肝臓がんの「マイクロ波凝固壊死療法」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者高見裕子(たかみ・ゆうこ)先生
国立病院機構九州医療センター 肝臓・胆道・膵臓外科科長
1965年愛媛県生まれ。88年九州大学薬学部卒業後、薬剤師として病院勤務。のちに医学部に進み、96年長崎大学医学部卒。同大第2外科、九州医療センター外科で研修。長崎県立島原温泉病院、長崎労災病院、国立療養所村山病院を経て、2002年より九州医療センター肝臓病センター外科勤務、現在に至る。

本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。

マイクロ波の熱でがんを凝固する

 マイクロ波による熱でがんを熱凝固する治療です。
 おなかを開いて直視下で行います。
 確実にがんを死滅することができ、かつ、肝機能が悪くても治療が可能なところが特徴です。

電子レンジと同じ原理でがんを熱凝固させる治療法

高見裕子先生と才津秀樹先生

 マイクロ波凝固壊死(えし)療法(MCN: microwave coagulo-necrotic therapy)は、2,450MHzのマイクロ波を発生させ、その振動で熱を発生させて、がんを凝固、死滅させる治療です。電子レンジで水分を振動させて熱を生じさせる(温める)しくみと同じ原理というとわかりやすいかもしれません。
 この治療で用いるのは、マイクロターゼという装置です。これは肝切除など手術のときの止血用として、従来から利用されているものです。1988年にこの装置を治療に応用し、マイクロ波凝固壊死療法という治療を確立させたのは、当センターの才津秀樹(さいつひでき)先生(現・肝臓・胆道・膵(すい)臓外科・医療管理企画運営部長)です。現在は私を含め、才津先生から技術を学んだ医師たちが外科で治療にあたっています。当センターでは2010年までにのべ2,300人、年間150人の患者さんに治療をしていますが、そのほとんどがマイクロ波凝固壊死療法です。
 なお、マイクロ波による治療には、ラジオ波焼灼療法と同じようにおなかの上から針を刺してがんを焼灼する「経皮的マイクロ波凝固療法(PMCT:Percuta-neous microwave coagulation therapy)」という方法もあります。治療に使う装置は同じですが、皮膚の上から針を刺すか(経皮的)、開腹して行うかの違いがあります。当センターでは開腹して行うマイクロ波凝固壊死療法を行っています。

●マイクロ波凝固壊死療法の特徴
・開腹(または腹腔鏡(ふくくうきょう)下)手術で行う
・がんの大きさは5cm以下
・肝障害度A、BおよびCの一部で治療できる
・がんの数が多くても治療できる
・再治療できる
・術後生存率は肝切除とほぼ同等
九州医療センターではマイクロ波凝固壊死療法が第一選択

まず栄養を送る血管を焼き次にがんを周囲から攻める

マイクロ波出力装置と電極針

 マイクロ波凝固壊死療法では、がんの周囲に電極針を刺し、そこに65W(ワット)の強さでマイクロ波を流し、周辺から囲むように熱していき、がんを死滅させます。使う電極針には長短2種類あり、がんのある場所によって使い分けます。
 これらの針の先にはノッチ(溝)がついていて、そこからマイクロ波が出るようになっています。焼灼できる範囲は球ではなく、1.5×1cmのラグビーボール状で、むらなく、均一に焼くことができます。
 マイクロ波はラジオ波に比べ比較的高温で熱しますが、がんの状態はゆでた栗のようになって凝固し、周辺組織の焦げつきもありません。

がんの周辺から中心に向かって焼き固めていく

 焼灼の仕方ですが、ラジオ波焼灼療法のような、はじめからがんの中心部に針を直接刺して焼灼するという方法はとりません。肝臓がんは、主に結節型の場合、被膜(ひまく)に覆われた球状をしており、その中にがん細胞が入っています。この球体は内部の圧力が高く、針を刺すことで中のがん細胞が押し出されてしまうおそれがあります。そのため、マイクロ波凝固壊死療法では、まずがんに出入りする血管の根元を加熱、凝固します。続いてがんの外側から中心に向かって、数回に分けて焼灼します。これにより、がん細胞がほかの場所に散ってそこから再発する播種(はしゅ)などの問題を予防することができます。
 マイクロ波凝固壊死療法はおなかを切って行う外科治療の一つなので、がんの大きさや数によっては肝切除と併用することもできます。

がんの位置によって針を使い分ける

最大の利点は、肝機能が悪くても治療が可能

 マイクロ波凝固壊死療法における最大のメリットは、肝機能がある程度悪くても治療できる可能性があるということです。
 肝臓がんの治療において、肝機能は治療の選択を左右する大きな要素です。たとえば、肝切除では肝障害度がAやBの人を治療の対象としています。Cの人は手術できません。またBであっても治療が難しい場合があります。肝機能が悪いと、肝臓を切除しても残された肝臓が十分に機能できず、肝不全を招いてしまうことがあるからです。
 しかし、マイクロ波凝固壊死療法は、肝障害度がAであればもちろん、Bでも基本的に治療をする方向で考えますし、Cであっても可能性はゼロではありません。当センターで行った対象調査では、肝障害度Aの患者さんは全体の45%、Bは51%、Cも4%になります。つまり、この治療においては、肝機能の低下した患者さんが半数以上を占めているといえます。
 肝機能が悪くてもこの治療が行える理由は「肝臓からの出血がほとんどなく、肝臓を切除しないので、正常な部分を多く残せる」からです。出血が少ないほど肝臓にかかる負担は軽くなり、残った正常な肝細胞が多いほど回復しやすくなります。何よりそれがこの治療の強みだと考えています。
 肝障害が進んでいるため、ほかの医療機関で治療ができずにあきらめていた患者さんも、当センターで治療を受けて元気になって帰られていることが、この治療の効果を証明しています。

肝障害度とChild-Pugh分類による治療の割合マイクロ波凝固壊死療法で治療後のCT画像国立病院機構九州医療センターの肝臓がん治療戦略

3個以上の多発がんにも対応できる

マイクロ波凝固壊死療法の治療成績

 このように、マイクロ波凝固壊死療法の適応は幅広いものです。
 通常はがんが3個以上になると化学療法を選択すると思いますが、当センターでは治療方針を決定するに当たり、大きさや個数はさほど問題となりません。
 実際、当センターの傾向として、5cm以上またはがんが肝臓の表面にあって切除が容易なケースであれば肝切除を、5cm以下であれば4個以上でもマイクロ波凝固壊死療法が第一選択となりえます。
 私自身は、最高で12個のがんを治療した経験があります。
 日本肝癌(がん)研究会編の『肝癌診療ガイドライン(2009年版)』が推奨する「治療アルゴリズム」とは異なりますが、これまでの実績から、有効性と安全性は確認されています。当センターでは、マイクロ波凝固壊死療法の効果を期待して紹介されてくる患者さんも多く、可能な限り、その期待にこたえなければならないと思っています。
 もちろん、結果に疑問があるときに行うことはありません。
 再発の場合、おなかを再びあけなければなりませんが、この治療ならくり返し再治療が可能です。当センターでは5年間で一人当たりの治療回数の平均は、2.6回でした。

治療の進め方は?

 全身麻酔下でおなかを切開し、肝臓を直接見て治療します。がんの位置によって長い針と短い針を使い分けながら焼灼します。治療時間は1~2時間、出血はほとんどなく安全にできます。

1、2個焼くだけなら治療時間は1時間程度

肝臓・胆道・膵臓外科チームのカンファレンス

 マイクロ波凝固壊死療法は外科医が行う外科治療の一つです。アプローチの方法は三つあり、がんの数、サイズ、場所などによって、最も適切な方法を選択します。
 その方法とは、肝切除と同じようにおなかを開いて行う「通常マイクロ波凝固壊死療法」、二つ目は5~10cmの切開で開胸し、横隔膜から肝臓にアプローチする「小開胸下マイクロ波凝固壊死療法」、三つ目は皮膚を1~2cm切って、腹腔鏡(ふくくうきょう)か胸腔鏡を用いて行う「腹腔鏡(胸腔鏡)下マイクロ波凝固壊死療法」です。
 ここでは、がんが肝臓の深部に複数個ある患者さんを想定し、いちばん数多く行われている通常のマイクロ波凝固壊死療法での流れを説明します。
 治療時間は1、2個焼くだけであれば1~1.5時間、長くても2時間程度です。

超音波を頼りに針を刺し、2cmなら8~10カ所焼く

治療対象となる大きさと個数

 まず、全身麻酔を行い、その後マイクロ波を通電させるため、両方の太ももに対極板を装着します。
 続いて皮膚を切開します。切開するラインは、がんの大きさや場所によって変わります。左葉(さよう)にがんがある場合はみぞおちからへそのあたりまで真っすぐ切る正中切開を、右葉(うよう)なら正中切開のあと、肋骨(ろっこつ)に沿って斜め右上に切開するJ字切開をします。小さな傷なら10~15cm、大きい傷だと20cmほどになります。
 切開後は、肋骨を器具で持ち上げて、肝臓表面に超音波を当てて、がんの位置を確認し、どこに深部電極針を刺すのが適しているかを見ます。
 がんが複数個の場合、通常いちばん奥のがんから治療を始めます。手前からだと熱で生じたガスのために超音波が映りにくくなるためです。
 電極針をゆっくり肝臓に刺していき、がんに栄養を送る血管にたどりついたら、65Wのマイクロ波を60秒間流して血管を熱凝固します。その後、少し針を進めて、がんの周辺から焼いていきます。
 2cmのがんだったら、その周囲を8~10カ所くらい焼くので、焼灼だけで8~10分かかります。実際は針を指すルートを検討したりしているので、時間はもう少しかかります。
 腸管や胆管に近いところでは40Wに下げて周辺臓器の損傷を防ぎます。
 焼灼が終わったら、焼灼部位を冷やしたあと、切開創(そう)を縫い閉じて治療は終了です。

手術の進め方手術の手順

術後免疫反応で熱が4~5日 放散痛が出ることも

入院から退院まで

 治療後は病棟に戻り、ベッド上で安静を保ち、翌日まで痛みや血圧などのようすをみます。翌日からは歩行が可能で(できるだけ歩いてもらいます)、水分は朝から、全がゆなどの食事は夕方からとれます。
 術後の患者さんの症状ですが、壊死した細胞に免疫反応がおこるので、翌日くらいから4~5日後まで発熱が続きます。これは肝機能が悪い人ほど長引く傾向があります。
 また、通常の方法ではなく、小開胸下マイクロ波凝固壊死療法をした人では、放散痛がおこり肩に痛みが出ることがあります。特に右肩の痛みが多くみられます。
 肝機能と炎症反応をチェックするための血液検査は、毎日行い、治療がきちんと行われたかを確認するCTは約1週間後に撮影します。
 7~8日後に抜糸が終わったら、8~9日目に退院です。合併症が出た場合は、その治療を行うため、退院はのびます。

治療後の経過は?

 治療直後は重いものを持たない、激しいスポーツは控えるといった注意以外は普通に生活できます。
 治療成績は肝機能が悪い人を含めて肝切除とほぼ同等です。

合併症について注意することは

マイクロ波凝固壊死療法の基本情報

 退院後は1カ月前後で最初の外来受診をしていただき、肝機能や傷の状態などをチェックします。その後は2~3カ月に1回、定期的に外来に来ていただき、次の再発の有無を見張ります。このときには、採血、エコー、そしてCTやMRIなどの検査を行います。
 傷が大きいときは、半年ほどは、重たい荷物を持たない、ゴルフやテニスなどの運動は控えるといった注意をしてもらいます。

3年生存率は約8割 さらなる普及が求められる

 当センターでこれまでにマイクロ波凝固壊死療法を実施した患者さんのうち、初回治療を受けた719人の患者さんの術後生存率では、1年目の生存率が97.7%、3年目が79.8%、5年目が62.1%、10年目が34.1%です。これを、肝切除を受けた患者さん157例と比較してみると、生存率は両者ともほとんど変わらないことがわかります。
 マイクロ波凝固壊死療法による治療を受けた患者さんには、多発がんができていたり、肝機能が悪かったりした患者さんが多く、それらを含めたデータですので、これはかなり有効性の高い、予後のよい治療であることを示していると思います。
 マイクロ波凝固壊死療法は肝臓がん治療の標準的治療とはされていませんが、海外では有効性の高い治療として再び注目されはじめています。全国的な普及はこれからであり、もっと多くの医療機関で選択肢の一つとなり、広く行われるようになることを望んでいます。