治験は治療の1つ-普通の生活に戻るための手段
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体験者プロフィール
Aさん
年齢:50歳
がん種:悪性脳腫瘍 膠芽腫
診断時グレード:グレード4
Aさんが、悪性脳腫瘍の膠芽腫と診断されたのは2019年5月末。異常な手のひらのしびれを感じたため、病院で検査を受けたところ、脳腫瘍が見つかりました。その時点では良性の可能性がありましたが、腫瘍摘出手術の結果、悪性脳腫瘍の膠芽腫と診断されました。手術により左半身まひとなったためリハビリをしながら治療を続けましたが、半年後に再発。再発後の治療として担当医から提案されたのが治験でした。今回、再発後に受けた治験体験について、語っていただきました。
異常な手のひらのしびれ-脳腫瘍との闘いの始まり
2019年5月に、手のひらがざらざらしたような異様な感覚を覚えたためマッサージを受けました。そのとき「ビリビリ」としたしびれを感じたため、病院でMRIやCTの検査を受けたところ、脳内に腫瘍が見つかりそのまま入院になりました。
そのとき医師からは「たぶん良性だと思います」といわれていました。しかし、入院して1週間後に腫瘍摘出の手術を受け、生検の結果、悪性腫瘍と判明しました。悪性だったため国立がん研究センターを紹介されましたが、手術で頭頂葉を切除したことで体がまひしており動けなかったため、妻に国立がん研究センターへ話を聞きにいってもらいました。検査結果を見て、医師は「悪性脳腫瘍の膠芽腫でグレードは4」と診断したそうですが、これは妻だけが聞いていたため、そのときまだ自分は知りませんでした。
手術後の治療として放射線治療と化学療法による標準治療を行うことになりましたが、左半身まひがあったためリハビリをしながら治療を行う必要がありました。国立がん研究センターの医師からも、「手術を行った総合病院で治療をしたほうがいい」と提案されたため、もとの病院でリハビリをしながら標準治療を受けることになりました。
手術で左半身まひ-治療とリハビリと半年後の再発
リハビリをしながらの治療は、「朝5時に制吐剤→6時にテモダール→7時に朝食→8時にプレドニン→9~11時半までリハビリ→昼食→放射線治療→15~17時にリハビリ」というように、入浴する時間もないような分刻みのスケジュールでした。8月の初旬まで2か月間は、毎日このようなスケジュールをこなしながらの入院生活でした。
治療を続けた結果、担当医に「検査結果は良好です。腫瘍の増殖も認められません。グレード4で、この結果はなかなかありません」といわれ、そのとき初めて自分がグレード4だと知りました。
退院後は、オプチューン治療※を受けながらテモダールによる治療を受けていました。また、2か月に1回、経過観察のためMRIによる検査を受けました。退院後2か月目の検査では、状態は良好で腫瘍も小さくなっていました。さらに2か月の検査でも経過はよく、治療を継続していたため、なんとなく良くなった気になっていました。ところが夏が過ぎ、冬が来て、2020年2月の検査で再発がわかりました。
初発時に相談した、国立がん研究センターの担当医から「再発したら、うちで治療しましょう」といわれていたこともあり、その後の治療は国立がん研究センターで受けることにしました。
「オプチューン治療もテモダールも、あなたには効果が得られていないようなのですぐに中止して、次の治療を考えましょう。あなたに該当する治験もありますが、その前に糖尿病で血糖値が高くなっているので、その治療が先ですね」と担当医から、今後の治療方針が提案されました。
そのとき、1年近くステロイドを使用していたため、副作用で糖尿病になっていたんです。そのため、まずステロイドを減らし糖尿病の治療を受けました。治療のかいがあり、血糖値が下がったため、がんの治験を受けられることになりました。
※オプチューン治療は、電荷を帯びた細胞成分に物理的な力をおよぼす低強度の交流電場を腫瘍内で発生させ、がん細胞を死滅させる治療法。
治験は治療の1つ―治験か死かの選択
再発の膠芽腫に対する治療は、現在ほぼありません。そうした状況で、自分にとって治験は、治療選択の1つでした。治験を受けるか死ぬかという選択です。
僕ら患者は、何もわからない中で医者に話を聞いても怖いのが半分、わからないのが半分です。頼る先もないので、どうしてもインターネットの情報に頼ることになります。Twitterで同じ病気の人も探しました。ほとんどの人が、標準治療後にオプチューン治療を続け、この治療を続けている間に新しい治療法が開発されるのを待っているようでした。
私もインターネットを使い、いろいろ調べました。そうすると、未承認の高額な免疫療法を含めさまざまな情報がありました。この手の免疫療法は、効果も有効性も不確かだという人も多く、非常に高額なため、自分は受けてみたいとは思いませんでした。治験情報も調べてみると、「放射性治療薬64Cu-ATSM(STAR-64試験)」「中性子捕捉療法(BNCT)」「遺伝子治療薬Ad-SGE-REIC」「がん治療用ヘルペスウイルス G47δ」などいろいろな治験が見つかりましたが、実際に行われている、参加できるものはほとんどありませんでした。
わらをもすがる思いで、国立がん研究センターの医師に「治験をうけたい」と申し出たところ、担当医が提案してくれた治験が、「固形がん患者を対象としたTAS0313※の第1/2相試験」でした。
※TAS0313は、現在開発中の「がんペプチドワクチン」と呼ばれる注射薬です。患者さん自身の持っている免疫の力を高めてがんの増大を抑えることを目指して開発されています。
最初は、どんなワクチンかわかりませんでしたが、がん専門病院として信頼できる、国立がん研究センターの医師からの提案だったこともあり、治験の内容をしっかりと説明してもらって納得した上で、治験に承諾しました。
これで治るかなという期待もありましたが、担当医からは「そういうことではありません。薬の適量を調べたり、安全性や有効性を確認するために何度も繰り返し行われるのが治験です」と説明されました。
私が受けたのは、薬の適量を調べる第1相試験で、TAS0313(17mg)を4回注射する試験でした。
具体的には、1週間に1回、午前中に血液検査と尿検査を受け、背中に注射を打ち、昼食後に帰宅するというスケジュールで4回行い、注射後に抗体反応がでるかどうかを確認するというものでした。
1回目は抗体反応どころかかゆみもでませんでした。2回目の注射後に少しかゆみを感じ、3回目はそこそこ反応がよく、腫れが見られました。抗体反応が見られたことで、効いているのかと少し期待していましたが、4回目の注射でアナフィラキシーショック※が起こりました。リンパが腫れ、がたがた震えて熱がでたため、病院に電話をしたところ「救急車ですぐに来てください」といわれ、そのまま緊急入院になりました。
※抗原(原因物質)などに対し、全身性のアレルギー反応が引き起こされ、血圧の低下や意識状態の悪化が出現した状態。
そして、入院3日目の回診で、私の顔色をみた担当医から「治験は中止しましょう」といわれました。
治験への想い―医師との信頼関係の大切さ
人間って面白いもので、1か月も「ご飯を食べ、お風呂に入って、寝て」という普通の生活をしていたら大丈夫な気がするものです。まだ膠芽腫になって1年しか経っていませんが、いまのところ腫瘍は減りもしなければ増えもしていません。「再発です」といわれれば、不安はありますが、担当医からは「再発したら、また切除すればいいから」といわれています。気休めかもしれませんが、「大丈夫ですよ、あなたは長生きしますから」と初めていわれ、安心と同時に信じることができました。
インターネットで調べると、治験の成績や新しい治療法の開発状況などが見つかります。でも、実際こうした新しい治療の開発はなかなか進まず、承認されたり標準治療になったりするのはずっと先なんですよね。その日を期待しながら、自分はただ、待ち続けなくてはならない。こうした状況は、正直一番つらいです。しかし、国立がん研究センターでは、変な期待をもたせるようなあやふやな話は一切されませんでした。「治験は治験、承認され効果が認められれば、どなたにでも使います」とおっしゃった担当医の言葉が心強く感じました。また、国立がん研究センターでは、医師、看護師などすべての人が、きちんとがんと向き合っている姿勢が感じられ安心でした。相談すれば、その場で座り込んででも話を聞いてくれました。
治験は、放射線治療や抗がん剤など標準治療を行ったあとの選択ですから、副作用や後遺症などに対し既にある程度の覚悟ができていたため、ネガティブなイメージはありませんでした。私にとって治験を含めすべての治療は、普通の生活に戻るための手段です。これは標準治療で、これは治験という意識はありません。
自分で調べたインターネットの情報だけだったら、治験は受けていなかったかもしれません。インターネットの情報から辿った、よくわからない治験を受けるなら、信頼できる医師に相談し、話を聞いて、納得できた治療を受けるのがいいと思います。
そのためには、セカンドオピニオンを受け、意見が合う、信頼できる、死ぬまでこの先生のお世話になりたいと思える医師を探すのが大事だと思います。
治療歴
- 2019年5月
- 手足のしびれや、手のひらがざらざらした違和感があり、会社の診療所を受診
CT、MRIによる検査で、腫瘍が見つかり入院。その時点では良性の可能性も
- 2019年6月
- 手術。術後検査で悪性の膠芽腫と診断
- 2019年6月~8月
- 入院。標準治療とリハビリ(手術により左半身まひ)
朝5時に制吐剤、6時にテモダールを服用、朝食後プレドニン、9時から11時までリハビリ
昼食後、放射線治療、リハビリ
- 2019年8月
- 退院。オプチューンによる維持療法
- 2020年2月
- 再発。国立がんセンター中央病院へ転院
TAS0313による治験の提案があり、まず糖尿病の治療を行う
- 2020年3月19日
- TAS0313規定量(17mm)を背中に1回目の注射。反応なし
- 2020年3月26日
- TAS0313規定量(17mm)を背中に2回目の注射。少し反応あり
- 2020年4月2日
- TAS0313規定量(17mm)を背中に3回目の注射。少しずつ反応がでてくる
- 2020年4月9日
- TAS0313規定量(17mm)を背中に4回目の注射。アナフィラキシーショックを起こし入院
- 2020年4月11日
- 治験中止
治験内容
- 治験名
- 固形がん患者を対象としたTAS0313の第I/II相試験
- 対象疾患
- 固形がん(尿路上皮がんなど)
- 治験概要
- 固形がん患者さんを対象にTAS0313の忍容性、安全性、有効性を検討する
- フェーズ
- 第1/2相臨床試験
- 試験デザイン
- 非盲検、非ランダム化、多施設共同の第1/2相試験
- 登録数
- 130
- 治験薬
- TAS0313
- 対照薬
- ―
- 主要評価項目
- 忍容性、安全性、有効性
- 副次的評価項目
- 薬力学、ゲノム薬理学