【連載6:免疫とがん】キムリアの登場、CAR-T療法(キメラ抗原受容体発現T細胞療法)が米国で承認に

提供元:P5株式会社


2017年、8月、「キムリア」という名前の抗がん剤が、急性リンパ性白血病の治療薬として米国で承認されました。

スイスの大手製薬企業、ノバルティス社が開発したキムリアは、従来の抗がん剤とは全く異なる性質を備えている医薬品です。

生きた細胞から成る抗がん剤

抗がん剤に限らず医薬品の有効成分は通常、ある特定の化学物質で構成されています。
しかし、キムリアの場合、その有効成分は化学物質ではなく、生きた細胞なのです。

血液の中には、体内に存在する異物を攻撃、排除する役割を持つ免疫細胞が含まれています。

免疫細胞にはいくつかの種類がありますが、そのうちT細胞と呼ばれる免疫細胞が、キムリアの有効成分なのです。

では、キムリアはどのように製造されるのでしょうか。
キムリアの原料となるのは、患者自身の血液です。
キムリアの投与を受けたい患者さんはまず、医療機関で血液を採取してもらいます。
その血液はノバルティス社の「細胞加工施設(CPC)」と呼ばれる場所に送られます。
CPCでは血液からT細胞だけを分離し増殖させると共に、がん細胞を攻撃する能力を高めるための加工を施します。
CPCで製造されたキムリアは医療機関に戻され、患者さんに投与されます。

T細胞を加工する過程の中で最も重要なのが、「遺伝子の導入」です。

キムリアでは、キメラ抗原受容体(CAR)と呼ばれる遺伝子を導入しています。
CARはがん細胞を探索するレーダーのような機能を持っています。
つまりキムリアは、人工的に遺伝子を変異させて免疫能力を増強したT細胞というわけです。
CAR遺伝子を導入しているため、キムリアはCAR-T療法とも呼ばれています。

83%の患者さんで白血病細胞が消失

ではキムリアにはどの程度の有効性が期待できるのでしょうか。

急性リンパ性白血病の患者さん68人が参加したELIANA試験という臨床試験の結果が公表されています。
68人のうち有効性が評価できたのは63人ですが、このうち52人(83%)の患者さんで、キムリア投与後3カ月以内にがん細胞が消失しています。
この治療成績は、従来の治療法と比較して極めて高いものです(注:がん細胞がいったん消失することは、必ずしもがんの完治を意味するものではありません。がん細胞が検出限界以下に減っても、再び増殖することは珍しくありません)。

ノバルティス社は日本でも、キムリアの開発を進めています。
ノバルティス日本法人の開発責任者社長は7月の記者会見で、「国際的な臨床試験には日本人も参加している。承認申請の時期について、日本の規制当局と交渉しているところ。できるだけ早期に、日本の患者さんにキムリアを届けたい」と発言しています。

日本企業も開発を進める

CAR-T療法については、様々な臨床試験で高い有効性を示唆する結果が得られており、多くの企業がその実用化にしのぎを削っています。
日本企業でCAR-T療法開発において先行しているのは、ベンチャー企業のタカラバイオです。
今年春にCAR-T療法の臨床試験を開始しました。
2020年度中の承認取得を目指しています。
第一三共は今年1月、米カイトファーマ社が開発中のCAR-T療法に関する技術を導入し、日本での実用化を目指すことを発表しています。
また、国内最大手の製薬企業の武田薬品工業も9月に、山口大学発のベンチャー企業であるノイルイミューン・バイオテックと提携し、CAR-T療法の開発に参入すると発表しました。

1回の治療に5000万円以上

さて、ノバルティス社はキムリアの価格を1回の治療あたり47万5000ドル(約5200万円)という極めて高い水準に設定するとしています。
なぜ、これほどの高価格になってしまうのでしょうか。
その理由の1つは、製造コストがかさむからだとみられています。

さきほど、キムリアの原材料は患者自身の血液だと書きました。
ということは、ある患者さんのために製造したキムリアを、別の患者さんには使えないことを意味します。
通常の医薬品では、工場で大量生産した同一の製品を全ての患者さんが服用しています。
これに対してキムリアでは、患者さんごとにオーダーメイドで製造しているため、通常の医薬品と比較して製造コストが高くなるのは仕方がない面があります。

とはいうものの、1回の治療に5000万円以上というのは、さすがに高すぎるという批判が出てくることが予想されました。
そこでノバルティス社は、これまでにない価格制度を導入しました。
それが、成功報酬型の価格制度です。
キムリアを使用した患者さんに効果があった場合だけ、料金を請求するという仕組みです。
ノバルティス社は日本でキムリアが承認された場合も、この制度を導入する方針です。