脳腫瘍の悪性度に応じた治療選択―標準治療と注目の治療―

2022.9 取材・文:がん+編集部

脳腫瘍とは頭蓋内に発生する腫瘍の総称で、150種類以上に分類される希少がんです。他のがんのように、がんの大きさやリンパ節転移、遠隔転移によるTNM分類ではなく、組織型や遺伝子診断に基づく悪性度(グレード)で分類され、治療方針が決められます。国立がん研究センター中央病院脳脊髄腫瘍科長で、脳腫瘍の診療に長年携わっておられる成田善孝先生に、脳腫瘍の診断と標準治療、注目されている治療について解説していただきます。

脳腫瘍とは

 脳腫瘍とは頭蓋内に発生する腫瘍の総称です。脳実質に発生する腫瘍、および、髄膜、脳神経、下垂体由来の腫瘍があり、良性と悪性(がん)に分類されます。良性は、他の部位に転移することがなく、成長の速度がゆるやかで、周囲の脳との境界が比較的はっきりしています。悪性は、周囲組織との境界が不明瞭で、成長の速度が速く、手術での完全摘出が困難です。多くの場合では、手術の後に放射線治療や抗がん剤による薬物療法が行われます。

種類や発生頻度

 原発性脳腫瘍の発生頻度は1年間に10万人あたり約20人といわれています。細かく分類すると150種類以上になる希少がんです。このうち悪性腫瘍は約25%、良性腫瘍は約75%です。主な脳腫瘍の発生頻度は、髄膜腫35%、神経膠腫16%、下垂体腺腫16%、神経鞘腫9% 、悪性リンパ腫4%です。

悪性度(グレード)分類

 脳腫瘍の悪性度は、手術で摘出した腫瘍組織を調べ、組織型基づき、1~4のグレードで分類されます。グレード1は良性、グレード2~4が悪性です。グレードは、治療をしない場合の、腫瘍の増大や進行、予後の目安となります。

 例えば、神経膠腫(グリオーマ)は2つの組織系と4つのグレードに分類されます。神経膠腫は、神経膠細胞(グリア細胞とも呼ばれます)から発生する脳腫瘍です。神経膠細胞とは、神経細胞を支えたり、栄養の供給を行ったりする役割を持つ細胞です。神経膠腫はさらに、大きく「乏突起膠腫」と「星細胞腫」に分類されます。「乏突起膠腫」はグレード2と3、「星細胞腫」は1~4のグレードに分類されます。

神経膠腫の組織型と悪性度

星細胞腫系乏突起膠腫系腫瘍
乏突起膠腫混合性神経膠腫
グレード1毛様状星細胞腫
グレード2びまん性星細胞腫乏突起膠腫乏突起星細胞腫
グレード3退形成性星細胞腫退形成性乏突起膠腫退形成性乏突起星細胞腫
グレード4膠芽腫

 膠芽腫は、神経膠腫のうち最も悪性度の高いグレード4の脳腫瘍です。そのほかの悪性脳腫瘍には、高齢者に多い中枢神経系悪性リンパ腫や、小児に多い胚細胞腫瘍、髄芽腫、などがあります。

 最近悪性脳腫瘍の分類は腫瘍組織の遺伝子型によって分類されるようになってきたので、診断名については主治医によく確認することが大切です。

脳腫瘍の検査と診断

 脳腫瘍は、腫瘍が発生した部位により症状が異なります。主な症状は、頭痛、めまい、ふらつき、手足の麻痺などです。脳腫瘍の疑いがある場合は、症状の経過を確かめる「問診」、脳のどこに腫瘍があるかを推定する「神経学的検査」、腫瘍の位置や大きさを調べる「画像検査(CT、MRI)」が行われます。CTやMRI検査では、はっきりと病巣を調べるために造影剤を使うことで、腫瘍の広がりや悪性度を推定することができます。また、血管と腫瘍の関係を調べる脳血管造影検査が行われることもあります。

 脳腫瘍と確定するために、手術により摘出した組織を調べる病理組織検査が行われます。この病理組織検査は、治療方針を決定するために手術中に行われます。そのため、迅速に病理診断が行える施設で手術を受けることが重要です。

 検査の結果、すぐに治療の必要がないと診断された場合は、定期的なMRI検査による経過観察となります。治療の必要があると診断された場合は、手術可能かどうかが判定されます。

 手術可能と判定された良性腫瘍の場合は手術が行われ、完全切除できれば経過観察となります。完全に切除できなかった場合は、術後治療として放射線治療や薬物療法が行われます。手術可能な悪性脳腫瘍の場合は、手術と、術後治療として放射線治療や薬物療法が行われます。手術ができないと診断された場合は、放射線治療、薬物療法が行われます。

脳腫瘍の悪性度に応じた標準治療

 脳腫瘍の治療は、悪性度や患者さんの病態に応じて、手術、放射線治療、薬物療法の3つから選択されます。

 例えば、同じ神経膠腫でもグレード2の「星細胞腫」や「乏突起膠腫」に対しては、手術または「手術+化学療法」「手術+放射線治療」が行われますが、グレード3の「退形成性星細胞腫」「退形成性乏突起膠腫」、グレード4の「膠芽腫」に対しては、「手術+放射線治療+テモゾロミド」による治療が行われます。

手術

 脳腫瘍の手術では、機能を温存しながら最大限の腫瘍摘出を目指します。脳腫瘍の手術では、CTやMRI画像をもとに腫瘍の形や広がりを、頭の中で立体的にイメージして行われていました。近年、「ニューロナビゲーションシステム」という技術が開発され、手術中に腫瘍の立体的な位置や周囲の脳組織との位置関係を、実際に3次元的画像として確認できるようになりました。

 また、蛍光標識した「5アミノレブリン酸(5-ALA)」を用いた手術も行われています。5-ALAを術前に投与し、手術中に半導体レーザー光を照射することで腫瘍細胞だけが赤く発光するため、腫瘍の取り残しが確認できます。腫瘍が切除できているかを手術中にMRIで確認する方法「術中MRI」も行われますが、現在国内で実施できるのは約30施設です。

 さらに、覚醒下での手術も行われています。この手術方法では、全身麻酔で開頭し腫瘍が露出できた後に麻酔を切り、患者さんを覚醒状態に戻します。脳自体には、痛みを感じる器官がないため、麻酔をかけずに覚醒した状態で手術をしても、痛みを感じることはありません。患者さんと会話をしながら、患者さんの神経症状(失語や麻痺)を確認し、脳波のモニタリングで神経機能をチェックすることで、機能を温存しながら可能な限り腫瘍を切除するという手術です。この覚醒下手術の技術認定された施設は、国内に約30か所あります。

 機能を温存するために取り切れなかった腫瘍に対して、PDT光線力学療法という治療法が行われることもあります。この治療法は、腫瘍や新生血管に集まる光感受性物質を投与した後、腫瘍にレーザー光を照射することで光感受性物質が化学反応を起こし、がん細胞を破壊する治療法です。

放射線治療

 脳腫瘍に対する放射線治療では、腫瘍の性質に合った照射法が選択されます。切除できないまたは、切除後に残存病変がある悪性脳腫瘍に対しては、局所照射が行われます。悪性脳腫瘍では、正常組織と腫瘍の境界がはっきりしないため、腫瘍を中心に周囲の正常組織を含めた照射が行われます。

 3cm未満の小さな脳腫瘍や頭蓋底の良性腫瘍(髄膜腫や聴神経腫瘍)に対しては、ガンマナイフやサイバーナイフなど定位放射線治療が行われます。ガンマナイフはγ線、サイバーナイフはX線が、ミリ単位の正確さで照射可能です。

 中枢神経系原発悪性リンパ腫に対しては、化学療法後に全脳照射による放射線治療が行われます。

薬物療法

 悪性脳腫瘍に対する薬物療法は、腫瘍の種類や患者さんの病態に応じて、細胞傷害性抗がん剤や分子標的薬が選択されます。

 悪性神経膠腫に対しては、テモゾロミドやベバシズマブ、髄芽腫や胚細胞腫に対しては、カルボプラチン・シスプラチン・エトポシド・イフォマイド、中枢神経系原発悪性リンパ腫に対しては、リツキシマブ・メソトレキセートなどが使用されます。

脳腫瘍で注目される治療

遺伝子変異に基づく診断や治療を行う「がんゲノム医療」

 がんの原因となる遺伝子変異に基づき、診断や治療を行う「がんゲノム医療」も注目されています。2016年に改訂された世界保健機構(WHO)による脳腫瘍の分類基準では、診断の際に遺伝学的検査が必須となりましたが、日本では現在、腫瘍組織の遺伝学的検査は保険適用で行うことはできません。

 しかし、治療選択を目的としたがん遺伝子パネル検査が、2019年6月から、「治癒切除不能/再発の、標準治療がない、標準治療が終了している、もしくは終了が見込まれる固形がん」に対し、保険適用となりました。脳腫瘍もこの条件に合えば、がん遺伝子パネル検査を保険診療として受けることができます。

 現状、治療につながる遺伝子異常が見つかる確率は10%程度で、必ず遺伝子異常に応じた治療薬があるとは限りませんが、保険適用外の治療法として治験などに参加することができる可能性もあります。

「放射線治療+テモゾロミド+メトホルミン」併用療法

 また、膠芽腫に対する注目の治療として、「放射線治療+テモゾロミド+メトホルミン」併用療法があります。この治療法は、がんの再発や転移を抑え、がんの「治癒」を目指した開発が進められています。

 がん細胞には、「がん幹細胞」と「非がん幹細胞」があります。がん幹細胞は腫瘍中にわずかに存在し、腫瘍を形成する能力があります。非がん幹細胞は、がん幹細胞が分化することで生じ、がん幹細胞に戻ることはありません。つまり、がん幹細胞を消失させられれば、治療後、再発や転移をすることなく治癒が期待できます。しかし、がん幹細胞は、放射線治療や薬物療法に対して耐性があるため、がん幹細胞をターゲットした治療が重要です。

 糖尿病治療薬であるメトホルミンは、肝臓が糖を放出するのを抑制することで血糖値を下げる薬剤ですが、がん幹細胞を非がん幹細胞へと分化させる効果があることがわかっています。しかし、メトホルミンは、非がん幹細胞に対する抑制効果は弱いため、他の非がん幹細胞をターゲットする治療法と併用することが鍵となります。

 国立がん研究センター中央病院で、「がん幹細胞を標的とした初発膠芽腫の放射線+テモゾロミド+メトホルミン併用療法の第1/2相臨床試験」が、2021年3月から先進医療Bとして行われ、その安全性が示されました。2022年6月からは有効性を検証するための第2相臨床試験が、国立がん研究センター中央病院など5施設で開始されています。第2相試験で、期待した有効性が示されれば、メトホルミンの上乗せ効果があるかどうかを検証するために、第3相試験が行われる予定です。さらに、膠芽腫に対して、メトホルミンの有効性が示されれば、 がん幹細胞を標的とした治療法を初めて確立できる可能性があり、その他のがんへの応用も期待されます。

悪性神経膠腫に対するテセルパツレブ(G47Δ)

 悪性神経膠腫に対するテセルパツレブ(G47Δ)も、注目される治療の1つです。テセルパツレブは、単純ヘルペスウイルス1型の、3つのウイルス遺伝子を人工的に改変してつくられた第3世代の治療用ウイルスです。2021年6月に悪性神経膠腫に対する効能・効果で承認されました。

 テセルパツレブは、がん細胞でのみ増殖し正常細胞では増殖しないように改変されています。テセルパツレブが、がん細胞で増殖する過程でがん細胞だけを死滅させ、さらに増殖したウイルスは周囲にあるがん細胞に感染し、次々にがん細胞を破壊します。また、がん細胞を破壊する過程で、がん細胞を攻撃する免疫を刺激することから、投与部位から離れたところにあるがん細胞にも効果が期待されています。

 神経膠腫の予後を改善するためには、手術やその他の治療を病態に応じて適切かつ迅速に行うことが重要です。膠芽腫のように治療が困難な脳腫瘍もありますが、新たな治療法が開発されてきています。がんゲノム医療が進めば、新しい治療薬が開発される可能性もあります。病気を克服するためには、1人で悩まず、医療スタッフ、ご家族、友人、職場の同僚などと力を合わせることが大切です。病気を治療することを一番に考え、目標をもって治療に臨んでください。

プロフィール
成田 善孝(なりた よしたか)

1991年 東京大学医学部 卒業
1991年 東京大学医学部付属病院 脳神経外科研修医
1992年 亀田総合病院脳神経外科
1994年 東京都立墨東病院脳神経外科
1996年 東京大学医学部附属病院脳神経外科 医員
1999年 Ludwig lnstitute for Cancer Research in San Diego 研究員
2001年 東京大学大学院医学系研究科 博士課程修了
2002年 東京大学医学部附属病院脳神経外科 助手
2006年 国立がんセンター中央病院脳神経外科 医長
2014年 国立がん研究センター中央病院 脳脊髄腫瘍科科長