肝臓がんの状態と肝機能を考慮した最新の治療選択とは

長谷川潔先生
監修:東京大学大学院医学系研究科臓器病態外科学 肝胆膵外科、人工臓器・移植外科 教授  長谷川潔先生

2017.12 取材・文:柄川昭彦

 肝臓がんの治療は、肝機能とがんの状態を考慮して選択されます。肝臓がんの治療指針となる「肝癌診療ガイドライン」が2017年10月に改訂され第4版が刊行、治療アルゴリズムも第3版(2013年版)から変更されています。エビデンスに基づきながら、コンセンサスの得られている治療を考慮した変更がされました。肝臓がん患者さんの状況に合わせた最新の治療選択を、治療法別に解説します。

肝臓がんの治療選択は、肝機能の考慮から

 肝臓がんの多くは、ウイルス性肝炎などでダメージを受けた肝臓の細胞から発生します。日本人の場合は、特にウイルス性肝炎から発生するケースが多いのが特徴です。そのため、肝臓がんになる患者さんは、減少傾向です。薬の進歩などでウイルス性肝炎がかなりコントロールできるようになったことや、スクリーニング体制が確立されたことなどが、肝臓がんの減少に関係していると考えられています。

 肝臓がんの治療では、がんの「ステージ(進行度)」だけで治療法を選択することはできません。肝臓の機能がどの程度かを示す「肝予備能」も考慮する必要があります。特に肝臓がんは、慢性肝炎から肝硬変へと進行し、がんになることが多いので、肝機能が低下している患者さんが多くいます。たとえば、切除の場合、治療後に必要な肝機能を残すためには、切除範囲が患者さんの肝機能がどの程度かをまず、考慮する必要があります。その後、ほかの臓器への転移があるか、がんがどこにどの程度の数と大きさでできているかを検討しながら、その患者さんに適した治療法が選択されます。

肝臓がんのステージは進行度、Child-Pugh分類と肝障害度分類は肝機能の指標

 肝臓がんのステージは、「腫瘍に関する因子」「リンパ節転移に関する因子」「遠隔転移に関する因子」で決まります。まず、遠隔転移があればステージIVB、リンパ節転移があればステージIVA以上となります。ステージI~IIIは、遠隔転移もリンパ節転移もない場合で、腫瘍に関する次の3つの要素で決まります。(1)腫瘍の大きさが2cmより大きい、(2)腫瘍が複数ある、(3)脈管侵襲がある、という3つの要素について調べ、すべて当てはまらなければステージI、1つ当てはまればステージII、2つ当てはまればステージIII、3つ当てはまればステージIV以上となります。

肝臓がんのステージ分類

腫瘍因子リンパ節転移遠隔転移ステージ
T1なしなしI
T2なしなしII
T3なしなしIII
T4なしなしIVA
腫瘍因子に関わらずありなしIVA
腫瘍因子に関わらず転移のあるなしに関わらずありIVB

肝臓がんの進行度
(1)腫瘍が1つ
(2)腫瘍の大きさ2cm以下
(3)門脈、静脈、胆管への広がりがない

(1)(2)(3)すべてに該当T1
2項目に該当T2
1項目が該当T3
全てに該当せずT4

 肝予備能は、第3版では肝障害度分類といわれる指標が使われていましたが、「肝癌診療ガイドライン」第4版からは、「Child-Pugh分類」となりました。ただし、切除手術を行う場合には、「肝障害度」を使うことになっています。「Child-Pugh分類」も「肝障害度」も、どちらも肝予備能の評価に使われるのですが、行われる検査が一部異なっています。「肝障害度」ではICG(インドシアニングリーン)という色素を使った肝機能検査が行われますが、「Child-Pugh分類」では、この検査は行いません。

 また、対象の広さにも違いがあります。「Child-Pugh分類」でA~Cに分けた場合、手術の対象となるのはAとBの一部です。そこをより細かく調べるのに、「肝障害度」による評価が適しています。手術ができるのかどうか、手術で肝臓をどこまで切除できるのか、といったことを調べるには、ICGを使った肝機能検査が不可欠なのです。

Child-Pugh分類

ポイント1点2点3点
脳症ない軽度ときどき昏睡
腹水ない少量中等量
血清ビリルビン値(mg/dL)2.0未満2.0~3.03.0超
血清アルブミン値(g/dL)3.5超2.8~3.52.8未満
プロトロンビン活性値(%)70超40~7040未満
A5~6点
B7~9点
C10~15点

肝障害度分類

肝障害度ABC
腹水ない少量中等量
血清ビリルビン値(mg/dL)2.0未満2.0~3.03.0超
血清アルブミン値(g/dL)3.5超3.0~3.53.0未満
ICGR15(%)15未満15~4040超
プロトロンビン活性値(%)80超50~8050未満

「肝癌診療ガイドライン」第4版で推奨されている治療法

 「肝癌診療ガイドライン」第4版で推奨されている治療法について、簡単に説明します。

切除手術
 がんのできている部分を、周囲の肝臓と一緒に切除します。がんを確実に取り除けるという点では、最も優れた治療法です。切除マージンをとり、血流を考慮して系統的に切除すると、主病変の周囲の微小ながんも切除できている可能性があり、再発率が下がると期待されています。大きながんでも取ることができますが、欠点は、患者さんの身体的な負担が大きいことです。そのため、入院期間も比較的長くなります。この治療を行えるのは、肝機能や年齢などの条件をクリアできた人です。
ラジオ波焼灼療法
 体の表面から肝臓内のがんに針を刺し、針の先端についた電極からラジオ波を出して、周囲のがんを焼灼します。患者さんの身体的な負担が軽いのが最大の特徴です。そのため、繰り返し治療を比較的容易に行うことができます。3cm以内のがんで行われます。ただし、焼灼した周囲にがん細胞が生き残っている可能性があり、局所再発のリスクがあります。
肝動脈(化学)塞栓療法
 肝動脈にカテーテルを入れ、肝動脈を詰まらせ、がんに血液が流れないようにすることでがんを兵糧攻めにする治療法です。抗がん剤を混ぜて、注入することもあります。がんへの栄養と酸素の供給を抑えることで、がんにダメージを与えます。患者さんの身体的な負担が軽く、肝機能や全身状態がよくない人でも行うことができます。ただ、どうしても生き延びてしまうがん細胞があるため、局所コントロールは切除手術などに比べて落ちます。
肝動注化学療法
 肝動脈にカテーテルを入れ、抗がん剤を注入する治療法です。抗がん剤は直接肝臓に注入され、かつ肝臓で代謝されるため、全身にまわる抗がん剤の量を少なくすることができるので副作用を軽減することができます。ただし、なかなか効果的な抗がん剤がないこともあり、生存期間の延長を示すエビデンスは不十分です。
分子標的薬
 分子標的薬を使用する治療です。経口剤なので全身に作用します。かつてはソラフェニブ(製品名:ネクサバール)だけでしたが、2017年からソラフェニブが効かなくなった場合に、レゴラフェニブ(製品名:スチバーガ)が使えるようになっています。また、最近、有効性が報告された薬もあり選択肢が増えてきています。
肝移植
 がん自体の摘出とともにがんが発生するもととなっている肝硬変も治療できる治療法です。脈管侵襲と肝外転移がないこと、単発のがんの大きさが5cm以下、多発では3個以下で3cm以下というミラノ基準と呼ばれる一定の基準をみたした患者さんに対して行われます。1990年代の基準のため、新しい適応基準が模索されています。65歳以下が対象です。

肝臓がん患者さんの個別の状態をより考慮するため5因子から最適の治療法を選択

 「肝癌診療ガイドライン」第4版は、治療法を選択するための「治療アルゴリズム」が、第3版とは変更になりました。第3版では、「肝障害度」「腫瘍数」「腫瘍径」という3つの因子で治療法を選択していましたが、第4版では、「肝予備能(Child-Pugh分類)」「肝外転移」「脈管侵襲」「腫瘍数」「腫瘍径」という5つの因子に変わっています。「肝障害度」がChild-Pugh分類を使う「肝予備能」に変わり、「肝外転移」と「脈管侵襲」という因子が加わりました。このアルゴリズムに沿って、実際にどのように治療法を選択するかを解説しましょう。

  1. Child-Pugh分類AかB、肝外転移なし、脈管侵襲なし、腫瘍数1~3個、腫瘍径3cm以内の場合には、切除手術と焼灼療法が推奨されています。がんが1個だった場合には、1番目に推奨されるのが切除手術で、2番目が焼灼療法。がんが2~3個だった場合には、切除手術と焼灼療法が並列で推奨されています。
  2. Child-Pugh分類AかB、肝外転移なし、脈管侵襲なし、腫瘍数1~3個、腫瘍径3cm超の場合には、1番に推奨されるのが切除手術、2番目が塞栓療法となっています。がんが大きくても、切除手術ならきれいに取ることができます。塞栓療法は、がんが大きい場合、局所コントロールに関しては切除手術に及びません。しかし、肝機能や全身状態がよくない患者さんに対しても行うことができます。
  3. Child-Pugh分類AかB、肝外転移なし、脈管侵襲なし、腫瘍数4個以上の場合には、1番に推奨されるのが塞栓療法、2番目に推奨されるのが動注療法と分子標的薬となっています。塞栓療法は肝動脈を全部詰めることも可能なので、いろいろな部位に多発している場合でも治療ができます。動注療法も肝臓全体に抗がん剤を送り込むことができますが、有効な抗がん剤がなく、塞栓療法を上回る成績は得られていません。分子標的薬は今後が期待される治療法ですが、動注療法と比較して、どちらのほうが優れているという結果は出ていません。そのため並列になっています。
  4. Child-Pugh分類AかB、肝外転移なし、脈管侵襲ありの場合には、塞栓療法、切除手術、動注療法、分子標的薬が推奨されています。4種類の治療法が優先順位なく並べられることになったのは、「脈管侵襲あり」といっても、いろいろな状況が考えられるためです。門脈に侵襲があるのか、肝静脈なのか、あるいは胆管なのかによって、かなり違ってきます。また、同じ門脈に侵襲があるとしても、門脈の根元部分なのか、奥の方なのかによっても違ってきます。条件により、どの治療法がよいのかが変わるため、並列になっています。
  5. Child-Pugh分類AかB、肝外転移ありの場合には、分子標的薬による治療が選択されます。全身的な治療法なので、肝外転移がある場合にも効果が期待できます。焼灼療法、塞栓療法、動注療法は肝内のがんに効果を発揮する治療なので、肝外転移がある場合には選択されません。肝外転移に対して切除手術が行われることはありますが、高いエビデンスはないので推奨されていません。
  6. Child-Pugh分類C、ミラノ基準(がんが5cm以下なら1個、3cm以下なら3個以内)内、65歳以下の場合には、肝移植が推奨されています。肝機能がかなり悪い状態でも、移植ができれば、がんの治療と肝機能の回復が可能です。
  7. Child-Pugh分類C、移植不能の場合には緩和ケアが推奨されています。

肝臓がん治療アルゴリズム
肝臓がん治療アルゴリズム
出典:日本肝臓学会編:肝癌診療ガイドライン2017年版より作成

最新の肝癌診療ガイドラインは、エビデンスとコンセンサスに基づく治療を重視

 第3版と第4版の「肝癌診療ガイドライン」は、どこが違っているのでしょうか。

 第3版は高いエビデンスがあることを重視した編集で、かなりシンプルな形で治療アルゴリズムがまとめられています。そのため、必ずしも典型的でないケースに関しては記述されていませんでした。そのため、ガイドラインとは別に、「肝癌診療マニュアル」の中に「コンセンサスに基づくアルゴリズム」が作られ、そこで典型的でないケースについても、治療法の推奨が行われていました。強いエビデンスがなくても、専門家のコンセンサスが得られている治療法を推奨していたのです。

 第4版では、この2本立てを解消し、エビデンスとコンセンサスに基づく治療アルゴリズムが作られています。そのため、第3版よりは複雑になっていますが、それだけ現実に即して、多くの患者さんに対応できる治療アルゴリズムになっています。

プロフィール
長谷川潔(はせがわきよし)

1993 東京大学医学部医学科卒業
1996 東京大学医学部附属病院 第2外科 医員
1997 東京大学医学部附属病院 肝胆膵外科 助手
2009 東京大学大学院医学系研究科 臓器病態外科学 肝胆膵外科 准教授
2017年12月より 東京大学大学院医学系研究科 臓器病態外科学 肝胆膵外科、人工臓器移植外科 教授