【連載3:遺伝子とがん】コンパニオン診断とは何か?がんの治療をより最適に

提供元:P5株式会社

前回の記事では、いくつもある抗がん剤の種類のうち、「分子標的薬」について解説しました。

がんは遺伝子の異常により引き起こされる疾患です。がんの原因となる遺伝子の異常は数多くのパターンがあり、そのパターンに応じていくつもの分子標的薬が生まれてきました。現在、日本で利用できる分子標的型抗がん剤は、20種類以上あります。

さて、分子標的薬を使用する場合、投与前に遺伝子診断を実施しなければならない場合があります。こういう場合の遺伝子診断を、コンパニオン診断と呼んでいます。コンパニオン(companion)とは、「仲間」とか「対の一方」を意味する言葉です。特定の分子標的薬と特定の診断方法が組み合わせになっているため、こう呼ばれるのです。
ある薬は、がん細胞の遺伝子のタイプが異なると、治療効果が従来の薬の2倍程度にも高まることがあり、遺伝子のタイプ次第では逆に効きづらいこともあります。また特定の変異した遺伝子を標的にした分子標的薬は、その変異した遺伝子を持っていないがんには効きません。それだけに、あらかじめ遺伝子のタイプを調べるコンパニオン診断は重要となります。

「ハーセプチン」とHER2

「ハーセプチン」という乳がんの分子標的薬があります。ハーセプチンは、HER2たんぱく質の働きを阻害することで、腫瘍の増殖や転移を抑制します。
「HER2」というのは乳がんの一部に過剰発現していることが分かっている遺伝子です。HER2遺伝子が過剰発現していると、HER2たんぱく質ががん細胞表面に大量に産生され、細胞の異常な増殖や転移が起こります。
ハーセプチンはHER2を阻害する抗がん剤ですから、HER2の影響が関係せずにがん化したがん細胞には効果を発揮しません。
ハーセプチン添付文書には、ハーセプチンが利用できるがんの種類として「HER2過剰発現が確認された乳癌」と明記されています。同じ乳がんでも、HER2が過剰発現していないタイプの乳がんには、ハーセプチンを使用することは、認められていないわけです。

HER2の「過剰発現」を調べるためには?

では、どうやってHER2が過剰発現していることを確認するのでしょうか。
それには、HER2検査を実施しなければなりません。
HER2検査にはいくつかの種類がありますが、代表的なICH(免疫組織化学)の方法を簡単に説明しましょう。
この方法では、まず患者さんのがん組織から一部を採取し、先が透けるほど薄くスライスします(切片といいます)。このスライスしたものに、HER2だけに結合する特殊な染色液をふりかけます。がん組織にHER2が過剰発現していれば、スライスが染色液で染まるわけです。

ハーセプチンにとって、HER2検査は「コンパニオン診断」ということになります。HER2検査を実施するためのキットを、コンパニオン診断薬と呼ぶこともあります。
投与前に、コンパニオン診断が必要な抗がん剤はほかにもあります。その一部を紹介しておきましょう。

「ザーコリ」のコンパニオン診断

コンパニオン診断薬を必要とする抗がん剤に、ザーコリがあります。この薬の適応症は、「ALK融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」です。
「ALK融合遺伝子」は突然変異により生じた異常な遺伝子で、非小細胞肺がんの約3%がこの遺伝子異常により引き起こされていることが分かっています。
ザーコリはALK融合遺伝子の働きを阻害するため、ALK融合遺伝子が発症原因となっている非小細胞肺がんには極めてよく効きますが、それ以外のタイプの非小細胞肺がんにはほとんど効きません(正確に言うと、ALK融合遺伝子によく似たROS1融合遺伝子陽性の非小細胞肺がんには有効性を示します)。
そのため、非小細胞肺がんにザーコリを使用する場合は、ハーセプチンと同じようにICH(免疫組織化学)の方法によるコンパニオン診断薬を使って、ALK融合遺伝子が陽性かどうかを調べることになります。

「ベクティビックス」のコンパニオン診断

同じくコンパニオン診断薬を必要とする抗がん剤に、ベクティビックスがあります。この薬は、EGFRたんぱく質の働きを阻害することで、腫瘍の増殖を抑制します。適応症は、「KRAS遺伝子野生型の治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がん」です。
「結腸・直腸がん」とは聞き慣れない言葉かもしれませんが、大腸がんと思っていただければ結構です。

ベクティビックスは、がん組織のKRAS遺伝子がどういうタイプかによって、治療成績に大きな差がでることが、臨床試験により確認されています。
KRAS遺伝子のタイプが「野生型」の場合、無増悪生存期間(抗がん剤の投与により腫瘍が縮小してから、再び増殖を始めるまでの期間)の中央値は6.4カ月、全生存期間(抗がん剤の投与を開始してから患者さんが死亡するまでの期間)の中央値は16.2カ月となります。一方、KRAS遺伝子のタイプが「変異型」の場合、無増悪生存期間の中央値は4.8カ月、全生存期間の中央値は11.8カ月でしかありません。
遺伝子のタイプによって抗がん剤の効果に差が出てくるのです。
KRAS遺伝子野生型の場合の治療成績は、既に行われているほかの治療方法の治療成績を上回っているのですが、KRAS遺伝子変異型の治療成績は、既存のほかの治療法と差がないか劣っています。
つまり、KRAS遺伝子変異型の患者さんでは、「ベクティビックスを使用する臨床的意義がない」ということを意味します。そのため、ベクティビックスにはKRAS遺伝子のタイプを確認するコンパニオン診断が、義務づけられているわけです。

薬が効く患者さんを選ぶことで治療成績を高める

これまで説明してきたように、コンパニオン診断は、その抗がん剤が本当に有効性を発揮する患者さんを選ぶために実施されています。
通常の抗がん剤では、平均的な奏効率は30%程度とされています。ところがザーコリは、ALK融合遺伝子陽性の患者さんに投与した場合、61%の奏効率を示し、関係者を驚かせました。
コンパニオン診断の実施は、抗がん剤が効く患者さんだけを選別できるだけでなく、効かない患者さんに無駄な治療を受けさせないというメリットもあるのです。