前立腺がんとともに8年―人のためになった治験体験


写真はイメージです

 M.Kさんが前立腺がんと告知されたのは、今から8年前。ステージ4と診断され、手術不能で、初期治療としてホルモン療法を受けたそうです。前立腺がんステージ4の平均生存率は5年、あと5年と考えやりたいことをやろうと考え治療に臨みました。治療開始から6年後に治験を受け、治験終了後の現在の治療までの体験を語っていただきました。

前立腺がん告知-がんと生きる8年の始まり

 2011年7月、最初に現れた症状は、「尿の出が悪い」というものでした。なかなか尿が出てくれず、苦労して排尿した後でも残尿感があります。特に夜が大変で、排尿したいのに尿が出ないという状態になってしまいました。これは放っておくわけにいかず、近所の内科医院を受診しました。以前から痛風と高血圧の治療を受けていた医師です。尿の出が悪くなったことを相談すると、「これはまずいかもしれない」ということで、泌尿器科の開業医を紹介してくれました。

 その泌尿器科医院で診察を受けると、「これは間違いなく前立腺がんですね」と言われました。その医師は、開業するまではがん研有明病院の泌尿器科に勤務していたとのこと。がんを専門とする泌尿器科医が言うのですから、間違いないのだろうと思いました。腫瘍マーカーのPSAの値は、82.4という高さでした。そして、数日後に生検を受け、前立腺がんであることが確定しました。

 がん告知はさすがにショックでした。ちょうど仕事をリタイアして半年ほど。これからはのんびり人生を楽しもうと思っていた矢先の出来事です。この先、がんの治療がどう進んでいくのかわからず、不安でいっぱいでした。

 その泌尿器科の医師に紹介状を書いてもらい、治療はがん研有明病院で受けることにしました。日本のトップレベルのがん専門病院ですが、実は自宅から自転車で通える距離なので、近所にいい病院があったのは幸いでした。

 2011年8月、がん研有明病院で診察を受け、CT検査でリンパ節への転移が見つかりました。転移があると、ステージ4になるとのことです。PSAは136.0という高さでした。どのような治療になるのか気になっていましたが、結局、手術することはできず、薬による治療になると言われました。ホルモン療法です。

 調べてみると、ステージ4の前立腺がんの場合、平均的な生存期間は5年程度のようです。自分がどうなるかはわかりませんが、あと5年と考えて生きることに決めました。プログラマーだった私は、若い頃は1か月の残業時間が200~300時間に達するという無茶な働き方をしていましたし、その後も、やりがいのある多くの仕事に恵まれ、忙しく仕事をする日々を送ってきました。これから先の人生は、たぶん5年程度。やりたいことをやって過ごすことにしようと心に決めました。

初期治療の開始―CAB療法によるホルモン治療と放射線治療

 2011年8月にホルモン療法がスタート。使われる薬は、注射薬のリュープロレリン(製品名:リュープリン)と、内服薬のビカルタミド(製品名:カソデックス)でした。リュープロレリンはLH-RHアゴニストという種類の薬で、精巣から男性ホルモンが分泌されるのを抑える働きをします。ビカルタミドは抗アンドロゲン薬という種類の薬で、男性ホルモンが前立腺がんに作用するのを抑える働きをします。この2種類の薬を両方使うホルモン療法をCAB療法というのだそうです。

 この治療はよく効きました。治療を開始して1か月後にはPSAが正常範囲入り、3か月後には0.04、6か月後には0.01、9か月後には0.00まで下がっていました。ただ、PSAの値が0.00になろうと、前立腺がんがすっかり死滅したわけではありません。ホルモン療法によって抑えられているだけなのです。治療を継続する必要があるし、骨への転移が起きていないかどうかをしっかり監視していく必要がある、と担当医師から説明されました。

 がんの治療は続いていますが、それがよく効いたので、前立腺がんの症状はまったくなく、これまで通りの生活ができていました。

 2012年10月、放射線療法を受けることになりました。ホルモン療法はよく効いていましたが、現在使っている薬は、いずれ効かなくなるので、放射線療法を行ったほうがよい状態を延ばすことができるとのことでした。前立腺がんは薬でしっかり抑えられていたので、放射線療法を受けることにはためらいがありました。「本当に受けたほうがいいんでしょうか?」とたずねたところ、「自分の父親が同じ状況なら、私は受けることを勧めます」というのが医師の答えでした。これで放射線療法を受ける決心がつきました。

 10月から12月にかけて、計39回の放射線療法が行われ、治療後もPSAは0.00が続いていました。

 2013年10月、ホルモン療法を中断することになりました。ホルモン療法を中断すると、薬による副作用もなくなるため、病気になる前と同じように活動的な日々を送れるようになります。ホルモン療法を中断しても、PSAは0.00のままでした。

経過観察と再燃-新たなホルモン薬による治療

 2014年、2015年は、ホルモン療法を中断したままで、定期的に病院に通って検査を受けていました。PSAは0.00が続いていて、状態は安定していました。ただ、2015年に血尿が出て、それを止血するため2回入院しています。2012年に受けた放射線療法の副作用とのことでした。放射線が前立腺だけでなく、隣にある膀胱にもかかってしまったため、2年以上もたってから出血を起こしたのです。

 2016年になって、少しずつPSAが上がり始めました。抑えられていた前立腺がんが活動を始めたようで、これを「再燃」というそうです。

 2016年5月、PSAが2を超えたところで、新たなホルモン療法が始まりました。使用する薬は、注射薬のゴセレリン(製品名:ゾラデックス)です。以前使っていたリュープロレリンと同じLH-RHアゴニストで、精巣から男性ホルモンが分泌されるのを抑える薬です。3か月おきに注射を受けます。この治療を開始したことで、PSAは2を下回るようになりました。以前のように0.00になることはありませんが、それなりにがんを抑えることができているようでした。

治験という選択-新しい薬に対する期待

 2017年10月、ゴセレリンによる治療を1年半ほど続けてきましたが、ついにPSAが2を超えてしまいました。これまでの薬が効かなくなっているので、新たな治療を始めなければなりません。担当の医師に、どういう選択肢があるのかをたずねると、「治験に関心がありますか?」と言われました。

 新しい薬が使われるようになるためには、治験を行って効果や副作用を調べるのだということは知っていました。がん研有明病院のような専門病院では、たくさんの治験が行われているのでしょう。つまり「実験用のモルモットになるのだな」とは思いましたが、治験に参加するのは人のためになることでもあります。それに、前立腺がんが再燃した状態でしたから、新しい薬に対する期待感もありました。特に悩むこともなく、私は治験に参加することに決めました。

 治験については、医師からではなく、治験コーディネーターから説明がありました。私が参加したのは、「ビカルタミドによるCAB療法中に再燃した去勢抵抗性前立腺がん患者におけるエンザルタミドとフルタミドの無作為化比較試験」という治験でした。治験の内容などについては、それなりの厚さの説明文書があり、治験コーディネーターから説明を受けました。さほど専門的ではないのですが、誰にでもわかるように、過不足なく説明してくれたと感じています。

 ホルモン療法を受けていて前立腺がんが再燃した患者を対象に、エンザルタミド(製品名:イクスタンジ)を服用するグループと、フルタミド(製品名:オダイン、フルタミド)を服用するグループに分け、効果や副作用を比べてみようという比較試験です。フルタミドはこれまでも使われていた抗アンドロゲン薬で、エンザルタミドは新しく開発された第2世代の抗アンドロゲン薬です。無作為化試験ですから、自分で薬を選ぶことはできず、コンピュータが無作為的に振り分けるのだそうです。どちらのグループに振り分けられるかは、治験が始まるまでわかりません。

治験による治療-期待した効果がなく終了

 2017年11月、治験が始まりました。治験の前にはさまざまな検査が行われるので、実際に薬の服用が始まるまでに2週間ほどかかります。結局、私は新しい薬ではなく、フルタミドのグループに入ることになりました。

 フルタミドの服用を開始すると、たちまち気持ち悪くなり、食欲がなくなりました。この副作用はかなり重篤で、ついにはおかゆさえ食べられなくなり、体重もどんどん落ちて行く状態でした。これだけ副作用が現れているのに、PSAの値はまったく下がりませんでした。フルタミドは標準治療として使われる薬で、これまでも多くの人が使ってきたわけですから、私との相性が悪かったとしか考えられません。結局、フルタミドは2週間服用したところで中止となりました。

 2018年1月、もう一方の治験薬であるエンザルタミドの服用が始まりました。新しい薬だけに期待感はあります。それに、この薬が効かなければ、もう次に使う薬はないのではないか、という思いもありました。

 ところが、エンザルタミドも副作用がひどかったのです。フルタミドのときほどではありませんが、やはり食欲がなくなり、十分な食事ができなくなりました。体重も落ちていきます。フルタミドの治療を開始する前は、体重が68~69kgくらいあったのですが、フルタミドとエンザルタミドの治療を続けていくうちに、61kgまで落ちてしまったのです。

 起きているのも辛くなってきました。朝起きて、朝食後にパソコンに向かったりするのですが、午後になると起きていられず、3時間くらい寝てしまいます。こうして、1日に12時間くらい寝ているような生活になってしまいました。それでいて、PSAの値は下がっていません。エンザルタミドが効かなければ後がない、という思いがありましたが、ここまでくると、このままがんばっていていいのだろうか、と不安になってきます。医師に相談し、服用開始から3週間ほどたったところで、エンザルタミドの治療を中止することになりました。

 こうして治験は終了。結局のところ、私には、フルタミドもエンザルタミドも期待した効果はありませんでした。

治験後の治療-今使っている薬もほかの人が受けた治験があったから

 2018年8月、新しい薬での治療が始まりました。治験が終了した2月以降、PSAは徐々に上がりつつありました。8月には9.37まで上がっていたのですが、そのときに担当の医師から「これまで使ってきた薬とはまったく違う働きをする薬がありますが、やってみますか?」ときかれたのです。近年認可された薬とのことでした。

 それがアビラテロン(製品名:ザイティガ)です。アンドロゲン合成酵素阻害薬という種類の内服薬で、体の中で男性ホルモンが作られるのを阻害する働きをするそうです。アビラテロンを使うときには、副作用を防ぐ目的で、ステロイド薬のプレドニゾロンなどを併用する必要があります。

 アビラテロンによる治療は、私には合っていたようです。この治療を開始してから、体重は3kgくらい回復しました。体調も問題ありません。PSAは2018年12月の段階で、6.18まで下がりました。十分に低いとはいえませんが、薬によってがんが抑えられている状態なのでしょう。いつまでかはわかりませんが、効果がある間はこの薬を続けていくことになるようです。

 治験による治療は、残念ながら、私にはまったく効果がもたらされませんでした。しかし、後悔はしていません。いい薬であっても、誰にでも効くわけではなく、私のように副作用だけが出てしまうこともあります。使ってみるまでわからないのですから、しかたがなかったのです。治験に参加することで、将来の患者さんたちの役に立ったのなら、それでいいと思っています。

 私は現在、アビラテロンによる治療を続けていますが、この新しい薬が登場してくるまでにも、やはり多くの患者が治験に参加し、貴重なデータを残してきてくれたのでしょう。それがあって、私の現在があるのだと感じています。

 この薬が効かなくなったとき、次の薬があるのかどうかは知りません。次の新しい薬が登場してきているかもしれません。しかし、私はもう十分に生きたとも感じています。前立腺がんのステージ4と診断されたとき、残された時間は5年と考えていました。その後、ホルモン療法と放射線療法がよく効いて、元気に過ごせる数年間があったので、やりたいことは全部やってしまいました。南の島で豊かな時間を過ごすこともできたし、仕事をしていたときにはできなかった多くのことを行うこともできたのです。

 そして、がん告知からすでに7年半以上が経過しました。もう、いつ薬が効かなくなってもいい。今はそんなおだやかな気持ちで、毎日を送っています。

体験者プロフィール
M.Kさん

性別:男性
年齢:71歳
がん種:前立腺がん
診断時ステージ:ステージ4

治療歴

2011年8月
排便時に潜血
2018年4月
前立腺がんステージ4と診断/PSA値 136.0
2011年8月
CAB療法(リュープロレリン、ビカルタミド)
2011年9月
PSA値 2.89
2011年11月
PSA値 0.04
2012年5月
PSA値 0.00
2012年10月
放射線治療開始
2012年12月
放射線治療終了
2015年2月
血尿
2015年3月
膀胱止血手術
2016年5月
再燃(PSA値 2.14)ホルモン薬変更(ゴセレリン)
2016年6月~2017年8月
ゴセレリンによるホルモン治療でPSA値0.93~1.29で経過
2017年8月
再燃(PSA値2.04)
2017年10月
医師から治験の提案 PSA値 2.29
2017年11月
「ビカルタミドによるCAB療法中に再燃した去勢抵抗性前立腺がん患者におけるエンザルタミドとフルタミドの無作為化比較試験」開始、フルタミド投与
2017年11月
フルタミド中止 PSA値 3.67
2018年1月
エンザルタミドに変更 PSA値 3.27
2018年2月
エンザルタミド中止
2018年3月
ソデックス投与、治験終了PSA値 4.13
2018年6月
緩和治療開始 PSA値 6.35
2018年8月
アビラテロン開始 PSA値9.37
2018年12月
PSA値 6.18までさがり、治療継続中

治験内容

治験名
ビカルタミドによるCAB療法中に再燃した去勢抵抗性前立腺がん患者におけるエンザルタミドとフルタミドの無作為化比較試験
対象疾患
去勢抵抗性前立腺がん
治験概要
ビカルタミドによるCAB療法中に再燃した去勢抵抗性前立腺がんに対する治験です。エンザルタミドとフルタミドを比較して、主要評価項目として3か月目にPSA値が50%以上減少した割合で評価する第2相臨床試験です。
フェーズ
第2相臨床試験
試験デザイン
無作為化、平衡群間比較、非盲検
登録数
104人
試験群
エンザルタミド
対照群
フルタミド
主要評価項目
3か月目にPSA値が50%以上減少した割合
副次的評価項目
6か月目にPSA値が50%以上減少した割合、3か月目に病勢進行した割合、PSAの無増悪生存期間ほか