【連載4:遺伝子とがん】遺伝子パネル検査とがん治療

提供元:P5株式会社

今回は遺伝子パネル検査とがん治療について、コンパニオン診断と遺伝子パネル検査の違いから説明します。

抗がん剤の有効性や副作用を予想する2つの方法

英語のコンパニオン(companion)とは、「対の一方」を意味する単語です。ある抗がん剤を使用する前に、その抗がん剤の有効性や副作用の発現を予測するために実施するのがコンパニオン診断です。つまり抗がん剤と診断が1対1の関係になっているため、「コンパニオン」と呼ばれているのです。

「ベクティビックス」という大腸がん治療薬があります。ベクティビックスは、腫瘍のKRAS遺伝子のタイプによって有効性に大きな差があることが分かっています。そのため投与前に、患者さんの大腸がんが高い有効性を得られるタイプかどうか遺伝子検査を行って確認することが義務づけられています。この検査がコンパニオン診断です(遺伝子の基本についてはこちらの記事をご確認ください=第1回参照)

これに対して遺伝子パネル検査は、一度に何百種類もの遺伝子を検査します。その結果に基づき、治療後の予後(病気がどのように推移するかの見通し)が最も良いと考えられる治療方法を選択するためです。

現在、日本で実施されている代表的な遺伝子パネル検査を紹介しておきましょう。京都大学や岡山大学で実施している「Onco Prime」は一度に200種類以上のがん関連遺伝子を検査できます。また、新潟大学で提供されている「CANCERPLEX」、順天堂大学で提供されている「MSK-IMPACT」はいずれも400種類以上のがん遺伝子を検査可能です。

遺伝子パネル検査では、がん遺伝子を「次世代シーケンサー(NGS)」という高速かつ安価に遺伝子を網羅的に解析できる最新の機械を使用します。シーケンサーとは、遺伝子の塩基配列を読み取る機械のことです。

2000年6月に、人間の全ての遺伝子の塩基配列が解析されたことが発表され大きなニュースとなりましたが、このプロジェクトで使用されたのもシーケンサーです。当時のシーケンサーはまだまだ読み取り速度が遅く、1人の遺伝子を解析するのに13年の歳月と約4000億円の費用が必要でした。その後、シーケンサーは急速な進化を遂げ、NGSの登場により全遺伝子解析が1、2週間、数十万円の費用で行えるようになりました。遺伝子パネル検査が登場した背景には、遺伝子シーケンスの高速化、低価格化が寄与しているわけです。

解析結果に応じて最適な治療方法を選択できるように

各遺伝パネル検査の標準的な流れを説明しておきましょう。検査を利用したい患者さんはまず、病院の担当医やスタッフから検査内容について説明を受けます。それに同意すれば、手術や組織生検によりがん組織を採取。がん組織は検査を行うためのラボに送られます。ラボでは、がん細胞から抽出したDNAの塩基配列を読み取り、患者さんのがん関連遺伝子のタイプを決定。その結果を担当医に返し、患者さんと相談した上で治療方法が決まるという仕組みです。

現在、遺伝子パネル検査を行えるラボは米国にあることが多く、がん組織の採取から結果の判明まで1カ月程度かかるのが普通です。例えば、遺伝子パネル検査でA遺伝子に異常があり、この異常ががん発症の原因と判断できれば、A遺伝子の阻害剤を投与することで、高い治療効果を期待できます。抗がん剤の中には、特定の遺伝子に異常があると副作用が強くなるという性質のものがあります。遺伝子パネル検査でその異常を見つけておけば、無駄な副作用を避けることも可能になります。

遺伝子パネル検査はここ数年で登場してきた新しいがん治療技術ですので、まだまだいろいろな課題があります。最大の課題は費用でしょう。日本ではまだ、保険適用が認められた遺伝子パネル検査はありません。そのため、その利用には数十万円から100万円程度の費用を、患者さんが自己負担する必要があります(一部の遺伝子パネル検査は研究として実施されており、自己負担が無い場合もあります)。京都大学のOnco Primeの場合、その価格は税込みで88万3980円(記事掲載時点)です。これは検査費用だけなので、さらに抗がん剤などの治療費が必要となります。

また、遺伝子パネル検査を行ったからといって、必ずしも最適な治療法が見つかるとは限りません。いくら遺伝子を調べても、はっきりした遺伝子異常が無い場合も少なくないのです。遺伝子異常が見つかっても、それに対応した抗がん剤が無いというケースもあります。現時点では、遺伝子パネル検査でメリットを得られる患者さんは50%程度といわれています。

2018年度以降に保険適用が認められる可能性も

こうした中、厚生労働省はがんパネル検査の保険適用に向けてかじを切り始めています。2017年5月に公表した「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」の報告書では、2018年度後半から2019年度前半にかけて遺伝子パネル検査を保険適用とする目標を掲げています。この報告書では、遺伝子パネル検査を実施するための体制を整えた「がんゲノム医療連携病院」の設置も提言しています。日本でも多くのがん患者さんが遺伝子パネル検査を利用できる時代が、すぐそこまで来ているのです。