前立腺がんの「リスク分類」と「治療法の選択」

監修者鳶巣賢一(とびす・けんいち)先生
聖路加国際病院 がん診療特別顧問(泌尿器科)
1949年、兵庫県生まれ。京都大学経済学部経営学科卒業、日本電信電話公社(現NTT)入社。その後、京都大学医学部入学、卒業。同大泌尿器科研修医、滋賀県成人病センター泌尿器科を経て、国立がんセンター病院泌尿器科。2002年4月より静岡県立静岡がんセンター院長。2011年1月より現職。

本記事は、株式会社法研が2011年7月24日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん」より許諾を得て転載しています。
前立腺がんの治療に関する最新情報は、「前立腺がんを知る」をご参照ください。

がんの特徴や状態を知って検討する

加齢とともに発生し、近年は日本人にも増えている

 前立腺がんは、前立腺の精液を分泌する細胞から発生するがんです。
 一般に加齢とともに発生することが知られていて、70~80歳の男性の約4分の1に、また、80歳以上の男性では、少なくとも3分の1に、小さながんが発生していると報告されています。
 従来は、欧米人に多く、アジア人には少ないがんとされてきました。しかし、近年、日本でも多く発見されるようになり、2006年の調査では、男性では、肺がん、胃がん、大腸がんに次いで多いがんとなっています。

前立腺がんの進行度とさまざまな治療法

各種検査に基づきがんのリスク分類を行う

 前立腺がんの治療法には大きく分けて、手術療法、放射線療法、薬物療法などがあります。各療法はさらにいくつかの種類に分かれます。
 各種の検査を受け、前立腺がんであるという診断が確定すると、これらの治療法から、それぞれの患者さんに合った方法を選択することになります。
 診断を確定していくなかで、患者さん一人ひとりのPSA値(がんの進行度)、グリソンスコア(前立腺がんのたちの悪さ・悪性度)が明らかになりますが、そのほか骨シンチグラフィ、CTやMRIの画像検査の結果を踏まえて、病期を推定します。
 病期というのは、がんの進行度・広がりぐあいで、およそ次の三つに分類します。

1 限局がん:がんが前立腺のなかにとどまっていて、前立腺の外には出ていないと判断される。
2 局所進行がん:がんが前立腺の被膜(輪郭)を破っているが、それ以上遠くまでは進展していない。
3 転移がん:リンパ節、あるいは骨や肺などに転移が確認される。

治療法選択のためのリスク分類

 限局がん、あるいはT3aまでの局所進行がんの場合、治療法の選択に当たっては、この病期分類と、PSA値、グリソンスコアの三つの情報をもとに、患者さんごとにリスク分類といわれる分類(病状の評価)を行います。
 リスク分類は、低リスク、中リスク、高リスクの三つに分けられ、それを基準にして治療方針を決める方法が普及しています。
 低リスクは病巣が小さく、がん細胞の性質もおとなしく、急いで治療をしなくても、すぐには進行しないと推定されるグループです。
 一方、高リスクは、病巣がある程度大きく、がん細胞の性質も悪い、あるいはPSA値が非常に高いなど、すでにある程度進行しているグループです。
 このグループは、手術療法、放射線療法、薬物療法などの治療法においても、低リスクのグループと比べると単独では治療成績が劣るので、これらの治療法を2種類以上組み合わせて用いることが多くなります。
 中リスクは、二つの中間に分類されるグループです。
 治療法の選択にあたっては、まず前立腺がんという病気をよく知り、その性質を理解しておく必要があります。そのうえで、自分のリスク分類と照らし合わせ、さらに体力・健康状態、年齢、人生観や価値観をも加味し、焦らず、じっくりと検討することが大切です。
 そのために、まず、前立腺がんという病気の大まかな特徴について説明しておきましょう。

前立腺がんの特徴を知る

 非常にゆっくりと進行するので、治療法をじっくり考える余裕がもてます。
 PSA値が診断や再発の指標となります。

 前立腺がんの特徴として非常に重要なのが、まれな場合は除いて、とてもゆっくり進行していく、ということです。もし、転移のない段階で発見されたなら、その治療法を考える時間が比較的たっぷりとれるのです。前立腺内にとどまっている小さいがんが、徐々に大きくなり前立腺の外に転移するまでには、およそ10年かかると推測されています。

PSA検診で早期発見すれば治療法選択の幅が広がる

 最近、前立腺がんと診断される人が増えた理由として確実にいえるのは、PSA値の測定で、前立腺がんが発生しているかもしれない人を選び出せるようになったことです。
 PSA検診が導入される前は、前立腺がんは転移のある進行がんの段階で発見されるのがほとんどでした。そのため、当時は全身のがんの進行を抑える薬物療法(ホルモン療法)しかできないというのが現実でした。
 早期で発見される人が多くなった現在では、多数の選択肢から治療法を選ぶことが可能になっています。

手術療法、放射線療法後のPSA再発(生化学的再発)

PSA再発とは

 PSA値は、診断の最初の手がかりであるとともに、病状の進行度、また、治療後の経過を確認するうえでも欠かせない指標です。
 完全にがん細胞を取り除くことを目的として行う手術療法では、PSAを分泌している前立腺ごと摘出(前立腺全摘除術)してしまいますから、がん細胞が前立腺内だけにあるのなら、治療後は、PSA値が0.1ng/mL以下(以下単位略)になるはずです。もし、0.1以下にならない、あるいは、いったん0.1以下になったのにまた上昇し始め、0.1を超えるようであれば、完全にがん細胞を取り除くことができていない可能性があります。
 このような状態を、PSA再発(生化学的再発)と呼びます。
 一方、がん細胞を完全に死滅させることを目的とする放射線療法では、前立腺を摘出しているわけではないので、治療後もPSAはわずかながら分泌し続け、非常にゆっくりと、2~3年以上かけて下がります。その下がりきった状態が維持されればよいのですが、あるとき上昇し始めて、最低だった値から2.0上がった場合にPSA再発と定義する考え方が普及しています。
 PSA再発は、必ずしもがんが再発しているとは限らないのですが、その可能性が非常に高い状態といえます。
 そうしたPSA再発とは別に、臨床的再発といわれる状態があります。これは画像や触診で確認される再発のことです。たとえば、新たに局所の病巣の出現、リンパ節への転移や骨転移などが、画像や触診で確認された場合です。

前立腺のどこにどのようながんがあるか特定できない

前立腺は体の奥にあり、重要な臓器に隣接

 もう一つ、前立腺がんの重要な特徴は、前立腺という臓器の位置や解剖学的な特徴からくるものです。前立腺は、体の奥まったところに位置しているため、画像診断の技術がかなり進歩している現在でも、前立腺内のどこに、どのくらいの大きさのがん細胞が、どれだけ存在しているかは、推測に頼るしかありません。
 そこで、手術療法でがん細胞を取り除こうと考える場合は、前立腺ごと摘出するしかありません。放射線療法にしても、がん病巣にピンポイントというわけにはいかず、前立腺全体にまんべんなく当てる工夫が必要です。
 前立腺はたくさんの血管や神経に囲まれ、同時に重要な臓器に隣接しています。
 そのため、それらにかかわる排尿や排便の機能、性機能などに影響を与えることなく、がん細胞だけをやっつけるのが非常に難しいという問題がおこります。

選択できる治療法は?

 完全にがんを取り除く手術療法、がん細胞を狙って死滅させる放射線療法、進行を抑える薬物療法があります。

前立腺がんの治療選択とは
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