がん患者さんを苦しめる「がん悪液質」や「せん妄」、適切なサポーティブケアとは?-セミナーレポート

2019/08/20

文:がん+編集部

 日本がんサポーティブケア学会は8月7日、都内でプレスセミナーを開催。同セミナーでは、がん悪液質とがん患者さんのせん妄をテーマに、静岡県立静岡がんセンター呼吸器内科医長の内藤立暁(たてあき)先生と、名古屋市立大学病院緩和ケアセンター副センター長の奥山徹先生が講演をしました。

がん悪液質、標準治療は未確立も新治療の開発は日進月歩

内藤立暁先生
内藤立暁先生

 はじめに、「がん悪液質とはどんな病気?」と題した内藤先生の講演が行われました。がん悪液質は、進行がん患者さんの8割にみられるがんの合併症で、主な症状は体重減少と食欲不振です。がん悪液質になると、化学療法が効きづらくなったり、副作用の発生が多くなったりして、治療の中断につながることも。これが、がん悪液質の患者さんの生存期間短縮につながってしまうことがわかっています。

 がん悪液質は、患者さんの「生活の質(QOL)」の低下にもつながります。例えば、家族から「がんばって食べてね」と言われても、患者さんは、いざ食べようとすると食欲が湧かない、あるいは、すぐに満腹になってしまうというようなことがあります。結局、患者さんは家族が望むほどの量を食べることができず、それがきっかけで喧嘩になってしまうことも。さらにこれが、患者さんと家族を対立させてしまう一因となってしまうこともあるそうです。これらの理由から、「がん悪液質による症状が進んでしまう前に、早期診断・治療を受けることが理想」と、内藤先生は述べました。

 がん悪液質に対する標準治療は、今のところまだ確立されていませんが、がん悪液質に対する治療の開発は確実に進んでいます。例えば、治療のターゲットとして近年注目されているのが、食欲を促進するホルモン「グレリン」です。グレリンには、食欲の促進だけでなく、筋肉のもととなる筋タンパク質合成の促進などの効果もあるため、がん悪液質によるさまざまな病態の改善につながるとして研究が進められています。現在、グレリンと同じ作用をもつ薬の開発が進んでおり、こうした薬が承認されて実際に治療で使用できるようになれば、がん悪液質による症状の改善が期待されます。

 その他にも、がん悪液質リスクの高い患者さんに対して、初回の化学療法導入時から「栄養療法」と「運動療法(下肢筋トレ、身体活動介入)」を組み合わせたプログラム「NEXTAC」(ネクスタック)を行う研究も進んでいます。このプログラムは、現在、70歳以上の進行膵臓がん・非小細胞肺がん患者さんに対する臨床試験が進められています。

見逃されやすいせん妄、適切なケアを届けるためにガイドラインを策定

奥山徹先生
奥山徹先生

 続いて、奥山先生が「がん患者のせん妄について」と題して講演を行いました。終末期のがん患者さんに高い頻度で症状が現れる、せん妄。せん妄から回復せずに亡くなる患者さんは、半数以上とされています。その症状は、抑うつ、意欲低下、不眠、知的機能の低下、幻覚などさまざまです。また、せん妄があると、死亡リスク、入院期間、退院時/後の認知機能障害リスクの増加など、さまざまな悪影響をもたらすことが、これまでの研究によりわかってきています。せん妄により、家族など周囲の人へ暴言を吐く場合もありますが、患者さん自身はそれを覚えていないことも。患者さん本人だけでなく、患者さんを支える家族にも多くの苦痛やストレスを与えます。

 奥山先生は「せん妄は見逃されやすく、適切なケアが届きにくい」と、指摘。高齢者に多いため認知症と誤解されやすいこと、がん治療における「ストレス反応」と誤解されやすいこと、せん妄に詳しい専門医ではなく非専門医が初期対応することが多いことを、その理由として挙げました。

 専門医だけでなく、非専門医を含めた全ての医療従事者に、せん妄に関する正しい情報を把握してもらった上での、早期診断・早期治療が求められる中で、「がん患者におけるせん妄ガイドライン2019年版」が日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会により発行されました。同ガイドラインは、全ての医療従事者を対象に作成されたもので、がん患者さんにおけるせん妄について、診断や治療、終末期のがん患者さんに対するアプローチ、家族が望むせん妄ケアなどについて解説されています。今後は、一般向けのガイドラインの作成も検討されているとのこと。がん患者さんにおけるせん妄について、正しい情報の理解が広まることが望まれます。

 「サポーティブケア」は、がんの全てのステージにおける患者さんやその家族をサポートする医療です。今回の講演でフォーカスされた、がん悪液質やせん妄における課題などを、ひとつずつ解決していくことが、がん患者さんだけでなく、患者さんを支える家族へのサポートにつながっていくものと期待されます。