がんゲノム医療の基礎知識

がんゲノム医療とはどのような医療なのか、がんと遺伝子の関係など基礎知識を含めて解説します。

がんと遺伝子

 遺伝子は、細胞が生きていくために必要なタンパク質の設計図で、DNAという物質でできています。DNAは、遺伝子とそれ以外の部分で構成されています。

 DNAは、「アデニン(A)」「チミン(T)」「グアニン(G)」「シトシン(C)」の4種類の「塩基」と呼ばれる物質が、4つの文字から成る文章のように意味を持って並び、鎖のように連なったものです。その鎖は、相補的なもう1本の鎖と対を成し、2重らせん構成になっています。相補的な鎖というのは、Aに対してT、Gに対してCが当てはまるように塩基が並んだ鎖です。鎖には向きがあり、2本の鎖はお互い逆向きになっています。

 2重らせんの鎖は糸状でとても長いため、何層にも規則的に巻かれた状態で細胞の核の中に存在します。また特に、細胞分裂を起こす際には、凝縮された「染色体」となります。

 ヒトの染色体は、1番から22番までの常染色体と、性染色体から成っています。各染色体は、受精の段階で父親と母親からそれぞれ1セットずつ受け継ぐため、ヒトの各細胞(核)には「常染色体44本」と、「性染色体2本」が存在します。性染色体にはX染色体とY染色体があり、X染色体を2本持つ(XX)と女性、X染色体とY染色体を1本ずつ持つ(XY)と男性になります。つまり、ヒトの細胞には、通常、2セット計46本の染色体があることになりますが、うちの1セットの中に入っているすべての遺伝情報を「ゲノム」といいます。

 なんらかの原因により遺伝子に起こった後天的な変化は「遺伝子変異」と呼ばれます。一方で、生まれ持った遺伝子の違いなどは「バリアント」と呼ばれ、このうち特に、病気の原因となる遺伝子の変化や違いは「病的バリアント」と呼ばれます。

 遺伝子変異や病的バリアントにより、細胞分裂の制御が正常に行われず、無秩序に分裂を繰り返して増殖する細胞ができることがあります。こうしてできたのが、がん細胞です。

 がんの多くは、加齢、たばこ、生活習慣、環境要因などにより、体を構成する細胞の遺伝子に、後天的な変化が起こることで発生します。

ゲノム

がんゲノム医療とは

 ヒトゲノムとは、ヒトを構成する全ての遺伝情報です。がんゲノム医療では、がん細胞のゲノムを調べることで、どのような遺伝子の変化が起こっているのかを突き止め、がん細胞の性質に合わせた治療が選択されます。

 殺細胞性抗がん薬は、がん細胞の増殖スピードが速いという性質に合わせて開発された薬ですが、正常な細胞にも増殖スピードが速いものがあるため、こうした細胞も攻撃されてしまい、副作用が強く現れることがあります。

 分子標的薬は、がん細胞が持っている特定の分子を標的とした薬です。例えば、肺腺がんの約40%ではEGFR遺伝子変異が認められ、変異したEGFRタンパク質が、がん細胞が持つ特定の分子として存在します。そのため、EGFR遺伝子変異を有する肺腺がんに対しては、その原因である変異EGFRを標的としたEGFR阻害薬による治療が推奨されています。

 さらに、EGFR阻害薬など、分子標的薬の効果があるかどうかを事前に検査で調べる「コンパニオン診断」が行われるようになりました。

 がんの原因となる遺伝子の変化は、同じ人に生じた同じ部位のがんでも、1つとは限りません。そのため、一度の検査で数十から数百の遺伝子の変化を調べる検査として、「がん遺伝子パネル検査」が開発されました。

 コンパニオン診断は、特定の分子標的薬の効果を調べるために、各分子標的薬とそれに対する検査がそれぞれ1対1対応になる形で行われますが、がん遺伝子パネル検査では、一度に複数のコンパニオン診断が可能となりました。これにより、遺伝子の変化の状態を総合的に判断して、最適な治療法を検討できるようになりました。

 がん遺伝子パネル検査を行い、がんの性質に合わせた治療選択を行うがんゲノム医療では、これまでの臓器(部位)別による治療ではなく、臓器横断的な薬物選択が行われるようになってきたことも大きな特徴です。

 例えば、肺がん、乳がん、大腸がんといった発生部位が異なったがんでも、同じ遺伝子の変化が原因となっている場合は、同じ分子標的薬の効果が期待できるということになります。そのため、薬剤開発にあたり、複数のがん種が登録された治験が多くなってきました。

遺伝性のがん

 がんの多くは、体を構成する細胞の遺伝子に、後天的に変化が起こることで発生しますが、こうした遺伝子の変化は、親から子へ受け継がれることはありません。しかし、生まれもった遺伝子の個人差(病的バリアント)により、「がんになりやすい体質」の人もいます。こうしたがんのことを「遺伝性のがん」といいます。

主な遺伝性腫瘍と原因遺伝子

疾患名原因遺伝子主な腫瘍
家族性大腸腺腫症APC大腸がん デスモイド腫瘍
遺伝性乳がん卵巣がんBRCA1・BRCA2乳がん 卵巣がん 前立腺がん 膵臓がん
多発性内分泌腫瘍症1型MEN1副甲状腺腫瘍 下垂体腫瘍
多発性内分泌腫瘍症2型RET甲状腺髄様がん 褐色細胞腫
リンチ症候群MLH1、MSH2
MSH6、PMS2
大腸がん 子宮体がん 腎盂・尿管がん 卵巣がん 胃がん 小腸がん 膵がん 胆道がん 脳腫瘍
神経線維腫症1型NF1神経線維腫 神経鞘腫
神経線維腫症2型NF2前庭神経鞘腫、脊髄腫瘍、髄膜腫
カウデン症候群PTEN乳がん 甲状腺がん 子宮体がん 過誤腫
遺伝性網膜芽細胞腫RB1網膜芽細胞腫 骨肉腫
リー・フラウメニ症候群TP53骨肉腫 乳がん 脳腫瘍 副腎皮質腫瘍 軟部肉腫
フォンヒッペル・リンドウ病VHL腎細胞がん 褐色細胞腫 脳血管細胞腫 血管芽種
MYH関連ポリポーシスMYH大腸腺腫
若年性ポリポーシスSMAD4、BMPR1A消化管ポリープ
ポイツ・ジェガース症候群STK11消化管ポリープ(過誤腫)、消化器がん、乳がん 、 子宮がん
PTEN過誤腫症候群PTEN消化管ポリープ、甲状腺腫瘍、乳がん、子宮内膜がん
遺伝性パラガングリオーマSDHD、SDHAF2
SDHC、SDHB
頭頸部パラガングリオーマ、褐色細胞腫
結節性硬化症TSC1、TSC2中枢神経腫瘍、腎血管筋脂肪腫、 肺リンパ脈管筋腫症
WT1関連ウィルムス腫瘍WT1ウィルムス腫瘍(腎芽細胞腫)
家族性甲状腺髄様がんRET甲状腺髄様がん

※遺伝性のがんに関しては、QLife遺伝性疾患プラスの記事もご参照ください。

参考文献
細胞の分子生物学 第6版. Bruce Alberts [ほか] 著 ; 青山聖子 [ほか] 翻訳.ニュートンプレス, 2017.

最新のがん医療情報をお届けします。

無料で 会員登録
会員の方はこちら ログイン