【連載3:免疫とがん】免疫チェックポイントとは何か

提供元:P5株式会社


免疫チェックポイントとは何か?抗がん剤の歴史からさかのぼる

ここまで免疫の中心となるリンパ球の働きやがんと免疫との関係について見てきました。今回は、免疫を応用した治療の中で、最近注目されている免疫チェックポイント阻害薬について解説していきます。

そもそも免疫チェックポイントとは何でしょうか。 まずは抗がん剤の歴史を簡単に振り返り、そこから免疫チェックポイント阻害薬に至るまでの流れへとさかのぼっていきましょう。

毒ガスから始まった抗がん剤

抗がん剤が一般的に使用されるようになったのは1940年代です。 第二次世界大戦中に毒ガスの研究が進み、各種の毒ガスが人体に及ぼす影響が解明されていきました。 その成果の一環として、イペリット(ナイトロジェンマスタード)ががん細胞に効果があることがわかり、血液がんなどの治療に使われるようになりました。

その後の約40年は、「殺細胞性抗がん剤」の時代となります。 さまざまな種類の抗がん剤が作り出されました。 例えば、「代謝拮抗剤」や「白金製剤」、「トポイソメラーゼ阻害剤」などです。 この中には、シスプラチンやメトトレキサート、フルオロウラシルなど現在でもよく使われている抗がん剤もあります。

殺細胞性抗がん剤にはいくつかの種類がありますが、その共通した特徴は細胞にとって強い毒になる点です。

がん細胞は正常細胞と比較して、細胞分裂を起こす間隔が短く、細胞増殖のスピードが速いという性質を持っています。 そのため、毒の性質を持った化合物に対する感受性も高くなります。 ただし、正常細胞の中にも、がん細胞と同様に頻繁に分裂を繰り返している細胞があります。 造血幹細胞や粘膜細胞などがそうです。

こうした正常な細胞も殺細胞性抗がん剤にやられてしまうため、抗がん剤治療中の患者さんは重度の下痢や吐き気、血球細胞の減少といった副作用に苦しめられることになります。

通院でのがん治療を増やした「分子標的薬」

1990年代になると、新たな抗がん剤が登場しました。「分子標的薬」です。

がんは遺伝子の異常が引き起こす疾患です。 異常な遺伝子が異常なたんぱく質を作り、そのたんぱく質が細胞を無秩序に増殖させ、転移させるのです。

1990年代以降、遺伝子解析技術の進化により、がんの原因となる異常遺伝子がいくつも見つかりました。 異常遺伝子が生み出す異常たんぱく質の働きを抑える化合物を作る動きが広がりました。 そうした物質が抗がん剤になると、多くのがん研究者は考えたのです。 こうして生まれたのが分子標的薬なのです。

分子標的薬は、すぐに抗がん剤の主流になりました。 グリベックやハーセプチンなど、現在、売り上げ上位に並んでいる抗がん剤のほとんどが、分子標的薬に分類されています。 なお、このうちハーセプチンは、がんの抗原に結合する「抗体」の性質を応用した薬となります。

がん細胞では、遺伝子の異常が起こっていますが、正常細胞では起こっていません。 そのため、分子標的薬ががん細胞に特異的に作用するので、副作用が軽減できるだろうと研究者は予想していました。 実際、分子標的薬が実用化されると、殺細胞性抗がん剤と比較すればその副作用は穏やかであることが多いと分かりました。 従来、抗がん剤治療を受けるには入院が当たり前でしたが、分子標的薬が登場してからは通院で抗がん剤治療を受ける患者さんが増えています。

ただし、分子標的薬でも、死亡例を含む重篤な副作用を引き起こす場合もあり、従来通り注意が必要であると認識されるようになっています。

日本の研究成果が起源の免疫チェックポイント阻害薬

さて、ここから「免疫チェックポイント」のお話に入っていきます。 免疫チェックポイントを標的とする抗がん剤をその歴史の中に位置づけると、分子標的薬の次に主流になろうとしている抗がん剤ということになります。

免疫チェックポイントという現象が細胞内で起こっていることを発見し、その研究成果を基に免疫チェックポイント阻害薬を創製したのは日本の研究者です。 つまり、免疫チェックポイント阻害薬は、日本生まれの新規抗がん剤なのです。

1992年、京都大学医学部の本庶佑教授を中心とする研究グループが、細胞死に関わる新規物質を見つけ出しました。

本庶教授はこの物質を、PD-1(Programmed Cell Death-1)と名付けます。 1998年には、PD-1が働かなくなるように操作したマウスの体内では、免疫力が増強されていることが解明されました。 つまり、PD-1は免疫機構を抑制する性質を持った物質だったのです。

その後の研究で、PD-1はPD-L1という物質と結合することで、免疫を抑制するという仕組みであることも解明されました。 PD-1は免疫細胞の一種であるT細胞の表面に、PD-L1はがん細胞の表面に発現しています。 連載で見てきたように、T細胞は免疫細胞の一種で、体内にある異物を攻撃する役割を担っています。 がん細胞にPD-L1が発現していると、がん細胞を攻撃しようとして近寄ってきたT細胞との間にPD-1・PD-L1相互作用が発生し、攻撃できなくなってしまうのです。

2002年、本庶教授は、PD-1欠損マウスの体内では、がん組織の増殖が抑制されることを突き止めました。 この研究成果により、PD-1の働きを阻害すること、つまり免疫チェックポイントを阻害することで、がんの治療につながる可能性が一気に開けたのです。

ここから免疫チェックポイント阻害薬である「オプジーボ」や「キイトルーダ」がどのように創製されたかは、今後、詳しく解説することにしましょう。

ところで、免疫チェックポイントはPD-1・PD-L1だけではありません。 実際に、抗がん剤として実用化された免疫チェックポイントしては、CTLA-4があります。

CTLA-4はPD-1と同様、T細胞の表面に発現している物質です。 CTLA-4が抗原提示細胞表面のCD80/86と結合すると、T細胞が不活性化されます。 そのため、CTLA-4の働きを阻害する物質であるイピリムマブが、根治切除不能な悪性黒色腫などの治療薬として使用されています。

  • 参考文献1 「新薬創製」(日経BP社)
  • 参考文献2 「治療薬マニュアル」(医学書院)