乳がんの進行度で異なる手術  部分切除か全摘、腋窩リンパ節郭清は必要か  乳がんの大きさ・位置などにより定められた基準

2017.10 取材・文:町口充

 乳がんの治療には、手術、放射線療法などの局所療法と、抗がん薬による化学療法やホルモン療法などの全身療法がありますが、基本となるのはがんを取り除く根治治療である手術です。近年、がんの進み具合についての研究や技術の向上を受けて手術の考え方も変化し、切除範囲を縮小したり、リンパ節郭清を省略するなど簡便化、低侵襲化が進み、手術で失った乳房の再建も広がりを見せています。

温存が全摘かの目安は、がんの大きさ、広がり、術後の整容性

 乳がんの手術には2つの方法があります。がんがある病変部分だけを取り除く部分切除(乳房温存術)と、大胸筋と小胸筋を残してがんがある側の乳房をすべて取り切る乳房全摘(乳房切除術)です。

 どちらの手術を選ぶかの目安は、がんの大きさや広がりです。以前は、部分切除は1期(がんの大きさが2cm以下でリンパ節転移なし)以下の早期乳がんが対象でしたが、現在はがんの大きさが3~4cm以下でも、整容性(ふくらみのある乳房の形)が保たれれば部分切除が選択肢となっています。また、がんを見つけた当時は3cmを超えるがんだったとしても、手術前の薬物療法によってがんが縮小していれば、部分切除が行われることもあります。

 乳がんの治療方針決定の際にまず考慮するのは、非浸潤がんと浸潤がんの区別です。乳がんは乳腺にできますが、乳腺とは母乳を分泌するための組織であり、小葉と呼ばれる部分でつくられた母乳が乳管を通って乳頭から分泌されます。がんはこの乳管、小葉に発生します。乳管、小葉の中にとどまっているのが非浸潤がんであり、基本的には転移を起こさない局所のがんです。一方、増殖を重ねて乳管や小葉を突き破った段階が浸潤がんです。血流やリンパ液の流れに乗って全身に転移していく可能性があります。

 非浸潤がんは手術で取り切れば完治すると考えられ、がんが小さければ部分切除を行います。しかし、たとえ非浸潤がんでがん自体は小さくても、離れた場所にがんが2つ以上あれば全摘を検討します。一方の浸潤がんは小さければ部分切除が可能ですが、全身の病気に発展する可能性があるため、手術に加えて薬物による全身療法を行うことが多くなります。

 前述のように部分切除には、切除したあとの整容性がある程度保たれ、患者さんが納得できることも条件となります。切除範囲は、がんの周りに通常で1~2cmのマージンを含みます。マージンや切除範囲は、がんの進展具合や方向などを考慮し、MRI画像などをもとに計画されます。もともとの乳房の容積とがんの位置・切除範囲など、納得できる整容性が保たれる部分切除は患者さんごとに異なってきます。

乳房温存の部分切除は局所再発を防ぐため放射線治療とセット

 全摘ではなく部分切除した場合に最も懸念されるのは、手術した側の乳房に再びがんができることです。これを乳房内再発といいます。そこで、部分切除後には放射線療法を行うことが必須であり、温存した乳房全体に放射線照射を行います。

 なぜ部分切除と放射線療法がセットになっているかというと、局所再発率を減らせるメリットが大きいからです。部分切除後に放射線療法を受けなかった場合の局所再発率が39%であるのに対して、受けたことにより14%まで減少したという臨床試験データがあり、放射線治療を行わない部分切除は不完全な治療となってしまいます。

 しかし、活動性の膠原病(強皮症、全身性エリテマトーデス)の患者さんや、別の病気の治療のために胸部に放射線治療を受けたことがある人、妊娠中などの場合は、放射線を照射できないため、全摘をお勧めします。

 部分切除では、がんを取り残さず一度の手術で根治させるために手術中に迅速病理診断を行います。切り取った部分の断端(切り口)にがんが残っているかどうかを病理医が速やかに調べるのですが、がん細胞が残っている場合を「断端陽性」、残っていない場合を「断端陰性」といいます。迅速病理診断だけでは確実ではないため、手術後にも改めて病理検査が行われます。断端陽性の場合、乳房内再発率が高くなることが知られているため、追加手術が必要になったり、全摘手術に変更することがあります。

「全摘して乳房再建」が、技術の向上、保険適用により増えてきている

 がんの大きさが3cm以上、あるいは離れた場所に2つ以上あるという場合は全摘が適応となります。全摘の一番のメリットは乳房内再発の可能性がなくなることです。一方のデメリットは乳房を残すことができなくなることですが、近年は乳房再建の技術の向上もあり、見た目にも整った乳房を取り戻すことが可能になりました。そのため、再建を視野に入れた全摘へと切り替えが早い患者さんが増えています。再建手術を希望する患者さんは全摘患者さんの3割ぐらいです。

 全摘後の乳房再建は、乳がんの切除手術と同時に行う一次再建と、手術後一定期間たってから行う二次再建とがあります。全摘手術と乳房再建を同時に行う場合は、整容性を高めるなどのために皮膚を残して皮下の乳腺だけをくり抜く「皮膚温存乳房切除術」が選択されることがあります。標準的な方法ではありませんが、皮膚とともに乳頭・乳輪を残す乳頭温存乳房切除術を行っている施設もあります。ただし、皮膚や乳頭・乳輪に近い場所にがんがある場合は難しく、乳頭・乳輪は乳腺の一部であるため、残すと再発する可能性も生じ、適応となる患者さんは限られています。

 再建方法は、自分の皮膚など自家組織による方法とインプラント(人工乳房)による方法があります

 自家組織による再建とは、患者さんの体の組織を胸に移植する方法で、主に1.おなかの組織を移植する方法、2.背中の組織を移植する方法の2つがあります。組織を取ったあとのおなかや背中に大きな傷が残ってしまう欠点はありますが、自分の組織を使うので長期的に安定した乳房が再建できるうえ、手術も1回で済みます。

 人工物を用いた再建では、はじめにエキスパンダーという皮膚を伸ばす袋を大胸筋の下に入れ、袋の中に生理食塩水を徐々に入れていき、6~10か月くらいかけて皮膚を伸ばし乳房の形に膨らませます。その後、エキスパンダーをインプラントに入れ替えます。利点としては胸部以外に大きな傷をつけずに再建ができることがあげられますが、エキスパンダー挿入時とインプラント挿入時の2回の手術が必要となります。一方、乳がんの手術と同時にエキスパンダーを挿入しておけば、再建手術は1回で済みます。従来、乳房再建の保険適用は自家組織による再建のみでしたが、2014年までにエキスパンダーと2種類のインプラントが保険適用となり、患者さんの負担はかなり軽減されています。

 ただし、乳房再建の結果が放射線治療の影響を受ける可能性があるので、術後放射線治療が必要そうな場合には、二次再建を検討することになります。

センチネルリンパ節生検によりリンパ節郭清を省略できる症例を見分ける

 乳がんはリンパ節への転移を通して全身に広がっていくと考えられているため、かつては、リンパ節への転移が認められなくても、予防を目的とした腋窩(脇の下)を主としたリンパ節の切除(郭清)が必須でした。しかし、腋窩リンパ節郭清を行うと、リンパ液の流れが滞って腕などがむくむリンパ浮腫を起こすことがあります。放置しておくと重症化し腕の太さが倍以上にまで膨れ上がることもあり、QOL(生活の質)は著しく低下します。そこで最近では、手術前の検査で明らかなリンパ節転移が見られない場合は、センチネルリンパ節(がんがリンパ節に転移するときに最初に到達すると考えられる)の生検を手術中に行っています(図1)。センチネルリンパ節の生検を行い転移がなければ、その先のリンパ節にも転移がないと判断して腋窩リンパ節郭清を省略し、不要な切除は避けられるようになってきています。

 さらに最近はセンチネルリンパ節に転移が認められても、2mm以下の微小転移であったり、個数が少なければ、そこから先のリンパ節に転移が存在している可能性は低いため、腋窩リンパ節郭清を省略することも検討されています。

図1 センチネルリンパ節と生検

早期例に対して研究・開発が進む切除しない治療法

 簡便化・低侵襲化の流れの中で非切除の治療法も注目されています。そのひとつがラジオ波焼灼療法です。ラジオ波と呼ばれるAMラジオの周波数に近い450kHzの高周波を用いて、がん細胞を熱焼灼によって死滅させる治療法です。

 近年、乳がん検診を受ける人が増えるようになり、画像診断技術の向上と相まって0期、1期の小さな早期乳がんが多く見つかるようになっています。こうしたがんは切除手術で根治をめざすことも可能ですが、もっと簡便化・低侵襲化した方法で治そうというのがラジオ波焼灼療法です。切除をしないので傷がほとんど残らないのが利点です。現在のところまだ未承認であり、国立がん研究センター中央病院では部分切除と比較して劣らない成績を証明するため、先進医療Bとして多施設共同臨床試験を行っています。

プロフィール
木下貴之(きのしたたかゆき)

1988年 慶應義塾大学医学部卒業
1991年 慶應義塾大学医学部一般消化器外科乳腺グループ入局
1994年 国立東京第二病院外科医員
1998年 米国テネシー大学に留学
2000年 国立病院東京医療センター外科、治験管理室長
2002年 国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)乳腺科医員。その後、同乳腺科医長、国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科副科長
2012年 国立がん研究センター中央病院乳腺外科科長

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