肺がんとの戦いと治験という体験―自分のために、そして人類のために


写真はイメージです

K.Mさんが肺がんと診断されたのは、今から16年前。初期治療を受け6年間の経過観察ののち、再発。さらに6年後、2度目の再発と頸部リンパ節への転移。その半年後に3度目の再発の治療として現在も治験を受けられています。16年間におよぶ治療体験を語っていただきました。

肺がん告知と初期治療、再発-15年におよぶ肺がんとの戦いの始まり

 私の肺がんが発見されたのは2003年ですから、もう16年前のことになります。この16年間に、手術を2回受け、放射線治療も受けました。しかし、その後に再発。薬物治療を受けることになり、治験に参加しました。治験に入るまでの経過を、簡単に説明しておきましょう。

 肺がんが見つかるきっかけとなったのは、70歳を目前にして受けた健康診断でした。横浜の予防医学協会で健康診断を受けたのですが、そのとき、CTによる肺がん検診を勧める壁のポスターが目に止まったのです。ちょうど70歳の節目だからと考え、CTによる肺がん検診を受けることにしました。

 その検査で小さな肺がんが見つかったのです。ワイシャツのボタンくらいの大きさと言われましたから、たぶん8mm程度だったと思います。これなら手術で取れば治るということで、医師からは、「たった1回の検査で見つかるなんてそうはない。宝くじに当たったようなものですよ」と言われました。

 治療は神奈川県立がんセンターで受けることを希望し、呼吸器内科で診察を受けた後、呼吸器外科に回されました。がんがあるのは左の上葉で、CTでなければ見つけるのが難しい位置だったそうです。呼吸器外科の医師は、この大きさの肺がんなら、手術で切除すれば大丈夫でしょう、と話していました。がんが見つかったのはショックでしたが、手術で治ると言われたので、自分でも立ち向かう様気持ちを奮い立たせました。

 手術は左上葉摘出術で、がんのある上葉は問題なく摘出されたのですが、このときの病理組織検査から肺腺がんである事、そしてリンパ節転移が見つかりました。手術では、そのリンパ節も取り除いています。手術後の抗がん剤治療はなく、経過観察となりました。

 リンパ節転移があったことで、再発が気になっていましたが、手術後5年間は何も起きないまま経過しました。5年たてば、普通はもう解放となるのでしょうが、担当の医師は「もう1年見ましょう」といいます。それに従い経過観察を続けていた6年目に、右の中葉に再発が見つかりました。経過観察を1年延ばしたのが正解だったのです。再発したのはショックでしたが、小さな腫瘍(6mm)1つだけだったので、部分切除で摘出しました。出来るだけ肺機能を残すためとの医師からの説明でした。同じ腺がんでした。この時、手術前にがん研究(遺伝子解析を含む)の為試料を提供することに同意しています。

 2度目の再発が起きたのは、そこから更に6年が経過したときです。担当の医師から甲状腺を調べてもらう必要があると言われ、内分泌外科で色々検査してもらったところ、首のリンパ節が腫れているのが見つかりました。生検を受け、肺腺がんの再発であることがわかりました。このときに採取した組織が、後に治験に参加するときの遺伝子検査に使われました。

 リンパ節への再発に対しては、神奈川県立がんセンターで放射線治療を受けることになりました。放射線治療を受けたことで一安心と思っていたのですが、わずか半年後にまたまた再発が見つかりました。肺に4つの腫瘍が現れていたのです。

治験との出会い―医師からの提案で新たなALK阻害薬による治療

 この再発により、放射線科から呼吸器内科に回されることになりました。最初の再発は腫瘍が1つだけだったので手術で切除しましたが、今回は腫瘍が4つなので薬物療法になりました。

 担当の医師から最初に提案されたのが、分子標的薬であるALK阻害薬の治験に参加することです。私の肺がんの遺伝子変異を調べると、ALK融合遺伝子があることがわかり、それならばちょうどこれから開始する治験があるという話でした。

 そのときは薬の名前など、治験の詳しい内容は聞かなかったのですが、どのような治験なのか自分で調べてみることにしました。ネットでいろいろ調べていくと、たぶんこれだろうと思える治験を見つけることができました。次の診察のときに、「この治験ですか」とたずねてみたところ、医師は「よくわかったね」と驚いていました。

 その治験は、「ALK陽性進行非小細胞肺がん患者を対象に、1次治療としてロルラチニブ単剤療法とクリゾチニブ単剤療法を比較する第3相、無作為化、非盲検試験」です。

 治験の対象となるのは、ALK融合遺伝子陽性(肺がん患者の3〜5%と少数派だが)の非小細胞肺がんで、局所進行あるいは転移が起きている患者さんです。これまでに化学療法を受けていないことも条件になります。この条件にも、私は適合していました。

 こういった患者さんたちを2群に分け、一方には、現在標準治療として使われているALK阻害薬のクリゾチニブ(製品名:ザーコリ)を単剤で投与します。そして、もう一方の群には、やはりALK阻害薬のロルラチニブを単剤で投与します。こうして、両群の有効性と安全性を比較しようという試験とのことでした。ロルラチニブ(製品名:ローブレナ)は、現在は2次治療以降で使用できる薬ですが、1次治療で使った場合に、標準治療のクリゾチニブと比較してどうなのかを調べるわけです。

 無作為化試験ですから、どちらの群になるかはわかりません。くじ引きのようにまったくの無作為で、コンピュータが振り分けるのだそうです。非盲検試験ですから、どちらの薬を使っているかはわかります。

 この治験は、私にとっては思いもかけない明るいニュースでした。というのも、ステージ4の肺がんの生存率がいかに厳しいものであるか、私はそれなりに知識を得ていたからです。再発が見つかったとき、いよいよ人生最終局面に立ち向かうのかと感じたものです。そんな私にとって、医師から提案されたALK阻害薬の治験は、これが突破口になるかもしれないという期待感を抱かせてくれるものでした。

 もちろん、治験が医学の進歩につながるということも理解していました。医師は半分笑いながら「人類のために」とおっしゃいましたが、確かにその通りなのです。私にとって、この治験参加を断る理由はまったくありませんでした。

治験への期待―生きるための突破口が治験という選択

 治験に加わりたいという意思を表明してからは、治験コーディネーター(CRC)の方から詳しい説明を受けました。ALK阻害薬がどういった薬剤か、ロルラチニブとクリゾチニブがどういった薬剤か、という説明もありましたし、治療のスケジュールなどについても説明がありました。同意書の内容についても、かなり細かく説明してもらうことができました。手続きは複雑ですが、コーディネーターがすべてセットしてくれるので、それに従って進めていけば特に難しいということはありません。治験においては治験コーディネーターの存在と働きがいかに重要か認識しました。

 治療が開始されたのは、2017年7月です。どちらの薬になるのかわかったのは、服用が始まる当日でした。私はロルラチニブのほうでした。治験ですから、どちらが得をするということはありませんが、ロルラチニブ群になってよかった、という気持ちはありました。標準治療で使われるクリゾチニブとは違い、1次治療でどれだけ効くかはわからないわけですが、これが突破口になってくれそうな気がしていたからです。

 結果的に、ロルラチニブは私の肺がんにはとても良く効いてくれました。最初に現れた変化は、咳がおさまったことでした。再発が見つかってから、ずっと咳が続いていたのです。特に朝起きたときに、ひどく咳込むようになっていました。それが、服用を開始して1週間余り過ぎた頃から、起きなくなってきました。はっきりした変化で、自分でも驚きました。これは効いているのかもしれない、と感じました。

 それでも、CTを撮ってみるまでは半信半疑でした。CTを撮ったのは、ロルラチニブの服用を開始してから1か月半ほどたった時点です。その画像を見ると、4つの腫瘍が明らかに小さくなり、あるいは消えていましたし、腫瘍部分の濃さが変わってすりガラス状になっていました。そして、その次に撮ったCTでは、腫瘍の影はすっかり消えていたのです。効果の判定はCR(完全奏効)でした。現在、治療開始から1年6月ほどが経過しますが、腫瘍の消えた状態がずっと続いています。

 治療に伴って、副作用はもちろん現れました。最初に出てきたのは高脂血症です。コレステロールとトリグリセリド(中性脂肪)の値が跳ね上がりました。高脂血症を抑える薬を出していただいたところ、その薬による副作用で筋肉(横紋筋)が障害される事態になり、薬を変えて貰ったりすることもありました。

 ロルラチニブによる副作用では、浮腫で手足がパンパンになりましたし、顔もむくんできました。目のかすみも現れましたが、これは眼科の診察では異常がなく、現在は問題なく見えています。

 中枢神経障害が現れることもあるといわれていますが、私にはこれも現れました。ろれつが回りにくくなり、話をすることがスムーズにできないと感じたこともありますし、思考も何かおかしいと感じることがたびたびあります。薬の分子量が小さく、脳への血流関門を通過して脳に転移したがんに働きかける画期的な薬と言われることの副作用かもしれません。

 副作用が現れても、最初はがんばって予定通りに服用を続けようとしていました。しかし、医師から「少し休みましょう」と言っていただき、そういう方法もあるのだと知りました。その後は、薬の減量や休薬を行うことで、副作用がひどくならないようにコントロールし、ロルラチニブの服用を継続しています。薬は錠剤で1日一回服用し、時刻と服用した数を記録するだけで気楽に行なえ助かっています。

 日常生活で特に困ったことはありません。お酒については、飲酒することでどういう影響が出るかわからないので控えるように、となっています。ただ、これまで治験を含めて多くの人が服用している薬ですし、飲酒で危険な状態になったということはないようなので、これまで通りに飲んでいます。現在のところ、それによる問題は起きていません。

治験への想い―治験に救われた

 私の場合、治験で用いた薬が非常によく効いてくれたため、現在は元気に普通の生活を送ることができています。そういう結果だったこともあって、「この治験に救われた」と感じています。治験に参加しなければ、今はもうこの世にいなかったのかもしれない、とすら思います。

 治験であるために大変な部分もありました。薬の投与に関してはもちろん、定期的に行われる検査なども、スケジュールががちがちに決まっているため、それをストレスに感じることもあります。また、たびたびコーディネーターと接触する必要があるのですが、それも通常の治療ではないわずらわしさの一つです。

 治験は人体実験だと言う人がいますが、確かにそう感じることもあります。私の場合、1次治療で使ったロルラチニブがよく効いたわけですが、この先どうなるのだろうという不安はあります。ロルラチニブは、クリゾチニブなどを使っていて耐性ができたがんに対しても効果を発揮する薬です。そのロルラチニブでも、やはり耐性ができてがんが増殖を始めるのか、このまま効き続けるのか。そんなことを医師にたずねても、「どうなるかはわかりません」と言われます。治験で新薬の群に入ったのですから、データがないのは当然なのですが、そんなとき「ああ、人体実験なんだな」と思ってしまいます。

 もう一つ、少し不満に感じたのが、新しい情報をなかなか提供してもらえないことでした。ロルラチニブについて調べてみると、第I、II相の臨床試験で重要な試験結果が報告されているようでしたが、そういったことについては、医師にたずねても、コーディネーターにたずねても答えてもらえませんでした。自分が受けている治験とは直接関係がないニュースでも、その薬に関する最新の情報は知っておきたいものです。そういったことに対して、何かいい方法はないのかと思いました。もっとも、これは治験だからということではないかもしれません。

 このようないくつかの不満がありますが、新しい優れた薬が次々と開発され、いくつもの治験が進められている今の時代は、本当に素晴らしい時代だと思っています。私は50年ほど前に父親を大腸がんで亡くしました。そのときは、何もしてやれませんでした。何もできないので、大腸がんであることを告げることさえできませんでした。今の時代だったら、治験に参加して新しい薬を試みるチャンスがあったかもしれません。父に比べれば、私はいい時代にがんと共に生きる事が出来たと思います。

体験者プロフィール
K.Mさん

性別:男性
年齢:85歳
がん種:肺がん
診断時ステージ:ステージIIB

治療歴

2003年10月
健康診断のCTで1cm程度の肺がんが見つかる
2004年2月
左上葉摘出手術とリンパ節郭清
2010年4月
右の中葉に再発
2010年8月
部分切除、がん研究(遺伝子解析を含む)のため資料提供同意
2016年2~4月
2度目の再発。頸部リンパ節転移。放射線治療を受ける
2016年9月
3度目の再発。肺に4つの腫瘍が見つかる。2度目の再発時の生検による組織で遺伝子検査を行ない、ALK融合遺伝子陽性と診断
2017年7月
治験開始。ALK陽性進行非小細胞肺がん患者を対象に、1次治療としてロルラチニブ単剤療法とクリゾチニブ単剤療法を比較する第3相、無作為化、非盲検試験

治験内容

治験名
ALK陽性進行非小細胞肺がん患者を対象に、1次治療としてロルラチニブ単剤療法とクリゾチニブ単剤療法を比較する第3相、無作為化、非盲検試験
対象疾患
局所進行または転移性のALK陽性非小細胞肺がん
治験概要
未治療のALK陽性の進行非小細胞肺がんに対する治験です。ロルラチニブ単剤療法とクリゾチニブ単剤療法を比較して無増悪生存期間の延長効果で評価し、また、各治療群間で全生存率を比較する第3相試験です。
フェーズ
第3相臨床試験
試験デザイン
無作為化、平衡群間比較、非盲検
登録数
280人(国際的治験24か国、内日本20施設50人)
治験薬
ロルラチニブ
対照薬
クリゾチニブ
主要評価項目
無増悪生存期間
副次的評価項目
全生存期間、奏効、奏功期間ほか