「治療法選択のポイントは治療後のQOL」荒井陽一先生インタビュー

本記事は、株式会社法研が2011年7月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん」より許諾を得て転載しています。
前立腺がんの治療に関する最新情報は、「前立腺がんを知る」をご参照ください。

患者さんのこだわりに配慮し、術後の生活の質の向上に真剣に取り組んでいます。

荒井陽一

 「泌尿尿器科の医師は、尿失禁とか、性機能障害とか、他人には相談しにくいプライベートパートを担当しています。だから、優しい人が多いですよ」
 と荒井先生はいいます。学生にも「泌尿器科は人間の尊厳を科学する臨床科だ」と強調しているそうです。
 前立腺がんの手術に取り組むことになったきっかけは、荒井先生が医師になった当時の日本では、前立腺がんが早期にみつかることは少なく治療といえばホルモン療法しかなかったことに疑問を感じたからです。
 「例外的に行われていた手術は恥骨をはずして行う大がかりなものでした。私もトライしたことがありましたが、非常に難しい手術でした」 とても多くの患者さんを対象に行える手術とはいえませんでした。
 「当時アメリカでは、どんどん新しい手術が行われていたのです。日本でもそうした手術ができるはずだ、という思いが募っていました」
 1982年、荒井先生は米国メイヨー・クリニックのマイヤーズ先生から、直接、手術の手ほどきを受ける機会を得ます。そこで学んだことを生かして、早期の前立腺がんの患者さんには、積極的に手術を行っていったのです。その後、85年には前立腺全摘除術を確立した米国ジョンズ・ホプキンス大学のウォルシュ先生の手術を直接見て勉強しました。
 「日本人でいちばん最初に見学に行きました。先生は、すでに神経温存手術を行っていました。それまでの私の手術では尿失禁や性機能障害を克服できていなかったので、非常に勉強になりました」
 その後、荒井先生は倉敷中央病院で、多くの患者さんに対応できる前立腺がんの早期診断システムを立ち上げます。前立腺がんが疑わしい人をスムーズに見つけ出し、生検で確定診断していくしくみです。
 「データベースの管理システムを整備し、医師の負担を減らして、手術に集中できる環境を整える工夫をしました。患者さんが集まり、手術数が増えて、若手の医師も活発に学会発表できるようになったのです」
 そんな荒井先生にも、苦い思い出があります。80歳の患者さんを手術したところ、性機能を失った患者さんから猛抗議を受けたのです。
 「まさか80歳の人が性機能にこだわるとは思わず、十分な説明をせずに手術をしてしまったのです。術後に『聞いていなかった』と猛烈に怒られました。デリケートな問題で、日本人はあまり口に出しませんが、多くの人が実は男性のアイデンティティとして、性機能にこだわっていることを痛感しました」
 駆け出しのころのそんな経験があるからこそ、荒井先生は神経温存には細心の注意を払っています。手術中に神経に電気刺激を与え、神経温存ができているか確認する方法も導入しました。また、術後の尿失禁の問題にも、真剣に取り組んでいます。
 「100人手術をすると、1~3人程度、重い尿失禁になります。そういう患者さんには、人工尿道括約筋を埋め込む手術をします。これを使うと、自分で排尿をコントロールできるようになり、QOL(生活の質)が飛躍的に向上するのです」
 前立腺がんの患者さんに、荒井先生はこうアドバイスしています。
 「当施設では、手術以外の治療法にも取り組み、あらゆる成績をできるだけ詳しくホームページなどで公開しています。一方で、『治療法は医師に決めてほしい』と思う患者さんも少なくありません。そういう方には、『あなたにはこの治療法が向いている』と勧めます。治療法選択のポイントは、治療後のQOLで、そこをよく考えることが大切ですね」

荒井陽一(あらい・よういち)先生

荒井陽一

東北大学病院 泌尿器科教授 1953年山形県生まれ。京都大学医学部卒。公立豊岡病院泌尿器科医長、京都大学医学部附属病院泌尿器科講師、倉敷中央病院泌尿器科主任部長を経て、2001年東北大学大学院医学系研究科・泌尿器科学分野教授。2003年東北大学病院長特別補佐、2004年東北大学病院副病院長。