がんと働く応援団 がんになっても誰もが自分らしく働ける社会を目指して

吉田ゆりさん(左)、野北まどかさん(右)
がんと働く応援団共同代表理事 吉田ゆりさん(左)、野北まどかさん(右)

2025.4 取材・文 がん+編集部

 一般社団法人がんと働く応援団の共同代表理事である吉田ゆりさんと野北まどかさんは共に現役世代でがんに罹患。「がんと診断を受けた直後に必要な情報にアクセスできず困った」という共通の経験から意気投合し、一緒に活動することに。「がん防災(R)マニュアル」を広く活用してもらう取り組みを主軸に多岐にわたる事業を展開しています。活動にかける思い、これから取り組みたいことなどについてお話を伺いました。

「現役世代でがんになったら」の時に役立つ情報とサポートを提供

野北さん:働き盛りの現役世代の方が突然がんと診断を受けた際、多くは医療知識の不足から不安に襲われ、まずどうすべきか戸惑い、さらに、治療と仕事の両立について具体的な道筋を見出せずに悩まれます。がん告知を受けた方が働く企業の方も同様に、必要な配慮や対応方法がわからないと戸惑い、意図せず心ない言葉を発してしまうこともあるようです。

 「がん防災(R)」(以下、がん防災)は、私たちの活動の起点となっている言葉です。これは、自然災害のように突然襲ってくるがんについて、事前準備とともに復興再建までの正しい知識と心構えを持っておくことが大事とする考え方を指します。2人に1人ががんに罹患すると言われる時代において、治療と仕事を両立するがん患者さんへの支援の充実は必須。必要最低限知っておいて欲しい情報を医師と経験者等で選定し作成した「がん防災マニュアル」(個人向け/中小企業向け)を広め、「がんになっても誰もが自分らしく働ける社会」を目指し、さまざまなイベントや事業を実施しています。

吉田さん:私たちの活動は多岐にわたりますが、現在力を入れているのは、「(がんから始める)治療と仕事の両立支援の啓発」と「支援者の養成」です。

セミナーの様子
「中小企業だから必要ながん対策セミナー」の様子
(2024年)

 治療と仕事の両立支援の啓発として、最近は中小企業の管理職や経営者の方向けに「がん防災マニュアル」についてより詳しく解説するセミナーを実施しています。もともとは、個人の方に向けて、がんになる前の基礎知識として読んで準備し、いざという時に慌てずに対応してほしいとの思いで「現役世代の為のがん防災マニュアル」を作成しました。ですが、企業にとっても予めがんを正しく知り、備えておくことは、がんをきっかけに従業員が離職することを防ぐうえで重要です。「がん防災」は個人/企業に共通するコンセプトだと考え、新たに中小企業向けマニュアルを作成しました。昨年度は20回ほどセミナーを実施して400~600人くらいの方にご参加いただきました。

イベントの様子
厚木市で開催した「がん防災へキックオフ!」の様子

 また、支援者の養成としては、「がん治療を含むライフイベントと仕事の両立を支援できる人を養成する」ための講習会(両立支援セミナー)等を開催しています。相談支援職であるカウンセラーやキャリアコンサルタント、人事担当者や管理職向けに、いざがんになった方が相談に来た時の対話法や、公的制度等の使える情報、そして体験談などもお伝えする講習会を実施しています。どの会社に勤めていても誰もが安心してライフイベントの相談をする、そして対応できる担当者を増やしていくことを目指しています。

 このほか、患者さんご本人への支援事業も行っています。参加者が安心して話せる、情報交換できる場をオンラインサロンとして設けているほか、仕事や人間関係等の悩みには専門資格を持つスタッフによるオンラインキャリアカウンセリング(個別相談)を無料で提供しています。民間企業や市区町村と連携して「がん防災」を伝えるセミナーも開催しています。

人事・管理職として働いた経験から

吉田さん:私は卵巣がんに、野北さんは乳がんに、ほぼ同じ時期に罹患。治療後、がんアドボカシーに関わるセミナーに参加して初めて出会いました。その際、「がんに関する正しい情報に、必要な時にアクセスできなかった」経験と、「現役世代はがんに関する知識が十分ではないこと」に対する課題意識を共通して持っていることを知り、意気投合しました。

 そのセミナーで講師を務めていたうちの一人が天野慎介さん(全国がん患者団体連合会 理事長)でした。「社会を変えるのは患者だ。経験者が声をあげないと(世の中は)変わらない」とおっしゃっていたことが強く印象に残りました。このセミナーがきっかけとなり、団体設立に向けて準備を始めました。

野北さん:私は、診断時ステージは2か3と言われていたのですが、手術でリンパ節への多数の転移が確認されステージ3Cと言われました。その後、放射線治療を受けるために画像検査を受けたところ、骨に影が見つかりました。当時は知識があまりなかったため、ステージ4だと助からないのではと思ってしまい、あまりのショックに何も考えられなくなり、そのタイミングで、ちょっと遅い「びっくり退職」をしました…。その後、吉田さんと出会いました。

吉田さん:野北さんは管理職として300人の部下をマネジメントした経験があり、さまざまな管理職研修を受けてきたものの、がんに関する研修が十分ではないことに問題意識をもっていました。

 私は、がん罹患以前、企業の人事、その後独立してキャリアコンサルティング技能士として仕事をしていた経験から、企業の人事スタッフのがんに関する知識が不十分な中、手探り状態で対応する現状を変え、がんになった方だけでなく、支える周りも含めた誰もが安心して働き続けられる職場を作りたいと考えていました。そこで、働くがん患者さんご本人、および、企業や自治体などがんを取り巻く環境にアプローチする支援事業を展開することを目指し、団体を設立しました。現在は医療関係者など約20人の正会員を始めとするボランティアの皆さまと共に事業を行っています。

「がん防災マニュアル」冊子作成、「働く女性」向けの新たなマニュアルも

吉田さん:2019年の団体設立当初は患者会活動がメインでした。2020年以降、コロナ禍で「検診控え」が顕著になり、早期発見率が減ったというニュースを耳にしました。そこで、もともと企業向け研修プログラムとして準備していた内容をマニュアル化(冊子)しようと野北から案がありました。「がん防災」という言葉の産みの親でもある押川勝太郎先生にご相談し、快諾いただいたうえでタイトルは「現役世代の為のがん防災マニュアル」とし、神奈川県の協力も経て発行しました。

 このことがきっかけで多くの人に私たちの活動が知られるようになり、他県版のマニュアルを役所と連携して作成したり、パートナーシップ協定を結んだ民間企業と共に広くマニュアルを配布したり、セミナーを実施したりと活動の幅が広がりました。2023年に発行した中小企業向けのがん防災マニュアルと合わせると累計45万部(2025年4月現在)となり、多くの方に手に取っていただけたのではないかと考えています。

野北さん:2025年は新たに「働く女性のためのがん防災マニュアル」(案)を作成中です。乳がんや子宮頸がんなど女性特有のがん、子宮頸がんワクチン接種のこと、妊孕性温存のことなどを扱うマニュアルを想定しており、特に若い女性に届けられるよう啓発方法も含めて検討中です。

「あらかじめ正しく知っておくことの大切さを実感できた」の声

吉田さん:両立支援セミナーに参加された、がんの罹患経験がない企業の管理部門の方からは、「今の自分では対応しきれないことが多いけれども、どう接していけばいいかを考えるいい機会になった」といった感想をお聞きしています。

 両立支援セミナーでは、一方的な座学だけでなく、ロールプレイングを通じて、実際に起こり得るシチュエーションを体験してもらう時間を設けています。最低限の設定だけ用意して、後は実際に相手のことを考えて話をしていただきます。

野北さん:「がんについては他人事だと思っていたけど、自分にも周りにも影響のあることだから、あらかじめ知ることで、自分事になり、心構えができてよかった」といったお声も聞かれています。あらかじめ正しく知ることで、いざというときに少し安心感を持って対応できるようになっていただけたらと考えています。

吉田さん:がんを経験した方が、「ご自身の経験を社会に役立てたい」「制度などに関する正しい知識をつけた上で、組織内で社員を支える仕事をしたい」と参加されるケースもありました。

 現役世代の為のがん教育を実施し、従業員のリテラシー向上を図ったり、働くがん患者さんからライフイベントと仕事の両立のノウハウを学び、多様な人材が活躍する職場が1つでも増えていくことを願って、私たちはこれからも活動も続けていきたいと思います。

一般社団法人がんと働く応援団 外部リンク

がん種 全がん
地域 全国
連絡先 https://www.gh-ouendan.com/contact
活動内容 現役世代でがんを経験したサバイバーと各専門家が共に治療と仕事の両立支援を提供。「がん防災マニュアル」を元に多様な働き方が求められる職場作りを従業員の納得感と共に醸成する「がん防災研修」を全国に提供中。がんになった現役世代のキャリア支援を専門相談員が対応する「無料個別相談」も実施している。
※「がん防災マニュアル」はがんと働く応援団のホームページからPDFの無料ダウンロードまたは、冊子申込が可能です。