無毒な物質をがん細胞に貼り付け毒性を示す物質を開発、副作用なくがんを治療することに成功

2021/09/10

文:がん+編集部

 そのままでは無毒な物質を、細胞の表面に張り付けることで細胞毒性を示す物質が発見されました。静脈からたった1回投与するだけで、がんを治療するという前例のない治療法が、動物実験で確認されました。

たった1回の投与で、がんを治療するという前例のない治療法が動物実験で確認

 理化学研究所は9月2日、特定の化学反応の反応速度を速める物質「遷移金属触媒」と細胞毒性をもつ物質を静脈投与することで、マウス体内で化学反応を起こさせ強瀬宇することで腫瘍の成長を抑制し、延命させることに成功したことを発表しました。同研究所の開拓研究本部田中生体機能合成化学研究室の田中克典主任研究員らの研究グループによるものです。

 がんの化学療法は、細胞に対して毒性を示す「抗がん剤」を投与し、がん組織にダメージを繰り返し与えることで、がんの縮小を目指す治療法です。しかし、抗がん剤はがん細胞だけでなく正常細胞にも影響を及ぼすことから、さまざまな副作用が現れるという問題があります。

 正常細胞への影響を減らし、副作用を最小限に抑える手法として、抗がん剤を選択的にがん組織に送り届ける方法や、毒性を持たない化合物をがん組織で毒性を示す化合物に変換する薬剤(プロドラック)を使用する方法などがあります。

 これまでに研究グループは、体内遷移金属触媒反応を利用し、プロドラッグを活性化させる方法を開発してきました。通常、遷移金属触媒を生体に投与すると、触媒の作用を減退・消失させる「触媒毒」によって、その機能が失われます。しかし、遷移金属触媒を安定化させ、生体内で効率的に触媒反応を進行させる方法を2019年に見出しました。この技術に基づき、2021年にはがん細胞に抗がん活性物質を貼り付けることで副作用がなく、がん細胞の増殖やがんの転移を抑制することに成功しました。しかし、この治療には「効果が発揮されるまで複数回の薬物投与が必要」という課題がありました。

 今回研究グループは、遷移金属触媒を使いがん細胞表面に貼り付け、その反応で抗がん活性を示す化合物を探索しました。その結果、そのままでは無毒で、細胞表面に貼り付けると毒性を示す「細胞毒性ペプチド」を発見しました。細胞毒性ペプチドは、がん組織に選択的に送り届けられるように設計されているため、がん細胞だけに貼り付き、抗がん作用が効率的に発揮されます。

 さらに、体内金属触媒反応による細胞毒性ペプチドの治療効果を、担がんマウスに投与したところ、1回の投与で腫瘍の成長が抑えられ、生理食塩水、触媒のみ、ペプチドのみを投与したマウスに比べ、生存期間が2倍近く延長することが明らかになりました。また、副作用も見られなかったということです。

 研究グループは今後の期待として、次のように述べています。

 「本研究では、独自に見いだした細胞毒性ペプチドを体内金属触媒反応によりマウスにおいて、がん細胞に貼り付けることで、副作用なくがんを治療することに成功しました。これまでの生体内合成化学治療では、投与回数を減らすことができませんでしたが、ルテニウム触媒により、静脈からたった1回の投与で腫瘍の成長を抑えるという、これまでにない効果的な生体内合成化学治療が実現しました。本成果により、これまでの研究室レベルの小さなスケールの研究からより現実的ながん治療へと発展することが可能になりました。今後、生体内合成化学治療の概念ががん治療における有用な治療基盤の一つとして発展するものと期待できます。」