患者さんに話すのは「いつもどおりでいてください」ということ 古瀬純司先生インタビュー

本記事は、株式会社法研が2012年12月25日に発行した「名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん」より許諾を得て転載しています。
肝臓がんの治療に関する最新情報は、「肝臓がんを知る」をご参照ください。

私たちにできることは、患者さんがいかに長く、充実した生活を続けてもらえるか、をお手伝いすることだと思っています。

古瀬純司先生

 肝臓がんに有効な薬がある―。
 60年余りにわたる抗がん薬の歴史のなかで、肝臓がんに効く抗がん薬の存在が明らかになったのは、つい最近のことです。それは分子標的薬と呼ばれる、従来の抗がん薬とは異なるしくみの、新薬ソラフェニブでした。
 古瀬純司先生は、そのソラフェニブの臨床試験に中心人物としてかかわり、日本の肝臓がん患者さんに使えるよう働きかけてきた、日本有数の腫瘍内科医。しかし意外にも、そのスタートは内視鏡治療やラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法といった治療を専門とする消化器内科でした。
 「専門医になるなら、生死にかかわる分野をやりたい」と、がんの治療医を目指していた古瀬先生が内科医を選んだ理由は、学生時代に聞いた「これからはメスの時代ではない。内視鏡や針でがんを治療する時代だ」という言葉に刺激を受けたため。「あのころは、外科医に負けない治療をするんだと、そんな意気込みでしたね」
 それが一転、国立がんセンター東病院(当時)に赴任すると、薬の臨床研究の道へ。「薬が一つ開発されると、その恩恵にあずかれる人が何万人といる。有効な薬の研究で、もっと多くの患者さんの力になれるかもしれない」。薬物療法や臨床研究では最前線をいく東病院にあって、古瀬先生が薬の研究に向かうのは当然の流れだったのかもしれません。
 薬の専門家としての実績から、2008年に杏林(きょうりん)大学医学部腫瘍内科の立ち上げに着任。同時に杏林大学病院がんセンター長に就任。現在は、肝胆膵(すい)をはじめとする消化器がん全体の薬物療法に腕をふるう日々です。「抗がん薬をどう使うか。臨床試験で決められたプロトコル(治療の手順)があり、そのとおりにやれば臨床試験と同じような結果が得られる。しかし、実際に治療を受けている患者さんは、年齢も体調も、生活環境もさまざま。臨床試験のプロトコルだけではくくれません。もちろんエビデンス(科学的な根拠)は尊重しなければなりませんが、目の前にいる患者さんに適した治療を判断し処方する。それが私たち腫瘍内科医の仕事だと思っています」
 古瀬先生が常に患者さんに話すのは「いつもどおりでいてください」ということ。「抗がん薬の治療は短期決戦ではありません。私たちができることは、いかに充実した生活を送ってもらい、それをいかに長く続けてもらえるか。ソラフェニブの登場で、それがかないつつあるのです」ただ、ソラフェニブは病気の進行を抑えることはできても、治す薬ではない。効果がある限りは続けられる、と患者さんには率直に伝えるそうです。
 それは「患者さんと正確な情報を共有して、適切な治療法を一緒に考えることが大切だと思っている」から。また「よいことだけを伝えることは決して好ましいことでなく、悪い情報もある程度必要」といいます。
 がんとの向き合い方は人それぞれですが、古瀬先生のなかで印象に残っているのが「がんになってよかった」とおっしゃった患者さん。
 仕事が多忙で、家庭をまったく顧みることのなかった患者さん。治ることが難しいとわかったその患者さんは、後日、古瀬先生に「自分にとっていちばん大切なのは家族と一緒に過ごすことだと気づいた。妻と子どもたちと一緒にいろんな場所に行こうと思う」と話し、「それに気づかせてくれた。がんになってよかった」と続けたといいます。「そういう心境になれるのは、本当にすごいこと。私も教えられたように思います」
 古瀬先生自身も高校時代、病を患い入院した経験をもちます。自分の体におこった変化に興味をもち、病気を治す医師になろうと決めた少年は、今日もがんという難敵を相手に闘いを挑んでいます。

古瀬純司(ふるせ・じゅんじ)先生

古瀬純司先生

杏林大学医学部内科学腫瘍内科教授 1956年岐阜県生まれ。84年千葉大学医学部卒業。同大医学部附属病院第一内科研修医、清水厚生病院内科医、社会保険船橋中央病院内科医長などを経て92年、国立がんセンター東病院勤務。01年から1年間、アメリカのトーマス・ジェファーソン大学放射線部・腫瘍内科学客員研究員。08年より杏林大学医学部内科学腫瘍内科教授・同大病院がんセンター長に就任、現在に至る。