頭頸部がんの診断と標準治療、QOLを重視した治療と注目の治療とは
2022.9 取材・文:がん+編集部
頭頸部がんは、頭蓋底部から鎖骨上部までに発生するがんの総称です。頭頸部領域には、口腔、咽頭、喉頭、鼻・副鼻腔、聴器など日常生活に直結する機能が集約されており、がんの根治とともに摂食や会話機能をはじめ、容貌や感覚などを温存する治療が求められています。国立がん研究センター東病院副院長で、頭頸部外科の診療に長年携わって来られている林隆一先生に、頭頸部がんの診断と標準治療、生活の質(QOL)を重視した治療、注目されている治療について解説していただきます。
頭頸部がんの診断とステージ分類
頭頸部がんとして、口唇・口腔がん(舌がん、口腔底がん、歯肉がんなど)、喉頭がん、咽頭がん(上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん)、鼻・副鼻腔がん(鼻腔がん、上顎洞がんなど)、唾液腺がん(耳下腺がん、顎下腺がんなど)、甲状腺がんなどが挙げられます。頭頸部がんの検査や診断は、がんが出来た部位や進行度によって、さまざまな方法で行われます。
診断ではまず、問診、視診、触診が行われ、その後、原発部位に応じた検査法が選択されます。「鼻咽腔・喉頭内視鏡検査」「CT検査」「MRI検査」「パノラマX線検査」「下咽頭食道造影検査」「超音波検査」など必要な検査が行われます。多重がんのスクリーニングのための「上部消化管内視鏡検査」も必要です。組織診・細胞診を行い確定診断が行われます。特に、上咽頭がんや頭蓋内への進展が疑われる頭頸部がんに対してはMRI検査が必要です。口腔がんでは、しばしば歯の治療のために、CT検査では評価できない場合があります。その際にはMRI検査を行います。遠隔転移の診断でPET検査を行うこともあります。また、中咽頭がんではp16陽性か否かを調べることが必要です。
頭頸部がんのステージ分類は、原発腫瘍の大きさや浸潤の程度(T分類)、リンパ節への転移(N分類)、遠隔部位への転移(M分類)で決定されます。
- T:原発腫瘍の大きさや浸潤の程度
- N:リンパ節への転移
- M:遠隔部位への転移
ステージは0~4に分類され、ステージ4はさらにA~Cに分類されます。
頭頸部がんのステージ分類
N0 | N1 | N2 | N3a/b | M1 | |
---|---|---|---|---|---|
Tis | 0 | ||||
T1 | 1 | 3 | 4A | 4B | 4C |
T2 | 2 | 3 | 4A | 4B | 4C |
T3 | 3 | 3 | 4A | 4B | 4C |
T4a | 4A | 4A | 4A | 4B | 4C |
T4b | 4B | 4B | 4B | 4B | 4C |
上咽頭がん、p16陽性中咽頭がん、甲状腺がんなどは、上記とは異なる方法で分類されます。例えば、中咽頭がんの場合は、がんの原因の1つとなるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染に関連する「p16」というタンパク質が検出されるかどうかにより、ステージ分類が異なります。p16陽性中咽頭がんは、p16陰性中咽頭がんと比べて予後が良いことがわかったため、現在は従来の分類よりダウンステージングされ、0~4の5段階に分類されるようになりました。
p16陽性中咽頭がんのステージ分類
N0 | N1 | N2 | N3 | M1 | |
---|---|---|---|---|---|
Tis | 0 | ||||
T1 | 1 | 1 | 2 | 3 | 4 |
T2 | 1 | 1 | 2 | 3 | 4 |
T3 | 2 | 2 | 2 | 3 | 4 |
T4 | 3 | 3 | 3 | 3 | 4 |
頭頸部がんの特徴
頭頸部がんの特徴として、リンパ節転移を好発することが挙げられます。初診時の遠隔転移は比較的まれですが、遠隔転移の中では肺転移が多く、骨や肝臓へ転移する場合もあります。また、頭頸部がんでは、頭頸部、食道、肺、胃などにも同時にがんが発生することが多く見られますが(多重がん)、これは頭頸部原発のがんが遠隔転移したものとは異なります。多重がんが認められた場合は、それぞれ別のがんとして診断され、それぞれの進行度に応じたステージ分類がなされます。
頭頸部がんの標準治療
頭頸部がんでは、各部位とそのステージに応じた治療が選択されます。
口腔がん
頭頸部がんの中では口腔がんが最も頻度が高く、口腔がんの中では舌がんがその多くを占めます。口腔がんの治療は手術が中心で、がんの広がりにより切除範囲が決定されます。たとえば舌がんで病変が舌の一部である場合は、その部分を切除する「舌部分切除術」、比較的病変が大きい場合は、病変がある側の舌半分を切除する「舌半側切除術」、さらに病変が大きい場合は、舌全体を切除する「舌(亜)全摘出術」が選択されます。手術後は、病理結果によって化学放射線治療などの術後補助療法が行われることがあります。
鼻・副鼻腔がん
鼻・副鼻腔がんの中では、最も多いものは上顎洞(じょうがくどう)がんです。上顎洞がんの治療の基本は、手術と化学療法、放射線治療を併用した集学的治療です。顔面骨の切除を伴う場合もあるので、機能面と同時に整容面にも配慮した治療が行われます。抗がん剤の選択的な動脈注射と放射線治療を併用する治療も広く行われています。
上咽頭がん
上咽頭がんは手術が困難な部位であること、放射線感受性の高い腫瘍が多いことから放射線治療が優先されます。薬物療法と放射線治療を併用する化学放射線治療が選択されることもあります。薬物療法で一般的に使用される薬剤はシスプラチンになります。
中咽頭がん
中咽頭がんの治療においては進行度に応じて手術、放射線治療、化学放射線治療を選択することになり、標準治療はまだ確立されていません。治療は、「食事を飲み込む」「声を出す」といった機能を温存することを考慮し治療の選択がなされます。ヒトパピローマウイルス(HPV)が関連する中咽頭がんでは非関連のがんに比べて放射線や化学療法感受性が高いことがわかっています。
最大径が2cm以下の「T1」など、腫瘍径の小さい中咽頭がんでは、口から切除する経口腔的手術で根治できる患者さんも多く、術後の機能障害も少なくすみます。
手術後は、病理結果によって化学放射線治療などの術後補助療法が行われることがあります。
下咽頭がん
早期の下咽頭がんでは、根治を目指した放射線治療・化学放射線治療あるいは喉頭温存手術が行われます。がんが進行している場合は喉頭を摘出する手術が必要となりますが、QOLを保つため喉頭温存手術や化学放射線治療が検討されることがあります。表在性の腫瘍や早期の下咽頭がんに対しては経口的手術で機能を温存して治療できます。
手術後は、病理結果によって化学放射線治療などの術後補助療法が行われることがあります。
喉頭がん
早期の喉頭がんでは、放射線治療あるいはレーザー手術などの喉頭温存治療が行われます。がんが進行している場合は、化学放射線治療ないしは喉頭全摘手術が行われます。喉頭がんで放射線治療後に再発した場合には喉頭部分切除という喉頭機能を温存した手術も行われます。頸部の皮膚を用いて声帯を再建するので元の声に戻るわけではありませんが、コミュニケーションをとるために必要な会話はできるようになります。
手術後は、病理結果によって化学放射線治療などの術後補助療法が行われることがあります。
QOLを保つ治療とその重要性
頭頸部領域には日常生活に欠かせない機能が多くあります。このような機能を保持しながらがんを治療しなければなりません。しかし、QOLの保持とがんの根治が必ずしも両立するわけではありません。とくに手術を行うか化学放射線治療を選択するかについてはそれぞれのがんの部位や進行度によって一概には決められません。治療の効果や治療後の機能について担当の先生とよく話し合って判断することが必要です。
「QOLを保つ治療=手術をしない」というわけではありません。手術でがんを根治し機能を温存できる場合には手術が優先されることもあります。頭頸部がんでは同じ頭頸部領域や食道に多重がんを多く発生するため、その後の治療を考慮して治療選択を行うことも重要になります。放射線治療は、何度も同じ部位に実施できないため、手術で十分な治療効果が期待でき、機能保持も可能な場合には手術を優先するとういう選択もあります。
進行がんでは一般的に手術となりますが、広範囲の切除後には遊離組織移植という再建手術が行われることがあります。この技術によって進行がんでも機能保持が可能となり、また手術侵襲も少なくすることができるようになりました。例えば、舌がんの手術で舌の半分以上を切除すると、食べ物を飲み込む嚥下機能に影響が出ます。嚥下機能が落ちると誤嚥につながり、誤嚥性肺炎の原因となります。容量のある組織を移植することが嚥下機能の保持につながります。下歯肉がんや鼻副鼻腔がんでは、骨の切除も行われるため骨移植を含めた再建手術により機能や整容面の保持を行います。進行した下咽頭がんでは喉頭と咽頭の切除が必要となりますが、小腸を移植する(遊離空腸移植)ことで1期的な(切除手術とともに)再建が可能となりました。
頭頸部がんで注目される治療
プロフィール
林隆一(はやしりゅういち)
1985年 慶應義塾大学医学部形成外科学教室 入局・同研修医
1991年 慶應義塾大学医学部形成外科学教室 助手
1992年 国立がん研究センター東病院 頭頸部外科医員
1997年 国立がん研究センター東病院 病棟医長
2007年 国立がん研究センター東病院 手術部長
2008年 国立がん研究センター東病院 外来部長
2011年 国立がん研究センター東病院 副院長(診療・経営)、頭頸部外科科長
2019年 国立がん研究センター東病院 副院長