肝臓がんの「腹腔鏡下肝切除」対象となるのは?治療効果・合併症のリスクは?
- 金子弘真(かねこ・ひろのり)先生
- 東邦大学医療センター大森病院 一般・消化器外科主任教授
1952年東京生まれ。76年東邦大学医学部卒業。同大医療センター大森病院にて研修。87年からアメリカに留学し、コネチカット州立大学ハートフォード病院などで学ぶ。89年帰国。94年東邦大学医学部外科学第2講座助教授、現職に至る。日本外科学会代議員、日本消化器外科学会評議員、日本肝胆膵学会評議員、日本内視鏡外科学会評議員、海外外科学会編集委員。
本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。
小さな傷で体に負担をかけない腹腔鏡を用いる
腹腔鏡(ふくくうきょう)とは内視鏡の一種で、おなかの中を治療するときに用いる小型カメラのことです。この腹腔鏡を用いて手術を行うことを腹腔鏡下手術といい、肝切除をする場合は、「腹腔鏡下肝切除」と呼びます。普通の手術のようにおなかを大きく切ることなく、腹腔鏡や腹腔鏡用の鉗子(かんし)などの手術器具を入れるための小さな傷を、数カ所作るだけなので、患者さんの体に優しく、痛みなど術後の負担が軽いのが特徴です。
筋肉を切らないので痛みが少なく入院期間が短い
腹腔鏡下肝切除では、4~5カ所、直径5~10mmの切開を加え、がんを取り出す際にへそや恥骨(ちこつ)上部を小切開するだけなので、小さな傷で済みます。腹部の筋肉を切離することもほとんどないため、痛みも少なく、回復も早くなります。
当院での開腹肝切除の入院期間は平均17日ですが、腹腔鏡下肝切除では術後8日と、開腹肝切除の半分以下で済みます。また患者さんがベッドから起きて、自由に歩いたりできるようになるまでの時間も短く、食事の開始も翌日がほとんどで、術後の回復が早いのが特徴です。
さらに、この手術では内臓を空気にさらすことがないので、癒着(ゆちゃく)(臓器や組織がくっついてしまうこと)も予防できます。これは肝臓がんの患者さんにとっては、大きなメリットです。というのも、肝臓がんは再発しやすいという特徴があります。再発しても可能なら再手術をするわけですが、そのときに癒着が少ないと、治療がやりやすいのです。これは手術する外科医だけの問題ではなく、治療時間の短縮などにもかかわってきますので、結果的に患者さんの回復の早さにもつながります。
外側区域や肝臓の表面にできたがんが対象
肝切除にはさまざまな術式がありますが、現在、腹腔鏡下肝切除は、部分切除と外側区域切除が健康保険で認められています。
部分切除はがんの部位だけを取り除く手術です。肝臓の下の部分(クイノー分類でいうと、4番、5番、6番あたりの区域)の表面にあって、4cm以下のがんがよい適応となります。外側区域切除とは、肝臓の左葉(さよう)と呼ばれる区域の外側に当たる場所、クイノー分類でいう2番、3番を切除することをいいます。
腫瘍(しゅよう)の大きさは4cm以下のがん、あるいは肝臓の外に大きく飛び出している6cm以下のがんが適応となりますが、われわれは最大径14cmの腫瘍を腹腔鏡下手術により、7cmの切開創から切除した経験があります。がんの数は1個(単発)であることが望ましいといえますが、がんが複数あっても、治療が可能なこともあります。大腸がん肝転移の患者さんで最大数7個の肝転移病巣を切除した経験があります。ただ、腹腔鏡下手術では、開腹手術以上に単発がんが望ましいのが現状です。
当院では5cm以上のものや、右葉(うよう)、左葉を丸ごと切除する葉切除も腹腔鏡下で行っていますが、がんのできた場所や、患者さんの全身状態など、さまざまな条件を勘案して、腹腔鏡下でも安全で確実にできると判断したときに行っています。
年齢は特に制限はありません。むしろ、体に負担がかからないことから、高齢者や持病があって開腹手術が難しい人にも行える治療だと考えています。
肝機能については、中等度(肝障害度でB)まで、治療ができます。ただ、治療の過程でやむをえず、腹腔鏡下から開腹に移行するケースも極めてまれですが、あります。そうなると、肝障害度が開腹の適応条件になるため、それを踏まえると、やはり肝障害度は基本的にはA、ほかの適応条件がよければBも適応ということになります。
どのようながんに適応するか |
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・がんが肝臓の外側区域と下区域の表面にある(4cm以下の場合)、あるいは外に飛び出して成長している(6cm以下)の場合 |
・がんの数は一つが望ましいが、複数の切除も可能な場合がある |
・肉眼分類で単純結節型がよい適応 |
・肝機能は肝障害度AまたはB |
モニターを見ながら手術を行い、2~4時間程度で終了
腹腔鏡下肝切除でも、基本的な考え方、治療の流れは開腹の肝切除と同じです。この治療が開腹と大きく違うのはまず、切開する場所と大きさです。
腹腔鏡ではへそと、腹部の左右、合わせて4~5カ所に、5~10mmの切開をして、そこにトロッカーと呼ばれる筒を挿入します。そこに腹腔鏡(スコープ)や手術で使う鉗子、止血用の器具、超音波プローブなどを必要に応じて挿入、入れ替えながら治療を進めていきます。術野をつくるために最初に炭酸ガスを腹腔内に注入しておなかをふくらませる、いわゆる気腹下に手術操作が行われます。
あとは、モニターに映し出される画像を見ながら治療を進めていきます。肝組織の切離には、超音波吸引装置(超音波を利用した手術装置:超音波で組織を破砕し吸引する)や、さまざまな熱エネルギー機器が開発され、比較的安全に切離することが可能になってきました。血管処理は大きな血管に対しては自動縫合器やクリップを用い、細かい血管では、熱エネルギー機器で血管を変性させて閉じる(シールする)ことによって切離します。
腹腔鏡下手術の場合、腹腔鏡が映し出す肝臓はモニターでは拡大されて映るので、小さな血管の処理がやりやすいという利点がありますが、その一方で、全体像がわかりにくくなります。術者は常に、腹腔鏡が肝臓のどこを向いているのか、切除ラインを見失わないようにする必要があります。また、手で肝臓を触らないので、がんや血管の細かい感触を得られません。そこで術中に超音波画像でがんの位置や脈管(みゃっかん)との位置関係を確認し、慎重に肝切除を進めていきます。
切除した肝臓は、袋に入れて取り出しますが、切除したものが小さければ腹腔鏡を挿入したへその傷から、大きければ恥骨の上部を5~7cmほど切って、そこから摘出します。手術時間は早ければ1~2時間、多くは3~4時間程度で終わります。
1993年にわが国最初の腹腔鏡下切除を実施
腹腔鏡を用いた手術は、もともと胆石の手術から始まり、今は大腸がんや胃がん、婦人科や泌尿器科の病気などでも積極的に行われています。肝切除についてはアメリカで1992年に始まっていますが、その対象は肝臓の良性腫瘍でした。日本ではわれわれのチームがその翌年、1993年に第一例目を報告しています。対象は悪性腫瘍です。
その後、この治療を取り入れる施設は徐々に増えて、2006年と2009年とを比べるだけでも、1.8倍になっています(日本内視鏡外科学会の報告より)。
こうした背景もあって、2010年4月、肝臓の部分切除と外側区域切除については、健康保険が認められました。この治療ができるのは、腹腔鏡下肝切除に習熟した医師の指導のもとで、術者として10例以上この治療を経験した医師が配置されている施設です。実際に行っているのは、当院も含め、全国におよそ80施設ほどあると思われます。当院は、これまでに約200例以上の腹腔鏡下肝切除を実施してきました。当初は肝切除全体に占める腹腔鏡下肝切除の割合は10~20%でしたが、今では約40~50%になっています。
●用手補助腹腔鏡下手術と腹腔鏡補助下手術
腹腔鏡下肝切除の方法は、本文で解説している完全腹腔鏡下手術(すべてを腹腔鏡のみで行う方法)のほか、「用手補助腹腔鏡下手術(ハンドアシスト)」、「腹腔鏡補助下手術(ハイブリッド)」があります。
用手補助腹腔鏡下手術は、腹腔鏡で用いるのとは別に、7cmほどの少し大きめの切開をして、そこに執刀医の手を入れます。執刀医の手を使うことで、開腹に近い状態で肝切除をすることができ、何かあったときにすぐ対応できるというメリットがあります。がんが右葉にあるときや、肝臓の裏側(背中側)にあるときに、有効な手技です。
腹腔鏡補助下手術は、右葉切除や左葉切除の際に用いる施設があります。腹腔鏡下で肝臓を動かせる状態にした(授動(じゅどう))のち、7~12cm程度おなかを切開し、そこから肝臓をじかに見ながら肝切除を行っていきます。がんは切開創から取り出します。
腹腔鏡下で肝切除を始めたころは、こうした応用方法も考案されましたが、最近では完全腹腔鏡下手術でも十分安全に肝切除ができるようになってきたため、これらの方法を用いることは減少傾向にあります。
治療効果・合併症のリスクともに開腹と同じ
当院では2006年にいち早く開腹肝切除と腹腔鏡下肝切除の肝臓がんでの比較検討を行い、腹腔鏡下手術のほうが術後回復も早く、生存率や無再発生存率に差はないと報告しています。