ノーベル賞を受賞した本庶佑氏、ジェームス・アリソン氏は何を発見したのか?

提供元:P5株式会社

2018年のノーベル生理学・医学賞は、京都大学特別教授の本庶佑氏、米MDアンダーソン・キャンサーセンターのジェームス・アリソン氏に贈られることが決まりました。この2人は、どのような研究業績を挙げたのでしょうか。
結論から言うと、2人は抗がん剤の世界に「免疫チェックポイント阻害薬」という新しいタイプの製品をもたらしたのです。

PD-1は細胞死に関わる物質だと考えられていた

1992年、京都大学医学部教授だった本庶氏を中心とする研究グループは、細胞死に関わる新規物質を見つけ出しました。本庶氏はこの物質を「PD-1(Programmed Cell Death-1)」と名付けます。当時は、PD-1の研究ががん治療につながるとは、本庶氏本人も全く考えていなかったのです。
しかし98年に転機が訪れます。PD-1が働かなくなるように操作したマウスの体内で、免疫力が増強されていることが分かったのです。つまり、PD-1は免疫機構を抑制する性質を持った物質でした。その後の研究で、PD-1はPD-L1という物質と結合することで免疫の働きを抑制していることが解明されました。

がんを攻撃できなくする働きを確認

PD-1は免疫細胞の一種でがんを攻撃する性質を持つT細胞の表面に、PD-L1はがん細胞の表面に発現しています。がん細胞にPD-L1が発現していると、がん細胞を攻撃しようとして近寄ってきたT細胞との間にPD-1・PD-L1相互作用が発生し、攻撃できなくなってしまうのです。
さらに2002年本庶氏は、PD-1欠損マウスの体内では、がん組織の増殖が抑制されることを突き止めました。これでようやく、PD-1の働きを阻害すること、つまり免疫チェックポイントを阻害することががんの治療につながると明確に見えてきたのです。

共同研究をしていた小野薬品工業などが製品に仕上げる

大学の研究者は基礎的な仕組みを解明するのは得意である一方、それを応用して製品に仕上げるまでを手がけることはあまりありません。製品化が得意なのはそれをなりわいとしている企業です。
当時、本庶氏と組んで共同研究を行っていたのが、中堅製薬企業の小野薬品工業でした。本庶氏と小野薬品はまず、PD-1とPD-L1の結合を邪魔する物質を探し始めました。そのような物質が見つかれば、それがそのまま抗がん剤になる可能性が高いからです。
本庶氏と小野薬品は、PD-1に選択的に吸着してPD-1とPD-L1の結合を阻害する抗PD-1抗体という特殊なたんぱく質に目を付けました。抗体を開発するための技術やノウハウを持っていなかった小野薬品は、国内の大手製薬企業、十数社に提携を持ちかけました。しかし、なんと手を挙げるところは1社もなかったのです。
当時、免疫力を強化してがん細胞をやっつけるなどという考え方は、製薬業界の常識からは相当はずれていたからです。それでもようやく、米国のバイテク企業であるメダレックス社が協力してくれることになりました。

8年間の臨床試験の末に「オプジーボ」が誕生

京都大学、小野薬品、メダレックス社の3者により、抗PD-1抗体を抗がん剤に仕上げる作業が開始されました。抗PD-1抗体を実際にがん患者に試験的に投与して有効性や安全性を検証する臨床試験が始まったのが2006年。それから8年が経過した2014年7月に、悪性黒色腫というがんに対する治療薬として抗PD-1抗体は発売されました。その商品名が、今や多くの人が知っている「オプジーボ」なのです。
現時点でオプジーボは、悪性黒色腫以外にも肺がん、胃がん、腎臓がんなどで使用可能です。2017年の1年間だけで世界中で約5600億円も売れるという大ヒットの薬剤になりました。
現在、様々ながんを対象に、オプジーボと他の抗がん剤を組み合わせたときの効果を検証するための臨床試験を行っています。オプジーボが使えるがんは、まだまだ増えそうなのです。

CTLA-4の働きを解明したアリソン氏

さて、今回のノーベル賞のもう1人の受賞者であるアリソン氏の業績とは何でしょうか。実はアリソン氏も本庶氏と同様に、免疫チェックポイント阻害に関わる物質であるCTLA-4の機能を解明し、それをきっかけに新しい抗がん剤の開発に結びつけました。この抗がん剤は、「ヤーボイ」という名前で日本でも販売されています。
CTLA-4の働きを阻害することががん治療につながる可能性をアリソン氏が発表したのは1996年です。つまり、本庶氏がPD-1とがんの関係を発見した2002年より6年も前のことなのです。こうした経緯から、免疫チェックポイントという概念を発見したのはアリソン氏だと言っても間違いはないでしょう。このために海外で今回のノーベル賞受賞が報じられるときには、アリソン氏の名前が先に来ているのです。ノーベル財団による発表でも、アリソン氏の名前が先に読み上げられていました。
ヤーボイが発売されたのはオプジーボより3年早い2011年です。現時点で日本国内においてヤーボイの使用が認められているのは悪性黒色腫と腎臓がんにとどまり、オプジーボよりも適用範囲は狭くなっています。
今回のノーベル賞の発表においても、オプジーボは効果において優れている面がある点が指摘されています。
今、免疫チェックポイント阻害薬は、「高頻度マイクロサテライト不安定性」と呼ばれる性質を持ったがんなどに効果があるといった事実もわかってきています。今後は、免疫チェックポイント阻害薬はどのように人に効きやすいのかといった、より詳細な研究が進むことになりそうです。