【連載3:臓器とがん】肺がんと抗がん剤、遺伝子変異のタイプ別に豊富な選択肢

提供元:P5株式会社

2017年に国内で肺がんに罹患した男性は7万6879人、女性は3万5739人で、がん全体では大腸がん、胃がんに続いて3番目に患者数が多いがんとなっています。

一方、肺がんで死亡した人は男性で5万3002人、女性で2万118人。この死亡者数はがんの中でトップを占めています(国立がん研究センター調べ)。

人は大腸や胃が無くても生きていられますが、肺の機能が失われるとたちまち生命の危機に瀕します。そのため、肺がんは予後が悪いがんとして知られています。

肺がんの喫煙と強く相関

一般にもよく認識されていることですが、肺がんの発症は喫煙歴と強く相関しています。喫煙歴のある人はそうでない人と比較して肺がんになるリスクが、男性で4.4倍、女性で2.8倍高くなることが分かっています。それ以外ではアスベストやヒ素などの有害化学物質、PM2.5といった大気汚染物質も肺がんの発症リスクを高めます。

肺がんには大きく分けて2つのタイプがあります。非小細胞肺がんと小細胞肺がんですが、患者数が圧倒的に多いのは非小細胞肺がんですので、抗がん剤の研究開発も主に非小細胞肺がんを対象に行われています。そのため、これ以降は非小細胞肺がんについて解説していきます。

初期の肺がんでは治療法の中で第一選択となるのは、手術による腫瘍の切除です。しかし、発見時にがんが既に進行していて手術による切除が不可能であったり、手術後に再発したりした場合などには、抗がん剤の使用が必要となります(最初から手術と抗がん剤を組み合わせる場合もあります)。

肺がんはあらゆるがんの中で、遺伝子との関係が最も詳細に研究されているがんです。ある遺伝子に変異があるとかなりの確率でがんが発症する場合、その遺伝子を「ドライバー遺伝子」と呼びます。肺がんでは、このドライバー遺伝子が数多く発見されているのです。

遺伝子変異に応じて抗がん剤を選択

肺がんで抗がん剤の治療を開始する前には通常、患者さんのがん細胞を採取して遺伝子検査を実施し、がん細胞にどのような遺伝子変異が起こっているかを確認します。日本人の場合、肺がんの患者さんの約半数にEGFRという遺伝子に変異が起こっていることがこれまでの研究によりわかっています。そのほか、8%の患者さんにはKRASという遺伝子に、3%の患者さんにはALKという遺伝子に、2%の患者さんにはROS1という遺伝子に、1%の患者さんでBRAFという遺伝子にそれぞれ変異が起こっており、それが原因でがんが発症していると考えられています。

遺伝子検査によりどの遺伝子に変異が起こっているかが分かったとしても、その結果が治療に結びつかなければ検査を行う意味はありません。重要なのは、遺伝子変異のタイプに応じて抗がん剤を選択できる環境が構築されているかどうかです。肺がんでは、EGFR変異に対しては「ゲフィチニブ(商品名イレッサ)」「エルロチニブ(同タルセバ)」「アファチニブ(同ジオトリフ)」「オシメルチニブ(同タグリッソ)」が、ALK変異には「クリゾチニブ(同ザーコリ)」「アレクチニブ(同アレセンサ)」「セリチニブ(同ジカディア)」、「ロルラチニブ(同ローブレナ)」ROS1変異には「クリゾチニブ」、BRAF変異には「ダブラフェニブ(同タフィンラー)」(「トラメチニブ(同メキニスト)」との併用)が承認されており、健康保険適用の対象となっています。これらの抗がん剤はいずれも、特定の遺伝子変異を持つ患者さんにだけ効果を発揮するように設計されています。EGFR変異やALK変異に対してはそれぞれ、4種類の抗がん剤が承認されていますが、これは1つ目の抗がん剤による治療が失敗してもまだ2つ目、3つ目の選択肢が残されていることを意味しています。

網羅的遺伝子解析が保険適用になる見込み

いろいろ検査してもこれといった遺伝子変異が見つからず、高い有効性を期待できる抗がん剤を使用できないという患者さんもこれまでは約3割程度いました。しかし、そうした患者さんに救いとなる検査技術の導入が間近に迫っています。それが次世代シーケンサー(NGS)による網羅的遺伝子解析です。

これまで説明してきた遺伝子検査は、変異している確率が高い数種類の遺伝子だけを対象としたものです。一方で網羅的遺伝子検査では最大数百種類の遺伝子を一気に検査します。これまで見つからなかった遺伝子変異が見つかる可能性が高くなり、使える抗がん剤が無いという患者さんを減らせることが期待できます。

従来、数百種類の遺伝子を検査しようとすると莫大な費用と時間がかかり、とても一般の患者さんが利用できるものではありませんでした。ところがNGSという検査機械が登場したことで、十数万円から100万円程度で網羅的遺伝子解析が行えるようになったのです。今年中にはがん治療を目的とした網羅的遺伝子解析が、保険適用になるといわれています。そうなれば、患者さんの自己負担は数万円程度で済むようになるかもしれません。