約2万人のDNA解析、遺伝性前立腺がんの原因遺伝子解明
2019/07/29
文:がん+編集部
日本人遺伝性前立腺がんの原因遺伝子、発症リスク、臨床的特徴が明らかになりました。日本人前立腺がんのゲノム医療に基づく個別化医療の促進が期待されます。
生活習慣や診断年齢、病態の共通傾向も明らかに
理化学研究所は7月17日、世界最大規模となる約2万人のDNAを解析し、日本人遺伝性前立腺がんの原因遺伝子、発症リスク、臨床的特徴を明らかにしたと発表しました。この成果は、同研究所生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの桃沢幸秀チームリーダー、東京大学医科学研究所の村上善則教授、栃木県立がんセンターゲノムセンターの菅野康吉ゲノムセンター長、国立がん研究センターの吉田輝彦遺伝子診療部門長らの国際共同研究グループによるものです。
国立がん研究センターのがん登録統計によると、前立腺がん患者は、日本人男性では胃がん、大腸がん、肺がんに次いで4番目に患者数が多く(2018年は7万8,400人)、この20年間でその数が急激に増加。60代から徐々に増えはじめ、70代後半をピークにその後は減少していきます。数パーセントの患者さんは、1か所のゲノム配列の違い(以下 病的バリアント)が発症の原因になると考えられています。しかし、DNAを解析した大規模なデータが前立腺がんではほとんどなく、ゲノム医療の妨げになっていました。
そこで、研究グループは、バイオバンク・ジャパンにより収集された前立腺がん患者さん群7,636人と対照群1万2,366人のDNAのうち、前立腺がんの原因と考えられる8個の遺伝子について解析、136個の病的バリアントを見つけました。7,636人の前立腺がん患者群のうち、10人以上で共有する頻度が高い病的バリアントが、ATM遺伝子で1個、BRCA2遺伝子で2個、HOXB13遺伝子で1個見つかりました。ATMとHOXB13遺伝子で見つかった2個の病的バリアントは、新しいものでした。
さらに、136個の病的バリアントを、前立腺がん患者さん群と対照群のそれぞれどのくらいの割合でもっているかを調べました。その結果、8遺伝子全体で見ると、前立腺がん患者さんでは2.9%、対照群では0.8%という結果で、この8遺伝子に病的バリアントを有することで、前立腺がんのリスクが3.7倍高まることが明らかになりました。また、遺伝子ごとでは、BRCA2、HOXB13、ATMの3遺伝子が前立腺がんの発症に関与しているとこも分かりました。これまでに、前立腺がんの発症の関与に十分な根拠があると報告されていた、BRCA1、および、関連が報告されていたPALB2、BRIP1、NBNといった遺伝子が原因となった前立腺がん患者さんはほとんどいませんでした。
前立腺がんの原因となる病的バリアント保有者の臨床的特徴を調べたところ、診断年齢が非保有者より2歳若い、喫煙歴や飲酒歴がある人が多い、家族に乳がん、膵臓がん、肺がん、肝臓がん患者さんがいる割合が大きいことなどが分かりました。臨床症状では、TNM分類(がんの大きさ、リンパ節への広がり、遠隔転移についての病期の分類)、グリソンスコア(悪性度の指標)、血中PSA(前立腺特異抗原)などの項目が悪いことも明らかになりました。
診断年齢の分析では、60歳未満の患者さんでは病的バリアントの保有者が7.9%と高く、年齢が高くなるに従い割合は少なくなっていましたが、65歳以上では2~3%程度とほぼ変わりませんでした。このことから、高齢であることも前立腺がん発症に関与していると考えられ、遺伝子検査をする意義があると考えられました。
研究チームは、「今回明らかになった遺伝子・疾患発症リスク・臨床情報の大規模データは、今後、前立腺がんの患者一人ひとりに合ったゲノム医療を行う上で重要な情報となることが期待されます。また、こうした病的バリアントは、卵巣がん、膵臓がんなどさまざまながん種でも示唆されており、PARP阻害薬による治療効果が高いという報告もされるようになりました。他のがん種における同様の大規模なDNA解析が必要と考えられます」と、述べています。