がん悪液質における筋肉量の減少、治療標的候補分子を発見

2023/10/04

文:がん+編集部

 骨格筋の抗酸化物質の産生を調節する分子機構が解明されました。がんに伴う筋肉量減少の抑制につながることが期待されます。

骨格筋の「p62」発現を調節することでがん悪液質を軽減し骨格筋量を維持できる可能性

 名古屋市立大学は2023年9月8日、がん悪液質における筋萎縮を抑制する新たな分子メカニズムを解明したことを発表しました。同大学大学院理学研究科の山田麻未研究員、奥津光晴准教授、同大学院医学研究科の大石久史教授、筑波大学医学医療系の蕨栄治准教授、アイオワ大学のVitor A Lira准教授らの共同研究によるものです。

 がんによる酸化ストレスや炎症性サイトカインは、悪液質を促進し筋萎縮を誘導しますが、身体活動の制限や代謝機能の悪化だけではなくQOLの低下や生存期間の短縮に関わります。そのため、筋萎縮の発症と軽減の分子メカニズムを解明し予防や治療に応用することは重要な課題となっています。

 がん悪液質における筋萎縮は、酸化ストレスの増大による筋タンパク質の分解の促進が原因の一つであることから、抗酸化物質を増加し酸化ストレスを抑制することで筋萎縮の軽減が期待できます。抗酸化物質の産生は、細胞のストレス応答タンパク質「Nrf2(NF-E2-related factor 2)」の核内移行の促進がその代表的なメカニズムですが、骨格筋のNrf2の核内移行を制御する分子メカニズムは明らかではありませんでした。

 タンパク質分解機構を調節するタンパク質として知られる「p62」は、近年の研究で「Keap1」と呼ばれるタンパク質と結合することにより、Keap1とNrf2の結合を阻害し、Nrf2が核内に移行するのを促進することが報告されていました。

 そこで研究グループは、p62に着目。p62の発現を筋特異的に増強したマウスを作成し、抗酸化物質の発現を検討した結果、骨格筋のp62の発現増強はNrf2の核内移行を促進し、抗酸化物質の発現を増加させることを発見しました。さらに、p62によるNrf2の核内移行の重要性を立証するため、作成した筋特異的p62発現増強マウスのNrf2を筋特異的に欠損すると、p62の発現増強によるこれらの抗酸化物質の増加は消失しました。このことから、骨格筋のp62がNrf2を活性化することで抗酸化物質の産生を調節すると示唆されました。

 さらに、p62の発現増強による筋萎縮予防効果を検討するため、筋特異的p62発現増強マウスにがん細胞を皮下投与し、筋萎縮の抑制効果を検討した結果、骨格筋のp62の発現を増強すると、酸化ストレスと筋タンパク質の分解を抑制しがん悪液質における筋萎縮を軽減しました。

 これらの結果、骨格筋のp62の発現を調節することでがん悪液質を軽減し、骨格筋量を維持できる可能性を示唆しています。

 研究グループは、次のように述べています。

 「骨格筋の抗酸化物質の産生機構とその生理学的な役割を立証した本研究成果は、骨格筋生物学の基盤とした基礎研究の成果を医学や健康科学に応用する可能性が期待できる意義のある研究成果であり社会的意義も大きいと考えられます」