前立腺がんの治療
前立腺がんのステージ分類やリスク分類による、治療選択と治療法を解説します。
前立腺がんの治療選択
前立腺がんは、限局性と転移性とで初期治療の選択が異なります。限局性の場合、PSA値、がんの悪性度、進展度を総合的に判定するリスク分類により、治療法が決定されます。
病変が前立腺内にとどまっている限局性の患者さんに対しては、監視療法、手術、放射線治療、ホルモン療法などから選択されます。病変が隣接する臓器に広がった限局進行性の患者さんに対しては、手術もしくは放射線治療が選択されます。転移のある患者さんに対しては、ホルモン療法もしくは化学療法が選択されます。

出典:日本泌尿器学会編.”前立腺癌診療ガイドライン2016年.病期別治療アルゴリズムより作成
前立腺がんの監視療法
監視療法は、すぐに治療を開始する必要のない低リスクの患者さんに対し、定期的に検査を行っていくことをいいます。1年に1回程度生検が行われ、治療が必要と判断されれば、治療が開始されます。
監視療法の適応の基準に関して、現在、各国でさまざまな研究が行われています。これらの研究で、監視療養の対象となっているのは、「比較的高齢」「限局性がん」「がんの悪性度が低い(グリソンスコアが6あるいは7程度)」「PSAが比較的低い(10ng/ml以下)」「臨床病期がT1~T2a程度」の患者さんです。
監視療法における経過観察方法は、3~6か月ごとの直腸診とPSA検査、1~3年ごとの前立腺生検です。再生検の結果、グリソンスコアの上昇または陽性コア数の増加、ステージの進行が認められた時が、治療開始の基準となります。
各国の前向き試験による、監視療法の選択基準
研究 (前向き試験) | Japanese ASstudy | PRIAS study | カナダ・トロント大学 | Johns Hopkins大学 |
---|---|---|---|---|
PSA (ng/mL) | 20以下 | 10以下 | 10以下 (70歳を超える場合、15以下) | ― |
PSA濃度 (ng/mL/mL) | ― | 0.2未満 | ― | 0.15未満 |
病期 | pT1c/N0/M0 | pT1cかT2/N0/M0 | pT1cかT2/N0/M0 | pT1c/N0/M0 |
陽性コア数 | 2個以下 | 2個以下 | ― | 2個以下 |
グリソンスコア | 6以下 | 3以上+3=6 (70歳を超える場合、3以上+4=7) | 3以上+3=6 (70歳を超える場合、3以上+4=7) | 3以上+3=6 |
陽性コアへの 浸潤率 | 50%以下 | ― | ― | 50%以下 |
出典:日本泌尿器学会編.”前立腺癌診療ガイドライン2016年.7監視療法より作成
前立腺がんの手術
前立腺と精嚢を全摘する前立腺全摘術は、低リスクから中間リスクの限局性の患者さんに対する根治を目的とした治療法の1つです。侵襲性が高く、術後の合併症に加え、尿失禁や勃起不全などの後遺症の可能性があるため、メリットとデメリットを十分に考慮したうえで行われます。前立腺全摘術は、放射線治療と長期にわたるホルモン療法(過剰治療)の回避や局所コントロールが可能というメリットがあるため、一部の高リスクの患者さんに対しても治療選択として検討されます。手術方法は、開腹手術、腹腔鏡下手術、ロボット支援手術の3つの方法があり、治療効果は同じです。
開腹手術は、下腹部を切開する方法と会陰部を切開する方法があり、医師が病変に触れ確認できることがメリットですが、体への負担は大きい手術です。
腹腔鏡下手術は、数か所を小さく切開し、そこから手術道具を挿入して行われる手術です。道具を使って患部を拡大して見ることで、傷口が小さく出血も少なく済むため、回復が早いのがメリットです。
ロボット支援手術は、腹腔鏡下手術と同様に数か所を小さく切開し手術道具を挿入して行われますが、ロボット器具を使用するため手術器具の可動範囲が広く、狭い空間でより精密な手術が可能になります。
前立腺全摘術の術後には、尿失禁と勃起不全が起こる可能性がありますが、これらは患者さんの生活の質(QOL)を低下させる重要な合併症です。尿失禁の回復率はおよそ60~96%という報告があり、一定の割合で回復せず残りますが、尿道括約筋や神経の温存手術が、回復に有効とされています。また、ロボット支援手術は、開腹手術や腹腔鏡下手術より、術後の尿失禁の可能性が低いという報告や、術前から骨盤底筋体操を行うことで早期回復に有効という報告もあります。重度の尿失禁患者さんに対しては、人工尿道括約筋植込み術による治療が行われる場合もあります。
勃起不全は前立腺全摘術の直後から発症し徐々に回復していきますが、回復する患者さんは約6割弱であると示した欧米の報告があります。日本の報告では、術後5年後に完全回復している患者さんは32%でした。術前に勃起能があり、リスクが低い患者さんでは神経血管束(NVB)を温存するNVB温存手術が考慮されます。ロボット支援手術は、開腹手術や腹腔鏡下手術より、術後に勃起不全を起こしにくい可能性があるとする報告もあります。また、NVB温存手術後に、組織保護作用がある「PDE5阻害薬」を用いることが有効と、科学的根拠に基づいて示されていますが、投与方法など細かいことに関しては、まだ明らかになっていません。

前立腺全摘術では、前立腺と精嚢、前立腺部分の尿道を切除したあと、尿道と膀胱をつなぎます
前立腺がんの放射線治療
放射線治療には、体の外側から放射線を照射する外照射と放射線を放出する物質を体内に入れ、内側から照射する内照射の2つの方法があります。いずれの方法も、放射線をがん細胞に照射することでがん細胞を攻撃しますが、周辺の正常な細胞にもダメージを与えるため副作用が起こることがあります。
外照射
外照射の種類
外照射による放射線治療は、技術の進歩により3次元原体照射(3D-CRT)、強度変調放射線治療(IMRT)、強度変調回転放射線治療(VMAT)、体幹部定位放射線療法(SBRT)など新たな治療法が開発されています。これらの治療に使われる放射線はX線ですが、炭素イオンを使用した重粒子線治療、水素の原子核(陽子)を使用した陽子線治療も放射線治療の1つです。
3D-CRTは、多方面方から3次元的に病変に放射線を照射する治療法です。IMRTやVMAT は、CT画像の情報を元に病変だけを狙い、周辺の正常組織になるべく放射線が当たらないように開発された治療法です。SBRTは、IMRTやVMATの技術により、いろいろな方向からピンポイントで照射することで1回の照射量を多くし、照射回数を少なくした治療法です。
重粒子線治療と陽子線治療は、放射線のエネルギーが到達する深さを調節することができるため、狙った部分に照射することができます。そのため、周辺の正常組織へのダメージが少なく、体への負担や副作用が少ないと考えられています。
放射線治療とホルモン療法の併用
放射線治療は、リスク分類に応じてホルモン療法と併用して行われます。低リスクの患者さんに対しては、治療効果は手術と同等のためホルモン療法の併用は推奨されません。中間リスクの患者さんに対しては、放射線治療前に4~6か月程度のホルモン療法が推奨され、高リスク患者さんに対しては、放射線治療後3年程度のホルモン療法が推奨されています。
放射線治療の副作用と対策
放射線治療は、照射線量の増加により治療効果は高くなりますが、副作用の発生リスクも高くなります。3か月以内に起こる急性副作用とそれ以降に起こる晩期副作用があり、主な副作用は、消化管障害、尿路障害、性機能障害です。
消化管障害のリスク因子は、高齢、直腸の容積が大きい、腹部手術の既往歴、糖尿病、痔、炎症性腸疾患の合併などです。一般的な治療が困難な直腸炎が起こった場合は高圧酸素療法※1、直腸出血ではアルゴンプラズマ止血術※2が考慮されます。
尿路障害は、起こってもおおよそ1年程度で解消され、2年後には治療前の状態に戻るとされています。外照射では、内照射の小線源療法と比べ発生頻度は低く、尿失禁やほかの重篤な尿路障害はまれです。治療前の尿路障害、経尿道的前立腺切除術、経尿道的膀胱腫瘍切除術の既往はリスク因子と考えられています。重症の放射性膀胱炎が起こった場合は、高圧酸素療法が考慮されます。
放射線治療による性機能障害は、前立腺全摘術とは異なり治療後すぐに起こりません。年齢、ホルモン療法の有無、治療前の勃起機能が重要な予測因子で、糖尿病はリスク因子と考えられています。血管が障害されたことで起こる勃起機能障害には、血栓を予防するPDE阻害薬が有効な可能性があります。
※1高圧酸素療法:通常の大気圧より高い気圧環境で、酸素を吸入することにより病態の改善を図る治療。
※2アルゴンプラズマ止血術:高周波電流をアルゴンガスとともに流し熱で表面を焼くことで止血する方法。
内照射
放射線の線源を体内に入れ照射する小線源療法には、低線量率ヨウ素125シード線源の「永久挿入密封小線源療法」と高線量率イリジウム192線源の「高線量率組織内照射」の2つがあります。
永久挿入密封小線源療法は、線源を永久的に前立腺内に留置する放射線療法です。低リスク患者さんでは、前立腺全摘術や外照射による放射線治療と効果は同等とされています。中間リスクや高リスクの患者さんに対しては、外照射やホルモン療法と併用することで有効とされ、特に高リスクの患者さんでは、この3つの治療法を併用することで良好な治療効果が期待されていますが、対象となる患者さんの明確な基準はありません。また、永久挿入密封小線源療法は、排尿障害や性機能障害のリスクが前立腺全摘術より低く、外照射と同等です。
高線量率組織内照射は、前立腺内に十数本の針を刺入し,遠隔操作式後充填装置を使いコンピュータで制御することでイリジウム192線源を前立腺内に短時間挿入して照射を行う治療法です。

前立腺がんのホルモン療法
前立腺がんは、精巣や副腎から分泌される男性ホルモン(アンドロゲン)の刺激により進行します。ホルモン療法は、薬剤で男性ホルモンを抑制し、がんの増殖を抑える治療です。
精巣は脳の下垂体から放出される黄体形成ホルモン(LH)の刺激を受け、男性ホルモンを放出します。下垂体は脳の視床下部から放出される黄体形成ホルモン放出ホルモン(LH-RH)が受容体と結合することでLHの分泌を刺激します。前立腺がんのホルモン療法では、LHを抑制するLH-RHアゴニストやLHとその受容体との結合を抑制するLH-RHアンタゴニストが使用されます。
また、男性ホルモンが前立腺の受容体(アンドロゲン受容体:AR)と結合することでがん細胞が刺激され増殖するため、男性ホルモンと受容体の結合を阻害する抗アンドロゲン薬による治療も行われます。
これらのホルモン療法を併用するCAB療法(MAB療法)は、単独療法より有効性が高く、副作用やQOLも同等もしくは許容される範囲なため、転移のない局所性または局所進行性の患者さんの一次療法として推奨されています。転移のある患者さんに対する一次治療として、CAB療法は標準治療とみなされていますが、単独療法と比べた場合の優位性はまだあきらかになっていません。
ホルモン療法は前立腺以外の臓器に対する男性ホルモンの正常な作用を妨げるため、さまざまな副作用が起こる可能性があります。代表的な副作用は、骨密度の低下による骨折、性機能障害、ホットフラッシュ、疲労、心血管疾患などです。糖や脂質代謝異常、体脂肪増加などの代謝異常の発症リスクも高くなるため、定期的な検査が行われます。
前立腺がんの化学療法
転移性の前立腺がんは、初回ホルモン療法にドセタキセルによる化学療法の併用が検討されます。欧米のガイドラインでは、初回ホルモン療法にドセタキセル6コースの併用が推奨されていますが、対象となる患者さんの基準はまだはっきりとしていません。現在、ドセタキセルは前立腺がんに対する効能・効果でも保険適用されていますが、「前立腺がんでは本剤は外科的または内科的去勢術を行い、進行または再発が確認された患者を対象とすること」という注意書きあり、治療選択は副作用を含めた配慮のうえで行われます。
前立腺がんのフォーカルセラピー
フォーカルセラピーは、いろいろな治療法を組み合わせて、できるだけ体に負担がかからないように、できるだけ前立腺内にある病変のみに対して行う治療法です。病変が残る可能性があるため、誰にでも行える治療ではありません。生検や画像診断で、低リスクの限局性前立腺がんと診断され、前立腺内のがんの位置が正確にわかっている患者さんには行っても良いとされていますが、明確な基準もなく、十分な根拠もまだありません。
参考文献:日本泌尿器学会編.”前立腺癌診療ガイドライン2016年“.メディカルレビュー社.2016.