機械学習で目に見えない苦痛を「見える化」する評価方法を開発
2023/09/26
文:がん+編集部
機械学習で、目に見えない痛みや呼吸困難などの自覚症状を評価する方法が開発されました。緩和ケア専門職の人手不足を解決し、全国のがん患者さんの苦痛からの解放につながる可能性があります。
「痛み」「疲労」「不安」などの目に見えない症状を高精度に予測
京都大学は2023年8月29日、機械学習によるがんの苦痛評価方法を開発したことを発表しました。同大学医学部附属病院の恒藤暁教授、嶋田和貴特定講師らの研究グループによるものです。
全身状態の悪化で言葉によるコミュニケーションが取れなくなったがん患者さんは、自分の症状を表現できないため、一般の医療従事者も症状評価に難渋することがあります。適切な症状評価ができなければ、苦痛の緩和も十分に行えません。適切な症状評価には緩和ケアに関する修練が必要で、医療現場では緩和ケア専門職による支援が行われていますが、緩和ケア専門職は不足しているのが現状です。
研究グループは、2015年8月から2016年8月にかけて自ら診療したがん患者さん213人の診療情報を対象とした後方視的研究を実施。一般の医療従事者、特に若手の医師や看護師、介護士に最終的なアプリケーションを使ってもらうことを当初から想定し、誰でも観察で評価できる他覚症状を機械学習の入力系にすることを試みました。
そこで、症状のうち観察で評価できる客観的要素の多い症状を「目に見える症状」として抽出し、残りの主観的要素の多い症状を「目に見えない症状」としました。次に、患者背景と「目に見える症状」から「目に見えない症状」を予測する系を作成。機械学習による「決定木分析」という方法で「目に見えない症状」である「痛み」「呼吸困難」「疲労」「眠気」「不安」「せん妄」「不十分なインフォームド・コンセント」「スピリチュアルな問題」を予測したところ、精度、感度、特異度の最高値/最低値は、それぞれ88.0%/55.5%、84.9%/3.3%、96.7%/24.1%でした。
この評価方法にもとづくアプリケーションは、一般の医療従事者と同程度に症状評価ができる可能性があり、緩和ケア専門職不足の解決や、全国のがん患者さんのQOL改善にもつながることが期待されます。
研究グループは波及効果と今後の予定として、次のように述べています。
「本研究には、(1)成人のがん患者さんのみを対象としているため、研究結果は小児では妥当でない可能性、(2)本研究に含まれた外来患者数が少ないこと、(3)私たちの作成した機械学習モデルは将来に発生する症状イベントは正確に予測できない可能性、といった限界が考えられるため、これらについてはさらなる研究が必要です。一方で、集積した臨床情報には症状だけでなく、治療・ケアや転帰の情報も含まれており、機械学習を用いた治療・ケアの提案や、転帰の予測に関する研究も進めています。臨床情報の集積形式はわが国における緩和ケアチームの活動内容を一般化したものであり、その内容を機械学習上で再現できれば、全国で一般的に行われている緩和ケアチームをアプリケーションで再現できる可能性があります。端的な人手不足の解決だけでなく、地域での医療偏在や災害下での医療の継続性にも寄与できる可能性があります。なお、機械学習アプリケーションの社会実装では避けらない議論として、アプリケーションを用いた場合の医学的判断の責任の所在に関する倫理的・法的・社会的な議論や、アプリケーションを維持するためのコスト面の議論も必要と考えられます」