肝臓がんの「分子標的薬による全身化学療法」服用の仕方と副作用とは?今後の動向は?

監修者古瀬純司(ふるせ・じゅんじ)先生
杏林大学医学部内科学腫瘍内科教授
1956年岐阜県生まれ。84年千葉大学医学部卒業。同大医学部附属病院第一内科研修医、清水厚生病院内科医、社会保険船橋中央病院内科医長などを経て92年、国立がんセンター東病院勤務。01年から1年間、アメリカのトーマス・ジェファーソン大学放射線部・腫瘍内科学客員研究員。08年より杏林大学医学部内科学腫瘍内科教授・同大病院がんセンター長に就任、現在に至る。

本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。

がん細胞の増殖を抑えて生存期間を延長

 がん細胞の増殖や、がんに栄養を送る血管がつくられるのを抑えて、がんの成長を止める分子標的薬を用いた治療です。肝臓がんに対する全身投与では初めて有効性が認められました。

期待の分子標的薬「ソラフェニブ」とは?

がん細胞だけを狙い撃ちする分子標的薬

 ソラフェニブトシル酸塩(以下ソラフェニブ)は、肝臓がんに対し、唯一、全生存期間の延長が実証された薬です。すでに腎(じん)臓がんの治療に用いられていましたが、2009年に切除不能の肝臓がんに対して、健康保険の適用が承認されました。
 一般的な抗がん薬の治療では、薬を点滴で入れたり、注射したり、服用したりする方法がとられます。薬が病変だけでなく、全身に影響するため全身化学療法とも呼ばれます。しかし、肝臓がんでは長い間、外科的切除手術(肝切除)や、ラジオ波などを用いた経皮的治療、および肝動脈化学塞栓(そくせん)療法など、画像で見える病変のみを対象とする局所療法が中心でした。抗がん薬の全身投与は効果が難しい状況だったのです。
 肝臓がんは肝炎や肝硬変の状態にある肝臓にできるため、そもそも白血球や血小板数が減っています。そこに抗がん薬を使えば、抗がん薬の毒性が強く作用して、さらに白血球数や血小板数が減ってしまいます。
 また、抗がん薬の多くは肝臓で代謝されるため、もともと肝機能の低下している肝臓がん患者さんでは肝機能への影響が大きくなります。つまり、肝臓がんの場合、抗がん薬を全身投与しても薬の毒性というデメリットのみが出て、がんを攻撃する薬の効果というメリットは少なかったのです。そこが従来の抗がん薬の問題点でした。
 しかし、分子標的薬のソラフェニブは、主にがん細胞に特徴的な遺伝子やたんぱく質のみを標的とするので、これまでの薬と大きく違うといえます。

大規模臨床試験で有効性が認められた

肝臓がんの治療選択推移

 健康保険が認められたきっかけとなったのが、海外で行われた大規模な臨床試験「SHARP試験」です。2007年にASCO(米国臨床腫瘍(しゅよう)学会)という代表的ながんの学会で結果が発表されました。
 この試験では、ソラフェニブを服用したグループと、偽薬(プラセボ)を服用したグループとで有効性を比較していますが、その結果、ソラフェニブに全生存期間の延長や、がんの進行を抑える効果が認められたのです。
 肝臓がんはB型肝炎やC型肝炎などさまざまな原因で発症します。このSHARP試験は欧州を中心に行われましたが、肝臓がんの原因が異なるアジア圏でもソラフェニブの有効性を検討する必要がありました。そこで「Asian-Pacific試験」が日本を除くアジアで行われました。また、日本でも独自に試験が実施されています。いずれもソラフェニブの有効性が認められました。

●肝臓がんにおける従来の抗がん薬と分子標的薬の違い
抗がん薬 分子標的薬
・がん細胞と同時に正常な細胞も攻撃する
・重い副作用やがん細胞に耐性ができやすいため、長期投与は困難
・副作用は骨髄(こつずい)抑制、悪心(おしん)、嘔吐(おうと)などの消化器毒性、肝障害など、重い場合が多い
・薬は経口剤、注射剤など多数あるが、肝臓がんに有用性が証明されたものはない
・肝機能、白血球数や血小板数の低下で投与できない場合が多い
・がん細胞の増殖、血管新生にかかわる特定の遺伝子やたんぱく質だけを標的にする
・がん細胞の増殖を抑えることで、長期間の投与により効果が期待できる
・副作用は、皮膚障害、下痢、高血圧など特徴的なものが多いが、個人差がある
・現在、ソラフェニブのみが保険適用を承認されているが、多くの新しい薬剤が開発中
・腫瘍(しゅよう)の進行を抑えることで生存期間の延長が得られる

「変わらない」が7割 わずかだが完全に消える例も

ソラフェニブはがんの進行を抑える

 SHARP試験によると、全生存期間は、ソラフェニブを服用したほうがプラセボ(偽薬)より2.8カ月のびていました(ソラフェニブ群が10.7カ月、プラセボ群7.9カ月)。病変の縮小効果については、完全にがんが消えた(完全奏効)割合は0%、部分的に小さくなった(部分奏効)もわずか2.3%、変わらない(安定)が70.5%と高率でした。
 この臨床試験では0%という結果でしたが、完全にがんが消失することも、まったくないわけではありません。私自身もこれまでに画像上、複数の病変が消えた患者さんを2~3人経験しています。日本肝癌(がん)研究会などの学会や研究会でも、比較的大きな腫瘍が消えたという報告もされています。

一般的な抗がん薬と分子標的薬の違い

 ソラフェニブは、抗がん薬のなかの、分子標的薬というタイプに属する薬です。
 これまでの抗がん薬は、がん細胞の遺伝子が転写や複製する場所に作用して、がん細胞の分裂や増殖を抑えていました。これに対し、分子標的薬は、正常細胞のがん化やがん細胞の増殖、血管新生(後述)にかかわる特定の遺伝子やたんぱく質をターゲットにし、そこに作用することでがんをたたきます。
 実はこの「がん細胞に特異的」というところが大きなポイントです。これまでの抗がん薬はがん細胞だけでなく正常な細胞にも作用が及んでしまうので、効果もありましたが、副作用が強く出てしまうのが問題でした。
 それに対し、分子標的薬はがん細胞の中の特定の遺伝子やたんぱく質にピンポイントで作用するため、がん細胞だけを狙い撃ちすることができます。そのため、抗がん薬でおこるような重い副作用症状はみられません。ただし、分子標的薬に特徴的な副作用はあるので、投与には慎重を期す必要があります。

「がんの増殖を止める」のがこの薬の大きな特徴

ソラフェニブによる化学療法の適応

 ソラフェニブには、がん細胞の増殖を抑える作用と、がんに酵素や栄養を送る血管の増殖を抑える作用の二つの作用があります。この相乗効果によって、肝臓がんへの治療効果が高まっていると考えられています。
(1)がん細胞の増殖を抑える
 がん細胞は、細胞の増殖に関係するRafというたんぱく質が異常に活性化しています。ソラフェニブはこのRafに強力に作用することで、がん細胞の増殖を抑えます。
(2)血管の増殖を抑える
 がん細胞は成長や増殖に必要な酸素や栄養を補給するため、血管を新しくつくり出します。これを血管新生といいますが、ソラフェニブは血管内皮成長因子を特に阻害することで、新しい血管ができるのを抑え、がん細胞への栄養経路を絶ちます。

ソラフェニブはがん細胞の増殖と血管新生を抑える

がんが縮小すれば次の治療につながることも

 ソラフェニブのもち味は、「がんの増殖を抑える」ところにあり、いってみれば、がんはなくならないけれど、大きくならない、という状態を維持する薬なのです。実際、先のSHARP試験で報告された結果はがんが消失したというのではなく、ほとんどが一部小さくなったり、あまり変わらなかったりしたというものでした。
 しかし、それこそが肝臓がん治療において大きな第一歩なのです。薬でがんが小さくなれば、肝切除など、別の治療に移行することも可能になります。ソラフェニブにがんを根治させる力はありませんが、肝臓がん治療にそうした新たな展開が期待されるといえます。

ほかの治療が難しいときに検討される治療

ソラフェニブが非常によく効いた例

 ソラフェニブは、門脈などの血管にがん細胞が入り込んでいる脈管侵襲(みゃっかんしんしゅう)があったり、がんが大きく育ったりして(巨大腫瘍)、手術や局所療法が難しい患者さんや、それらの治療をしても効果が認められなかった患者さん、また肝臓以外の臓器に転移(遠隔転移)が認められた患者さんに用いられます。
 もともと肝臓がんはほかの臓器に転移しにくいこともあり、初発時に遠隔転移を認める割合は全体の5%ほどです。
 ソラフェニブが適応となる肝障害度はChild-Pugh分類でAと、肝機能が良好な患者さんが対象となります。それは、これまでに行われた臨床試験のほとんどが肝障害度Aを対象としていて、肝機能が良好な患者さんでのみ、ソラフェニブの有効性が検証されているためです。
 Child-Pugh分類でBの患者さんについては、肝臓への影響や有効性が検証されていないため、慎重に扱う必要があります。Child-Pugh分類Cの肝機能が不良の場合は、治療のメリットがなく、ソラフェニブの治療は避けるべきです。
 ソラフェニブは現在、決められた医療機関で、がんの薬物療法の専門医の管理のもとで使用するという決まりがあります。どこの医療機関でも治療が受けられるというわけではないので、注意してください。当院でも積極的にソラフェニブの治療を行っていますし、開発中の新しい薬剤の治験も行っています。

●高額療養費制度を利用する

 ソラフェニブは錠剤(飲み薬)です。自宅で普通の生活を送りながら治療でき、注射針を刺さなくて済むので、痛みもなく、体に傷も残りません。患者さんにとっては負担の少ない治療法といえます。しかし費用の面では大きな負担を感じるかもしれません。
 ソラフェニブの薬価はとても高く、1日当たり約2万円かかります。健康保険適用なので3割負担だとしても、患者さんにとっては大きな金額です。そのため、患者さんには「高額療養費制度」などを利用してもらっています。
 それでも、効果が続く限り、服用が長期間に及ぶことになるので、負担も大きくなります。患者さんが何をいちばん望んでいるかは、患者さんごとに違います。症状だけでなく、患者さんにそれぞれの状況に応じて治療に望むのが、私たち腫瘍内科の役目だと思っています。

服用の仕方と副作用とは?

 1日2回、1回2錠を服用します。
 最初は1週間に1回受診して、効果や副作用の程度を調べます。
 飲み薬である分、自己管理が大切です。

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