栄養が足りているか判断するもっともいい指標は体重の増減 ――在宅がん患者さんの食事支援

大妻女子大学家政学部食物学科教授(がん病態栄養専門管理栄養士) 川口美喜子 さん

2021.8 提供●がんサポート

「がんと闘うために、食べることはとても大切なこと。『食事のすべてが身体の治療』と考えている」と語る川口美喜子さん

 在宅療養するがん患者さんにとって、食事は悩みの深い問題だ。入院して治療を受けている間は、病院が個々の病態や心身の状態を考慮し、適切なメニューを提供してくれる。しかし、自宅に戻り、日常の生活に入ると食事は自己管理に。「何を食べたらよいのか」、「食欲のないときはどうすればいいの」、「食べていけないものは?」など戸惑うことが多い。がん患者さんの食事支援に取り組む大妻女子大学家政学部食物学科教授の川口美喜子さんに、在宅での食生活のポイントについて伺った。

食事のすべてが治療

 がん患者さんの多くでは、栄養障害(低栄養)がみられる。そして、がんの進行とともに体重が減り、やせていくケースが少なくない。なぜ、がん患者さんでは栄養障害、体重減少が起こりやすいのだろうか。

 川口さんによると、これにはいくつかの原因が考えられる。1つは、手術、化学療法、放射線治療などによる影響だ。術後の後遺症や、がん治療による吐き気、味覚障害、口内炎などの副作用が食欲を低下させ、十分な栄養が取れないまま、体重減少を引き起こす。

 また、「嘔吐しそうだから、食べたくない」といった心理的な要因も、食欲を減退させ、栄養不良につながる。また、誤ったがん栄養の情報によって偏った食生活を送る。

 もう1つは、「がん悪液質」と呼ばれる全身のエネルギー代謝障害だ。がんによって全身に炎症が起こり、タンパク質や脂肪の分解が進む。骨格筋など全身の筋肉はタンパク質でできているため、分解が進行するにつれて筋肉が減り、しだいにやせてくる。

 「体重が減り、低栄養状態になると、体力・免疫力が低下するだけでなく、抗がん薬などの効果にも悪影響が及び、治療の継続が難しくなることもあります。その悪循環を断つには、しっかり食事をし、十分な栄養を摂らなければなりません。がんと闘うために、そして生きるために、〝食べること〟はとても大切なこと。私は、『食事のすべてが心身の治療』と考えています」と川口さん。

〝食べる〟ことへの意識を高めよう

 ただ、がん治療の中で、食事・栄養に対する関心は必ずしも高いとはいえない。例えば、がん患者さんが医師に、食事・栄養への不安を訴えても、「好きなものを、好きなときに、好きなだけ食べなさい」また「無理をしないで、食べたいときに食べればいい」という答えが返ってくる。それは、厳しい治療を継続する期間は食べることに寛容であっていいのですよというメッセージではあるが、患者さんの本音はこの病気に対して、食事についても積極的に伝えて欲しいと切なる願いを持っています。

 また、がん専門病院の場合、管理栄養士などがいる栄養相談室が設けられているが、外来からそこに紹介されてくるケースは少ないという。

 一方、がん患者さんも、「がんなのだから体重が減るのは当たり前」、「食べられないのは仕方がない」という誤った思い込みがある。むろん、食事や栄養だけでがんが治るわけではない。しかし、必要な栄養をしっかり摂り、体力を維持しなければ、がんという病気に立ち向かうのは難しい。

 川口さんは「医療側は当然ですが、患者さんも、栄養に対する正しい知識を持つことが重要です。体重が減るのは、栄養が足りていないためと理解すれば、食事内容を見直すきっかけになります。また、足りない分を栄養補助食品などで補おうと考えるかもしれません。大切なのは、食への意識を高め、自分自身で取り組むこと。それが栄養管理につながります」とアドバイスする。

在宅で、何を、どう食べるか?

 では、実際問題として、がん患者さんは、何を、どう食べればいいのだろうか。がんの治療を受けて入院している間は、看護師や管理栄養士などのスタッフが食事・栄養管理をサポートしてくれる。食欲が低下したり、どうしても食べられない人には、個別のメニューが用意されたりもする。

 しかし、問題は退院後だ。どの患者さんも、入院期間より自宅で療養する時間のほうがずっと長い。もちろん、退院する際には、管理栄養士から食事指導を受ける。また、外来化学療法を受けている場合は、通院時に、食事で困っていることなどを相談できる。とはいえ、自宅と病院とは環境が大きく異なる。家族もいるし、日常生活がある。指導を受けても、その通り実行するのは難しく、食に対する不安がいっそう増す。

 そうしたがん患者さんへの助言として、川口さんはまず、食事はバランスを基準に考えることを勧める。

 「バランスの取れた食事といっても、特別なものではありません。朝、昼、晩の食事の中で、1.主食(ご飯、パン、麺)、2.主菜(肉、魚、卵、大豆製品など)、3.副菜(野菜、かいそう、きのこ)、4.汁物、5.果物、6.乳製品を少なくとも一度ずつは食べるように心がけること。

 もし、その日に食べられなかったり、量が少なければ、翌日に補うようにします。バランスを考えた食事では、1.主食から炭水化物、2.と6.からタンパク質や脂質、3.と4.からビタミン、ミネラル、食物繊維をしっかり摂ることができます」

 川口さんは、こうした栄養バランスがひと目でわかるランチョンマット「バランスマット」を考案し、好評を得ている(図1)。マット上には、丸、四角、ハートなどがプリントされており、丸に主食(ご飯、パンなど)、四角に主菜(肉、魚、卵など)、ハートに副菜(野菜、海藻、キノコ類)を乗せる。さらに、乳製品、果物、スープ類などのスペースもあり、これが埋まれば、栄養バランスの取れた食事ということなる。

 例えば、親子丼の場合、ご飯は丸、卵と鶏肉は四角、タマネギ、人参とシイタケが入っていればハートが埋まり、バランスが取れる。

 「主食、主菜、副菜の食事は、家庭ではごく普通のもの。ただ、在宅療養している患者さんの中には、高齢で1人暮らしという方も多く、どうしても外食や宅配、コンビニ弁当がメインになりがちです。そうしたケースでも、バランスマットのようなツールを活用すれば、何が不足しているかがわかり、その食品を補充することで、バランスのよい食事に近づけることができます。また、栄養の偏りを避けるために、いろいろな食品を食べることも大切です」と川口さんは力説する。

■図1 川口さんが考案したバランスマット

 

「しゃべる」ことも大切

 食べ方も工夫できる。例えば、胃を切除した人は、スープでもおなかが膨らむので先に飲まない、牛乳、水、お茶を一緒に摂らないなど、食事の際に水分を減らすようにする。また、抗がん薬の副作用で、口の中が乾燥して食べにくい人は、献立に汁物を加える。親子丼、たまご丼などが好きな場合は、少し水分を多めに調理する。

 また、グラタンやクリーム系の食事も食べやすく、お勧めだ。ジャガイモ、カボチャ、ほうれん草などの食材は口腔内に張りつきやすいため、ポタージュにすると飲み込みやすくなる。

 もう1つ、「食べる」意欲を低下させない方法がある。それは「しゃべる」を弱らせないこと。食べるとしゃべるは、同じように口を使う。どちらかに問題が起こると、一方も引きずられるように衰えていく。川口さんは、がん患者さんやフレイルの高齢者に栄養指導するさいには、食事以外の話もして、できるだけ「しゃべる」を心がけている。

体重が栄養の恰好の目安

 がん患者さんが、食事は十分とれているか、栄養は足りているかを判断するとき、もっともいい指標になるのが「体重」だ。1週間で1~2%体重が減り、それが2~3週間も持続するような場合は、栄養状態が悪化している可能性がある。

 例えば、体重50kgの人の場合、1週間に500g~1kgずつ減っているようなら、食事をチェックしてみる必要がある(図2)。終わりに、川口さんは「体重は、身体の状態を知る格好の目安です。あまり神経質になることはありませんが、朝起きたとき、あるいは寝る前と、測る時間を決め、それを習慣づけてほしいですね」とアドバイスをくれた。取材・文●「がんサポート」編集部

■図2 体重減少が栄養状態の目安

 

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