報を網羅的に解析することができる装置のことです。2000年に人間のすべての遺伝子が解析されたことが発表され、世界中で大きなニュースとなりました。この時に使用されたのもシーケンサーでした。当時のシーケンサーは能力が低く、人間1人分の全遺伝子を解析するのに13年の歳月と約4000億円の費用がかかりました。しかし、その後、シーケンサーは急速な進化を遂げ、最新鋭の次世代シーケンサー(NGSと呼ばれています)では約2週間で全遺伝子の解析が可能となりました。費用も数十万円程度にまで低減しました。つまりNGSの登場により、全遺伝子解析の医療現場への導入が現実のものとなったのです。

「遺伝子パネル検査」とは?

NGSを使用すれば、がんに関係する数百種類の遺伝子にどのような遺伝子変異が起きているかを患者さんごとに検査することができます。この検査のことを「遺伝子パネル検査」と呼んでいます。

この検査によって判明した遺伝子の異常に合わせ、最適な薬を使えるようになるのです。

例えば、EGFR遺伝子に異常があると「イレッサ」や「タルセバ」、「ジオトリフ」、「タグリッソ」という抗がん剤がよく効くことが分かっています。また、ALK遺伝子に異常があれば「ザーコリ」や「アレセンサ」が、HER2遺伝子に異常があれば「ハーセプチン」や「タイケルブ」、「パージェタ」が、BRAF遺伝子に異常があれば「ゼルボラフ」が効果を発揮します。

従来の検査法では遺伝子の種類ごとに検査を実施しなければなりませんでしたが、遺伝子パネル検査では一度の検査で、異常の起こる可能性のある遺伝子のうちどの遺伝子に異常があるかがまとめて調べられます。検査結果に従って、より有効性が高い抗がん剤を選択するのです。

日本で実施されている遺伝子検査パネル

日本で実施されている遺伝子パネル検査の一種である「OncoPrime」では、一度に200種類以上の遺伝子を解析できます。検査料金は医療機関によって若干異なりますが、90万円前後に設定されています。OncoPrimeは京都大学病院などで実施されています。

このほか、現在、日本で誰でも受けられる遺伝子パネル検査としては、岡山大学病院や香川大学病院などで実施されている「P5がんゲノムレポート」があります。現在承認されている抗がん剤に関連するドライバー遺伝子のほか、論文などの根拠に基づいて選択された52種類の遺伝子を調べられ、こちらも医療機関によって検査料金は異なりますが、おおむね40~50万円となります。

さらに、聖路加国際病院などで実施されている「PleSSision」は160種類の遺伝子を調べられて、料金の目安は約70万円。順天堂大学で提供されている「MSK-IMPACT」は468種類を調べられて、料金の目安はおよそ60万円となります(詳細は表を参照)。

遺伝子パネル検査を受けたい患者さんはまず、主治医や病院スタッフから検査内容について説明を受ける必要があります。検査内容や料金に納得・同意後、手術や生検によりがん組織を採取します。がん組織は遺伝子パネル検査を行うためのラボに送られ、そこでNGSにより遺伝子の塩基配列を読み取ります。解析結果を基に主治医と患者さんが相談した上で、治療方法が決まるという仕組みです。今のところ、がん組織の採取から解析結果の判明まで1カ月程度かかるのが普通です。

日本で利用できる遺伝子パネル検査

検査名実施機関解析遺伝子数料金
OncoPrime千葉大学、京都大学、岡山大学など210約90万円
P5がんゲノムレポート岡山大学、香川大学など52およそ40~50万円
PleSSision聖路加国際病院、金沢医科大学など160約70万円
MSK-IMPACT東北大学、順天堂大学など468約60万円

*料金は実施する医療機関によって異なります
*P5がんゲノムレポートは解析遺伝子数を増やした検査を2018年夏に追加予定

抗がん剤の効果を高められる

抗がん剤の開発は進んできましたが、最近に至るまで抗がん剤の有効率が30%程度と報告されることは珍しくなく、この場合、3人に2人はせっかく投与した抗がん剤が役に立っていないわけです。それが遺伝子パネル検査の利用により、有効率を飛躍的に高められる可能性があります。一方で、本格的な導入が始まってからまだ数年しか経っていない遺伝子パネル検査には、課題もあります。

まず、遺伝子パネル検査を行ったからといって、必ずしも最適な治療法が見つかるわけではありません。100種類以上の遺伝子を調べても、がん発症の原因となっている遺伝子異常が見つからない場合も少なくありません。また、遺伝子異常が見つかっても、それに対応した抗がん剤が存在していないというケースもあり得ます。

検査費用が比較的高額である点も課題となっています。遺伝子パネル検査は日本ではまだ保険が適用されていないので、数十万円から100万円程度かかる検査費用は全額自己負担となってしまいます。厚生労働省が2017年5月に公表した「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」の報告書では、2018年度後半から2019年度前半にかけて遺伝子パネル検査を保険適用とする目標を掲げています。この動きに呼応するように中外製薬が2018年3月、癌遺伝子パネル検査「FoundationOne CDx」の承認申請を行いました。FoundationOneは米国では既に承認されており、日本でも承認後に保険適用が認められれば遺伝子パネル検査の普及が加速するのは確実です。