前立腺がんの「高密度焦点式超音波療法(HIFU・ハイフ)」治療の進め方は?治療後の経過は?

監修者内田豊昭(うちだ・とよあき)先生
東海大学医学部付属八王子病院 泌尿器科教授
1950年北海道生まれ。北里大学医学部卒。同大泌尿器科講師、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校留学、北里大学医学部泌尿器科助教授、東海大学医学部泌尿器科助教授を経て、2006年から現職。世界に先駆けHIFUによる前立腺がんの治療を手がけた。

本記事は、株式会社法研が2011年7月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん」より許諾を得て転載しています。
前立腺がんの治療に関する最新情報は、「前立腺がんを知る」をご参照ください。

強力な超音波による熱でがんを焼く

 虫眼鏡(むしめがね)のようにある一点に強力な超音波を集めて高温にし、がんを焼く治療法です。ほかの治療法後に再発した人も受けられます。

体への負担が少なく治療成績は開腹手術と同じ

HIFUの特徴

 超音波は人間の耳で聞こえる範囲よりも高い周波数の音波のことで、医療現場では検査機器としてよく使われています。前立腺がんの診断に用いられる経直腸エコーもこれに当たります。胎児の診断をはじめ、最近は健康診断にもよく使われています。胎児の診断に使うくらいですから、超音波による検査はとても安全です。
 X線などの放射線は被ばくが避けられませんが、超音波は被ばくの心配がありません。また、超音波検査は必要なら何度でも行うことができます。これと同じで、実は高密度焦点式超音波療法(HIFU・ハイフ high intensity focused ultrasoundの略)も必要があれば、何度でも治療に使えます。これは、ほかの治療法にはないHIFUの大きな利点の一つです。
 HIFUでは検査で使う超音波より、かなり強力な超音波を使っています。100W(ワット・超音波の強さを表す単位)/cm2 を超える超音波を強力超音波といいますが、HIFUでは、音波の性質を利用して、この強力超音波を凹レンズで特定の小さな領域に集め、通常の1万5000倍となる1260~1680W/cm2の強さにしています。
 超音波は波として伝わっていくので振動のエネルギーをもっています。この振動エネルギーが、体のなかで吸収されると熱に変わります。HIFUでは、前立腺内を縦3mm×横mm×深さ12mm(体積にして0・108mL)に区切り、その小さな範囲(焦点領域)を80~98℃に熱しています。この熱でがんを焼いて死滅させるわけです。
 小さな範囲を格子状に少しずつ重ね合わせながら移動させることにより、目的とする部分を焼いていきます。このときに、焦点領域以外の部位や、途中にある皮膚や臓器には影響を及ぼしません。焦点から5mmずれただけで、温度は50℃前後にまで低下するので、周囲の組織を傷めることはありません。

HIFUによる治療件数の推移

 焦点領域の移動は、コンピュータが自動的に行います。前立腺がんでは、限局がんでも前立腺全体にがんが散らばっていると考えられるので、前立腺全体を焼いていきます。ただし、再発時の治療などでは、部分的に照射することもあります。
 治療成績は開腹手術と同じ程度です。体への負担が非常に軽いことを考えると、有力な治療法といえます。
 強力超音波の研究は古くからなされていましたが、治療に応用できるように開発されたのは、1992年のことです。これは前立腺肥大症を対象とするもので、米国のインディアナ大学とFocus Surgery社が共同で開発しました。
 私も1993年から前立腺肥大症の治療法として開始しました。しかし、前立腺肥大症の治療法としては効果が十分ではありませんでした。むしろ前立腺がんの治療に向いている機器だと考え、1999年1月から世界で初めて、HIFUによる前立腺がんの治療を始めたのです。
 以来、2011年4月末までに1152人の治療を実施してきました。2010年度までの年度別の件数は左のグラフのとおりです。ここ数年は年間に100件前後を実施しています。
 現在、HIFUを実施している医療機関は全国で30カ所以上あります。

使用する装置と治療の原理

限局がんに使う治療法で何度でも実施できるのが特徴

HIFUで治療できるがんの状態

 HIFUは、限局がんに対して行う治療法であり、局所進行がんや転移がんでは選択できません。それ以外のグリソンスコア、PSA値、前立腺の体積の条件は右の表にまとめています。
 ただし、表に挙げている条件をすべて満たしていても、HIFUでは治療できないことがあり、治療できない患者さんの状態をまとめています。表内にあるプローブというのは、HIFUを実施するときに肛門(こうもん)から入れる棒状の器具のことで、超音波を送り出す機器です。
 HIFUは、転移がなく、前立腺に限局している限りは、再発が疑われた場合、繰り返し治療ができます。手術療法や放射線療法は、治療後に再発した場合に、その同じ治療法では対応できませんが、HIFUは再度の治療ができるのです。手術療法や放射線療法にはないメリットといえるでしょう。
 また、放射線療法を受けて、4、5年後に再発した場合や、手術で前立腺を全部切り取ったあと、膀胱と尿道をつなげて縫い合わせた部分に再発した病巣があることが確認されれば、HIFUで治療することができます。ほかの治療法後の再発にも対応できるというのは、患者さんにとって大きなメリットです。

●機器の進歩で成績も向上

 HIFUで使う治療機器は、1991年当時、ソナーブレード200という機種でした。その後、ソナーブレード500、ソナーブレード500(Ver4)とバージョンアップを重ね、現在はソナーブレード500TCMという機種を使っています。
 私もメーカーに対して、使い勝手や機能について要望を出し、次々に改善されてきました。
 バージョンアップするにしたがって進化したのは、照射する時間と焦点の領域です。当初より1回当たりの照射時間を短くし、少しだけ焦点の領域を広くしました。HIFUでは300~1500個もの焦点領域ごとに照射していくので、領域1個当たりの時間や大きさが重要なのです。この改善により、治療効果を変えることなく、課題である治療時間を短縮することができました。
 また、ソナーブレード500からはドップラー機能といって、前立腺周囲の血流を測定できるようになりました。これは勃起(ぼっき)機能を温存するうえで、非常に重要な役割を果たしています。
 Ver4からは治療領域の変更が可能になりました。患者さんのちょっとした動きや肛門に挿入したプローブの重さで、初めに設定した治療領域が微妙にずれてしまうことがあるのですが、治療中に焦点領域を変更できるようになり、これにより、治療成績が向上しました。
 さらに、最新の機能として、TCM(焦点温度測定)機能が追加されました。これは焦点の温度を緑色(48~65℃)、黄色(65~90℃)、オレンジ色(90℃以上)と3種類に色分けして表示するもので、モニターを見るうえで、ひと目で温度がわかります。この機能のおかげで、より正確な治療が可能になりました。

治療の進め方

 原則として3泊4日の入院治療で行いますが、日帰り治療も可能です。治療時間は1~2時間、下半身麻酔で実施します。

足を開いて横になる体位で肛門からプローブを入れる

治療の手順

 われわれの施設(東海大学医学部付属八王子病院)でHIFUを行う場合は、原則として3泊4日での入院治療を勧めています。ただし、さまざまな事情でどうしてもという強い希望があれば、日帰り治療をする場合もあります。
 3泊4日の場合は、治療前日に入院、翌日HIFUの照射を行います。そして2日後に退院というスケジュールです。
 一方、日帰りの場合は、当日の朝9時に病院に入り、10時から治療開始、午後5~6時に病院を出るというスケジュールです。
 ここでは3泊4日の入院を前提に、治療の流れを説明します。

●HIFU前の準備

 服用中の薬について注意が必要です。
 心臓や胃腸の薬などは飲んでかまいません。HIFUによる出血はありませんが、血を固まりにくくする薬(抗凝固薬)を服用している場合は麻酔の妨げになることがあるので、治療前の5~7日と治療後3日間は飲まないようにします。
 このほか、ふだん服用している薬があれば、事前に医師に相談するようにします。

治療のしくみ

●治療の進め方

 前夜9時以降は飲食禁止です。胃のなかに食物が残っていると、万一、麻酔や治療中に嘔吐(おうと)したときに、気管に入って肺炎をおこすことがあります。水分や栄養分は点滴で補充します。
 治療の1~3時間前に浣腸(かんちょう)をします。プローブという超音波を発する棒状の器具を肛門から入れるので、プローブの表面に便がついたり、ガスが出たりすると治療の妨げになるからです。
 麻酔は背中から細い針を刺して行う脊椎(せきつい)麻酔です。この麻酔をすると3~4時間、下半身に痛みを感じなくなります。
 治療は治療台にあお向けに寝て、足を広げた体位で行います。肛門にプローブを入れて照射を始め、医師はモニター画面を見て、位置がずれていないか、治療領域の温度が適切か、便やガスがたまって治療の妨げになっていないかなどを、絶えずチェックしながら進めます。全体の照射には1~2時間かかります。  治療が終わるとプローブが肛門から抜かれ、尿道から尿を出すための管(バルーンカテーテル)が挿入されます。
 その後、病室へと戻り、治療後3~4時間で水分をとることができ、夕食は食べることができます。治療当日はベッド上で安静を保ちますが、翌日は歩くことができます。

治療室のセッティング・治療の実際

術後1カ月は禁酒し、しばらく尿道に管が必要

入院から退院まで

 退院後3カ月間は、自転車、オートバイ、乗馬など、前立腺を圧迫するような姿勢をとる行動は避けなければなりません。尿が出なくなったり、直腸に穴があいたりする危険を避けるためです。
 また、術後1カ月間は禁酒が必要です。アルコールを飲むと前立腺が大きくなって尿道を圧迫し、尿が出にくくなります。術後1~3カ月の期間は、アルコールはビール1缶程度にとどめておいてください。
 HIFUでは、熱を加えたために前立腺がふくらみ、前立腺の内側を通っている尿道が圧迫されて、オシッコが出にくくなっています。そこで、一時的にバルーンカテーテルと呼ばれるゴム製の細い管を尿道に挿入して、オシッコを出します。
 この管は術後大体1~2週目に取り外しますが、10人に1人の割合で、自力での排尿ができない人がいます。その場合は、再度、管を入れておいて、2週間ごとに排尿できるかを確かめます。この管を挿入するのがどうしてもイヤだという人には、経皮的(けいひてき)膀胱瘻(ろう)といって、尿道から入れる管を下腹部から直接膀胱のなかに入れる方法や自己導尿といって、尿が出なくなったときに自分で細い管を挿入し、尿を排出する方法もあります。
 また、HIFU直後に、尿道から小指大の太さの内視鏡を入れて、前立腺を切除する、経尿道的前立腺切除術(TURP)を行うこともあります。
 TURPは前立腺肥大症によく用いられる手術法ですが、これを行うと、約半数の方はHIFUの術後1~2日目でカテーテルを抜くことができます。残りの半数の方も1週間以内にカテーテルを抜くことができます。HIFUの合併症である尿道狭窄(きょうさく)症になる割合も、17%から7%に減りました。

治療後の経過は?

 開腹手術に遜色のない成績を上げています。  放射線療法、手術療法後の再発も、HIFUで治療できる場合があります。

低リスク、中リスクの治療成績は良好

HIFUの治療効果

 HIFUの治療成績をリスク分類別に示したのが上図です。治療機器が進歩した2005年以降のデータになります。
 治療後2年以上経過した症例を対象に、PSA非再発生存率をまとめました。この場合、PSA非再発生存率とは、PSA値が2以上高くなっていない状態で生存しているものとしています。これによると、低リスク群では85%、中リスク群では69%、高リスク群では45%でした。
 一般にHIFU治療後、1.5~3カ月の時点でPSA値は最低値となります。その後、1~2年間は少しずつ上昇しますが、やがて上昇は止まります。その後、わずかに変動しますが、4以下にとどまります。

放射線療法後の再発でもHIFUで治療できる

放射線療法後再発に対するHIFUの治療効果

 放射線療法を受けて、いったんPSA値が下がっても、3~10年後に再発する場合があります。被ばくの問題があるので、放射線療法を再び行うことはできません。また、放射線療法で再発した場合は、照射した部分が癒着していることから、手術療法も難しいとされています。
 このような場合、一般的にはホルモン療法が行われます。ただし、ホルモン療法は数年で薬が効かなくなってくることが多いという問題があります。
 放射線療法後の再発に対して、骨やリンパ節に転移がなく、がんが前立腺内にとどまっていれば、HIFUでの治療が可能になります。ただし、放射線療法開始前に、低リスクか中リスクだった場合に限ります。
 これまで放射線治療後の再発を20例以上治療し、低リスク100%、中リスクは86%で効果が得られました。高リスクだった場合は14%の治療効果でした。
 一方、前立腺がんで手術療法を受けた人で、まれに膀胱と尿道をつなげて縫い合わせたところにがんが再発することがあります。骨やリンパ節に転移がなく、生検によって再発したがんがその位置にあると確認された場合には、HIFUで治療できます。これまで4例治療して、2例に効果が認められています。

尿道狭窄症に注意が必要 EDは一部にみられる

機器の改良で合併症の割合も低下

HIFUの基本情報

 HIFUは体への負担が少ない治療法です。治療機器の進歩もあって、合併症の発生は非常に少なくなっていますが、残念ながら合併症がゼロではありません。注意しながら治療を進めるものの、治療効果を優先して照射の範囲を設定せざるをえないため、合併症をゼロにすることは難しいのです。
 HIFUのあと、しばらくして尿道狭窄、精巣(せいそう)上体炎、一時的尿失禁、尿道直腸瘻、性機能障害(勃起(ぼっき)障害=以下ED)などがみられます。
 尿道狭窄とはHIFUで焼いた部分が尿道を狭くして、尿が出にくくなった状態です。これは、ほとんど前立腺手前側の尿道括約筋(かつやくきん)付近でおこりますが、この部分にがんができやすく、治療範囲に含めなければなりません。治療後2カ月ごとの外来受診時に尿流量検査をして、尿道狭窄がないか、1年間定期的にチェックしていきます。
 尿道ブジーという細い湾曲状の金属を尿道に入れて尿の通り道を広げる治療を数回すると、たいていの場合は治ります。それでも治らない場合は、経尿道的前立腺切除術(TURP)などの手術を行います。
 HIFU後、1カ月ほど紙おむつを1日1~3枚程度必要とする一時的な尿失禁もみられます。手術療法に比べて、その割合はきわめて低いといえます。
 EDは術後6カ月の時点で42%、1年の時点で32%、2年の時点で26%の人にみられます。ED治療薬を服用すれば、改善すると考えられる人も含み、手術療法や放射線療法に比べると、ED発生の確率はかなり低いといえます。
 なお治療費についてですが、HIFUは健康保険が適用されません。現在、先進医療を申請していますが、まだ認められていないため、自由診療で実施しています。
 当施設の場合、費用は入院費などを含めて112万円です。ほかの施設では、安いところで80万円、高いところで120万円くらいの価格を設定しているようです。