化学療法後に起こる卵巣がんの転移メカニズムを解明

2023/02/13

文:がん+編集部

 化学療法後に起こる卵巣がんの転移メカニズムが解明され、「Mas受容体」と呼ばれる分子の活性化により抑制できる可能性が判明しました。

「Mas受容体」 と呼ばれる分子を活性化することで転移を抑制できる可能性

 名古屋大学は2023年1月24日、化学療法後に引き起こされる卵巣がん転移のメカニズムを解明したことを発表しました。同大学大学院医学系研究科ベルリサーチセンター産婦人科産学協同研究講座の那波明宏特任教授、斉藤伸一客員研究者、産婦人科学の梶山広明教授らの研究グループによるものです。

 近年、化学療法が、がんの転移を誘発する場合もあることがわかってきましたが、そのメカニズムはよくわかっていませんでした。

 研究グループは、化学療法で用いられるシスプラチンの副作用で腎臓の機能が低下した場合、本来は腎臓から排泄されている「インドキシル硫酸(IS)」と呼ばれる毒素が血液中に蓄積し、ISの作用によって卵巣がんの転移が促進されるという仮説を立て検討。その結果、シスプラチンを投与したマウスでは腎臓の機能が低下することや血液中のIS濃度が高くなることが示され、ISを投与した卵巣がんモデルマウスでは腹腔内の広い範囲にがん細胞が拡がっていることが観察されました。

 さらに、ISによる転移誘導の分子メカニズムについて、各種がんの増殖やリンパ節転移に対して抑制的に働くことが報告されているMas受容体と呼ばれる分子に注目して検討。その結果、ISが卵巣がん細胞におけるMas受容体の発現を低下させることがわかりました。また、ISは卵巣がん細胞の浸潤能を上昇させることが分かり、さらに、ISによる浸潤能の上昇はMas受容体を活性化させることで打ち消されることがわかりました。

 研究グループは今後の展開として、次のように述べています。

 「化学療法によるがんの転移誘発に関する先行研究においては、抗がん剤が直接的にがん細胞の性質を変化させることが示されてきました。一方、本研究では抗がん剤が腎機能を低下させ、それによって間接的にがん細胞の性質を変化させることが示されました。このような報告は本研究成果が世界初となります。今回はISに焦点を当てましたが、欧州尿毒素研究グループによれば100種類を超える尿毒素が存在するそうです。また、ISのような尿毒素は血流によって全身に運ばれるため、卵巣以外のがんの進行にも影響をおよぼす可能性が考えられます。本研究成果を契機として、それらの尿毒素が各種のがんに対してどのような影響をおよぼすのかをそれぞれ調べていくことで、がんの転移を引き起こさない新たな治療戦略が構築されることが期待されます」