【連載2:臓器とがん】乳がんと抗がん剤、遺伝的な特徴を踏まえて薬を組み合わせる

提供元:P5株式会社

国立がん研究センターがん対策情報センターの調査によると、2017年にがんで亡くなった人は37万3,334人(男性22万398人、女性15万2,936人)でした。このうち乳がんで亡くなる女性が、1万4,285人。がんの種類別では、乳がんは女性では5番目に死亡者が多いがんとなります。

乳がんのリスク因子は?

乳がんの発生や増殖には女性ホルモンの1つであるエストロゲンが深く関与しています。もともと血液中のエストロゲンが高い人や、エストロゲンを含む経口避妊薬の服用や、閉経後のホルモン療法を受けている人では乳がんの発症リスクは高くなります。月経の開始年齢が低い人、出産経験がない場合や初産年齢が高い人、授乳経験がない場合にも、エストロゲン総量が増すことになり、乳がんのリスクにつながります。

さらに、乳がんの発生リスクを高める可能性があると指摘されているのは、体脂肪の存在です。体脂肪の量、総脂肪の量のほか、飽和脂肪酸の摂取が関連している可能性が報告されています。このほかアルコールや喫煙も乳がんのリスク要因になると考えられています。

一方で、運動や食物繊維については、リスクを低下させる可能性が報告されています。授乳の経験や大豆の摂取も予防につながる可能性があると報告されています。また、乳がんの5~10%が遺伝性だと考えられています。両親から乳がんの発症に関連する遺伝子を受け継ぐことで起こると考えられています。乳がんの治療は、手術療法、放射線療法、薬物療法を組み合わせて行うことになります。

遺伝子の発現状況に合わせて薬物療法を変える

薬物療法については、大きく内分泌治療(ホルモン治療)、細胞障害性の化学療法、抗HER2療法があります。このうちホルモン治療は、ある種の乳がんがエストロゲン依存性に増殖することに着目した治療です。エストロゲンの働きを抑える薬、あるいは、エストロゲンの合成を抑える薬によってがんの増殖を抑えるのです。

細胞障害性の化学療法は、主に細胞が増殖する仕組みを阻害することによって、がん細胞の増殖を抑えるものです。抗HER2療法は、細胞増殖に関連するHER2という遺伝子が発現して作られているHER2という蛋白質の働きを薬で抑える治療です(HER2については次の記事をご参照ください。【連載3:遺伝子とがん】コンパニオン診断とは何か?がんの治療をより最適に)。

乳がんの薬物療法は、術前に行うものと術後に行うものがあります。術前に行うものは、腫瘍の大きさを縮小させるために行います。術後に行うものは、取り切れなかったがん細胞を死滅させるために行います。

遺伝子発現の状態に合わせて治療

薬物療法は、乳がんのがん細胞の遺伝子発現の状態に合わせた治療を行います。胃がんの治療でもそうでしたが、遺伝子発現を調べて治療方針を変えるのです。正常の乳腺の上皮細胞と同じ遺伝子発現をしている場合を「ルミナル(Luminal)タイプ」と呼びます。

「ルミナルA」というタイプがもっとも予後がいいと考えられています。エストロゲン受容体(ER)とプロゲステロン受容体(PR)の両方またはいずれかが発現しており(陽性)、「HER2」という遺伝子が発現していない場合(陰性)です。しかも「Ki67」という遺伝子があまり発現していない場合となります。この場合には、ホルモンの影響を受けやすいので、内分泌治療を行います。

続いて、「ルミナルB」が予後がいいとされます。ルミナルBは、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体の両方またはいずれかが発現している場合ですが、HER2が陰性の場合と陽性の場合に分かれています。HER2陰性では、Ki67の発現が高い場合にはホルモン治療に化学療法を組み合わせて治療します。一方で、HER2陽性で、Ki67が低値~高値の場合では、ホルモン治療と化学療法に加えて、抗HER2療法を加えます。

このほかホルモンレセプターが発現しておらず、「HER2陽性(enriched)」の場合があります。この場合は、化学療法に抗HER2療法を行います。最も予後が悪いといわれるのが、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2のすべてが陰性の場合で、「トリプルネガティブ」と呼ばれています。このときは化学療法が行われます。

増えてくる乳がんの分子標的治療薬

乳がんの分子標的治療薬である「トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)」は2001年から日本で使われてきた薬。プレシジョン・メディシンの先駆けとも見なされ、HER2の発現の程度によって効果が変わってきます。遺伝子の発現に応じて薬の使い方を変えます。

乳がんの分子標的治療薬は、日本においてさらに2種類が登場しています。いずれもトラスツズマブと同じようにHER2を標的とする薬です。一つは、「ペルツズマブ(商品名パージェタ)」、もう一つは「トラスツズマブ・エムタンシン(商品名カドサイラ)」です。

HER2は、ヒト上皮成長因子(EGF)受容体と呼ばれるたんぱく質の一つで、このたんぱく質には、HER1、HER2、HER3、HER4があります。ペルツズマブは、HER2のドメインIIという部位に選択的に結合することで、HER2とHER3の結合(二量体化)を防ぐ働きがあります。結果として、がんの増殖を防ぐのです。トラスツズマブ・エムタンシンは、トラスツズマブにエムタンシンと呼ばれる薬を結合させたものです。がん細胞にトラスツズマブが取り付き、エムタンシンががん細胞の中に取り込まれ、がんの分裂を抑え込むのです。

このようにHER2をターゲットにした薬剤が相次いで登場しています。現在、さらなる分子標的治療薬の開発が進んでいるところです。EGF受容体に強力な結合をするネラチニブ。また、サイクリン依存性キナーゼと呼ばれるたんぱく質(CDK4、CDK6)をターゲットにするパルボシクリブが開発中です。

一方で、既存の薬が効果を出しにくいと知られているトリプルネガティブの乳がんに対しては、免疫チェックポイント阻害薬が効果を発揮するかが検証されています。乳がんは遺伝情報に基づく治療が早くから進んできました。こうした考え方は、ほかのがんにもますます広がってくることが考えられますし、さらに言えば、臓器によらず、遺伝子の条件により治療法を決めるような形にもなっていくものと考えられます。