がん細胞が歩く? 転移・浸潤を防ぐ治療標的となるタンパク質を発見

2019/12/19

文:がん+編集部

 がん細胞が「歩く」メカニズムの一端が解明されました。がんの転移や浸潤を抑制するための新たな治療標的となる可能性があります。

標的となるタンパク質「STIL」は、乳がんの転移、大腸がんの再発との相関も

 愛知医科大学は12月3日、がん細胞が移動する(歩く)メカニズムの一端を解明したと発表しました。同大医学部病理学講座の伊藤秀明助教、笠井謙次教授らと京都大学大学院医学研究科病態生物医学の松田道行教授との共同研究によるものです。

 がん細胞の浸潤や他臓器への転移するのは、細胞運動能という特性によるものです。そのため、細胞運動能のメカニズムの解明は、がんの浸潤・転移の制御法開発に役立つと考えられてきました。がん細胞は移動するとき、RAC1などの因子を活性化し、細胞骨格と呼ばれる細胞のタンパク質を再構成することで、細胞膜の形状を変化させ、細胞の進行方向への駆動力を生み出しています。これまで、細胞運動にかかわるさまざまなRAC1活性化因子を同定されてきましたが、がん細胞がいかにして「歩く」方向を保ち、効率的に駆動力を生み出しているかは十分に解明されていませんでした。

 研究グループは、人工的に培養されたがん細胞の観察によって、がん細胞が移動するとき、「STIL」というタンパク質が細胞の先進部に集積していることに気づきました。そこで、同部への集積と細胞運動能への関与が知られていたRAC活性化因子の「ARHGEF7」およびリン酸化酵素の「PAK1」という分子との関係を調査。そして、ARHGEF7、PAK1、STILの3つが、CCドメインと呼ばれる短いタンパク質の領域を介し、複合体を形成していることを突き止めました。

 さらに、STILをがん細胞から人工的に失わせた実験を行ったところ、細胞運動能が激減。同様にARHGEF7を喪失させると、PAK1とSTILの細胞先進部への集積が阻害され、STILによるARHGEF7-PAK1の細胞先進部への集積と細胞運動能の亢進が正のフィードバック制御を受けていることがわかりました。

 欧米の患者さん検体によるデータベース解析では、STILの発現増加と乳がんの転移、大腸がんの再発との相関が認められたことから、STILを標的とした治療法により、がんの浸潤や転移、再発を制御できる可能性を示唆されます。

 研究グループは、今回の研究結果に対し次のようには述べています。

 「今回の研究からSTILは単に細胞増殖のみでなく、がんの細胞運動能といった複雑な現象の鍵分子であることが判明しました。未だSTILの生体内機能の全容は解明されていませんが、STILを制御する創薬や物質の探索にも挑戦して、がんの制御につながる研究を進めていきたいと考えています」