【連載1:臓器とがん】胃がんと抗がん剤、遺伝的な特徴を踏まえて薬を組み合わせる
提供元:P5株式会社
国立がん研究センターがん対策情報センターの調査によると、2016年にがんで亡くなった人は37万2,986人(男性21万9,785人、女性15万3,201人)。このうち胃がんで4万5,531人(男性2万9,854、女性1万5,677)が亡くなっています。がんの種類別で見ると、胃がんは男性では2番目、女性では4番目に死亡者が多いがんなのです。
胃がんの大部分はヘリコバクター・ピロリの感染が原因
国立がん研究センターの統計などから、胃がんは50代から徐々に増えはじめることがわかっています。胃がんの原因は、喫煙、塩分の多い食品の摂取、野菜や果物の摂取不足などが胃がんのリスク要因とされています。また、ヘリコバクター・ピロリ菌と呼ばれる細菌への持続感染も原因とされ、胃がん患者さんの約8割は、ヘリコバクター・ピロリ菌に感染しているといわれています。このため胃にとどまっているヘリコバクター・ピロリ菌を除菌することで、がんの発症を約40%減らせるとの報告がありますが、有効性評価に基づくがん検診ガイドラインでは、ヘリコバクター・ピロリ抗体検査は、エビデンスは不十分とされ、個人の判断によるとされています。同ガイドラインでは、50歳以上の男女で、胃X線検査、胃内視鏡検査は、死亡率減少効果のエビデンスがあるとされています。
発生してから比較的時期の浅い初期の胃がんでは、手術による患部の切除が、治療方法の第一選択となります。しかし、がんが進行していき手術だけでは治癒が期待できない場合は、抗がん剤による治療を併用することになります。
「個別化医療」が標準治療となっている胃がん
胃がんの抗がん剤による治療では、がんになった個人ごとの遺伝的な違いによって治療方針を分けていく「個別化医療」が、日本胃癌学会の胃癌治療ガイドラインに組み込まれています。
というのは、このガイドラインにおいて、治療開始前にまず「HER2」という遺伝子が腫瘍で発現しているかどうかを検査するよう「強く推奨」されているからです。HER2は腫瘍の増大や転移に関係している遺伝子で、この遺伝子が活動しているかどうかで治療方法が変わってくるのです。
HER2が活動していない(HER2陰性)場合、最初に行う薬物治療においては、「フルオロピリミジン系抗がん剤(フルオロウラシル、S-1、カペシタビンなど)」と「プラチナ系抗がん剤(シスプラチン、オキサリプラチン)」の2種類の抗がん剤の併用療法(2剤併用療法)が標準療法となっています。現在、日本で最も広く利用されているのがS-1とシスプラチンの併用療法です。
S-1とシスプラチンの併用療法は、被験者数298人のSPIRITS試験でその有効性が検証されています。この試験ではS-1単独群とS-1とシスプラチンの併用群の有効性を比べました。生存期間の比較では、併用群が13.0カ月だったのに対して、単独群は11.0カ月となっており、生存期間の延長を示したのです。また、無増悪生存期間(抗がん剤の投与により腫瘍の増大が止まってから再び増大するまでの期間)では、単独群の4.0カ月に対して併用群では6.0カ月となっていました。平均として2カ月の延長が確認されたことになります。
HER2遺伝子が活発なときに使われる「ハーセプチン」
一方、HER2遺伝子が活動している(HER2陽性)場合、フルオロピリミジン系抗がん剤とプラチナ系抗がん剤に「ハーセプチン」と呼ばれる薬を上乗せする3種類の抗がん剤を併用療法(3剤併用療法)が標準治療となります。ハーセプチンは、HER2遺伝子により産生されるたんぱく質の働きを抑える効果を有しています。
ハーセプチンを上乗せすることでどの程度有効性が改善されるかは、被験者数594人のToGA試験と名付けられた臨床試験で検証されました。ToGA試験では、「フルオロウラシル系抗がん剤+シスプラチン」の2剤併用群と「フルオロウラシル系抗がん剤+シスプラチン+ハーセプチン」の3剤併用群の有効性を比較しました。
生存期間では、2剤併用群は11.1カ月でしたが、3剤併用群は13.8カ月と延長に成功しています。また、無増悪生存期間では2剤併用群が5.5カ月だったのに対して、3剤併用群では6.7カ月でした。つまり、生存期間、無増悪生存期間のいずれにおいても、ハーセプチンを上乗せすることで治療効果が改善されたのです。
胃がんを適応症とする新規抗がん剤としては、パージェタが注目を集めています。パージェタはハーセプチンと同じく、HER2の働きを阻害するタイプの抗がん剤です。ハーセプチンとは若干、作用機序が異なるため、ハーセプチンが効かなくなったHER2陽性胃がんに対しても有効性を発揮するのではないかと期待されています。パージェタについては既に乳がんに適用がありますが、さらに胃がんへの適用追加もできるかどうかの検証が進んでおり、現在、最終段階の臨床試験が実施されています。
HER2陰性胃がんの治療効果改善が課題
上記のようにHER2陽性の胃がんについては、ハーセプチンの登場により治療成績の改善が達成されています。一方、HER2陰性の胃がんを適応症とした新規抗がん剤の開発が大きな課題でしたが、最新の抗がん剤である免疫チェックポイント阻害薬の登場が明るいニュースとなっています。
免疫チェックポイント阻害薬の一種である抗PD-1抗体のオプジーボが、2017年9月に胃がんでの使用が承認されました。オプジーボの胃がんを対象とした臨床試験では、オプジーボ群の生存期間が5.2カ月だったのに対し、対照群では4.1カ月でした。同じく免疫チェックポイント阻害薬のキイトルーダでも、胃がんを対象とした最終段階の臨床試験が実施されています。
- 参考文献1 国立がん研究センター「最新がん統計」
- 参考文献2 国立がん研究センター「胃がん(いがん)」
- 参考文献3 J Natl Cancer Inst. 2015;107:501.
- 参考文献4 Cell Mol Gastroenterol Hepatol. 2016;3:183-191.
- 参考文献5 日本胃癌学会「胃癌治療ガイドライン2018年1月改訂第5版」
- 参考文献6 Lancet Oncology. 2008; 9:215-221
- 参考文献7 Lancet 2010; 376: 687–97
- 参考文献8 オプジーボ添付文書