【レビュー】2021年9月12日(日)「がん患者の栄養を支える会」第3回市民公開講座

「がん患者さんの運動と栄養」-消化器がん治療中に大切なこと、からだを動かすこと-

総合司会 比企直樹・北里大学医学部上部消化管外科学主任教授
講演 福島亮治・帝京平成大学健康メディカル学部健康栄養学科教授
講演 宮崎安弘・大阪急性期・総合医療センター消化器外科副部長
講演 熊谷厚志・がん研有明病院胃外科医長/栄養管理部部長
講演 新原正大・北里大学医学部上部消化管外科学講師
講演 松尾宏美・がん研有明病院管理栄養士

2021.10 提供●がんサポート

「がん患者の栄養を支える会」の第3回市民公開講座はcovid-19感染の影響によりWeb配信で開催

前列左から松尾さん、比企さん、福島さん、後列左から熊谷さん、宮崎さん、新原さん

 がん患者の栄養を支える会は9月12日、東京港区の東京ポートシティ竹芝を会場に、第3回市民公開講座「がん患者さんの運動と栄養」-消化器がん治療中に大切なこと、からだを動かすことーを開催した。第1部では消化器がんを中心にがん治療の周術期で問題となるサルコペニア対策の重要性、そのために必要な栄養管理や運動メニューについて5名の専門家が講演。第2部は患者・家族からの質問に専門家が応える形のパネルディスカッションとなった。今回の講演会は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を受けて、Web講演会として開催された。総合司会は、北里大学医学部上部消化管外科学主任教授の比企直樹さんが務めた。

講演①なぜ、がん治療中に運動と栄養が必要か。
福島亮治・帝京平成大学健康メディカル学部健康栄養学科教授

 第1部の口火を切った福島さんは、「がんの治療を有効に安全に薦めるためには、体重と筋肉量の維持が重要である」と画面越しに聴衆に語りかけた。「とりわけタンパク質の貯蔵庫である筋肉量が減少すると、ペットボトルのフタが開けにくくなる、横断歩道を渡りきれないなどの日常活動に支障が出るほか、感染などの術後合併症のリスクが高くなり、抗がん薬の副作用も重篤なものになりがちである」

 ではなぜ筋肉が減少するのか。

 筋肉は合成と分解によって維持されており、栄養や運動によって合成が促進される一方、加齢、侵襲、炎症などの影響で分解が進む。40歳を過ぎると、全身の筋肉量は年に1%の割合で減少する。70歳では30%、80歳では40%と著しい減少となる。

 また体を使わないと筋肉量は低下し、この現象は「廃用性萎縮」(はいようせいいしゅく)と呼ばれる。入院中にベッドの上で過ごすと1日に0.5%の筋肉量が低下することがわかっている。加えて、栄養摂取が不足、とくにタンパク質量の不足は筋肉量の減少に直結するが、エネルギーの貯蔵庫である脂肪も減少するようになる。

 がん闘病では、侵襲や炎症などの影響で筋肉の分解速度が合成速度を上回るようになり、結果的に筋肉量が減少することになる。

 福島さんは「筋肉量減少はサルコペニアとも呼ばれ、高齢者の医療や介護の現場では大きな問題になっている。サルコペニアは日常活動を低下させるとともに、病気やケガに対抗する予備能力の低下につながる。栄養と運動でサルコペニアの進行を予防することは、がん患者さんが治療を効果的に安全に進めるために大切である」と説明した。

講演②消化器がんの術後の体重減少予防のための運動療法と栄養管理
宮崎安弘・大阪急性期・総合医療センター消化器外科副部長

 がん患者さんが低栄養状態を避けることが、治療を完遂する上で大切な要素になっている。食べているのに体重が減った、BMI(肥満指数)が20に満たないなどの患者さんでは低栄養状態をある可能性がある。

 そもそも低栄養とはどのような状態を指すのか。

 低栄養の代表的な診断基準に「GLIMグリム基準」がある。代表的な症状としては「意図しない体重減少」「低BMI」「筋肉量の減少」が挙げられる(表1)。

■表1 低栄養の診断基準:GLIMグリム基準

 

 主な原因は食事摂取量の減少、消化吸収能の低下、疾患による負荷、炎症の関与がある。

 低栄養になりやすいかどうかはがんの種類によって違いがある。海外からの報告 1) では膵がん、食道がん、胃がんなどで低栄養を起こしやすく、前立腺がん、乳がんでは低栄養を呈する患者さんは比較的少ない。

 低栄養になると手術に伴うリスクも高くなる。血中タンパク質値とリンパ球の数で予後(よご)を推定する予後推定栄養指数(PNI)が40以下となると傷の治りがわるくなるために、切除や吻合(ふんごう)を行う手術ができなくなる。

 低栄養の状態は、抗がん薬を使った化学療法においても重視されるようになってきた。初診時に体重減少があると判断された患者さんでは体重減少がない患者さんに比べ、生存割合が低下する傾向にあることが報告されている 2) 。また体重減少が15%未満と15%以上の患者さんとを比較した研究で、15%以上の体重減少では胃がんの術後の抗がん薬治療が継続しにくくなることも報告されている 3)

筋肉はがん治療の鎧

 体重減少・低栄養は術後合併症増加や化学療法副作用の増加を引き起こし、術後合併症の増加、化学療法副作用増加は体重減少・低栄養につながる。このように体重減少・低栄養はがん治療への抵抗性を低下させることによって負の連鎖を呈して予後を悪化させる(図2)。

■図2 体重減少・低栄養~負の連鎖

 

 そのために、がん治療を受ける場合には体重・筋肉を増やすこと、低栄養を改善することが必要になる。宮崎さんは「がん治療は体にストレスをかけるが、筋肉はがん治療に対する鎧(よろい)であると患者さんに説明している」と語る。

 がんの薬物療法は外来を中心に行われているが、その際には適切な栄養指導を受けることの重要性が増してきた。国も診療報酬の外来栄養食事指導料を見直し、患者さん個々の状況に合わせたきめ細かい栄養監理指導が継続的に実施できるように配慮している。

 栄養とともに重要な運動についても、がん患者リハビリテーション料を見直し、がんの種類にかかわらずリハビリテーションを推奨する姿勢を見せている。

 「がんの治療は手術や化学療法が重視されてきたが、今後は栄養療法や運動療法も同時に重視されるようにがんの治療全体が変わりつつある」と宮崎さんは指摘した。

経腸栄養剤の活用も考える

 食事と同時に経腸栄養剤を取る方法も注目されている。宮崎さんは半消化状態にあり、200kcalのカロリーを持ち、タンパク質、糖、脂肪、ビタミン、ミネラルがバランスよく配合された経腸栄養剤(ONS)を胃切除患者対象に摂取してもらった大規模臨床試験の結果を紹介した。

 胃を切除すると多くの患者さんで体重が減少するが、ONSを飲んだ患者さんでは飲まなかった患者さんに比べ、体重減少を統計学的な有意差をもって減少させることに成功した(p

 宮崎さんは「患者さんが体重減少の予防に務め運動を行うことは、がん治療のつらさを減らし、治療を遂行するための一助になる」と総括した。

講演③胃がん術後「早期栄養・運動介入」実施の影響
熊谷厚志・がん研有明病院胃外科医長/栄養管理部部長

 サルコペニア(筋肉の減少)は健康な高齢者にとっても寝たきりになる大きなリスクになることから、栄養の補充や適度な運動によってサルコペニアをできるかぎり回避する方法が模索されている。これまでの研究から、高齢者は若年者よりも多くのタンパク質を摂取しなければ十分な筋合成が得られないことが確認されている。

 サルコペニアを予防するためには積極的に栄養を摂り、適切な強度の運動を毎日続けることが必要になる。

 「サルコペニア予防の鍵を握るのは、十分なタンパク質の補充であり、1日に体重1kgあたり1.0g以上のタンパク質摂取が目標になる」と熊谷さんは指摘する。

 具体的には農林水産省「みんなの食育」のホームページが参考になる。さらにサルコペニアを予防するためには運動、とくに筋肉に負荷をかけるレジスタンス運動が有効である。

 手術前の筋肉量・筋力が術後経過を左右することはすでにいくつかのがん種で報告されている。すなわち、筋肉量の低下や握力の低下と合併症の増加、生存率の低下と相関していることが報告されている。

手術の後の早期に栄養補給の強化が大切

 がんやがん治療に伴う合併症や副作用を減らすためには手術や薬物療法の前後に栄養補給を行い、筋量を増やすことが求められる。具体的な方法として手術前の経腸栄養の強化などが提案されている。手術をすれば筋肉量が減少するのが普通だが、減少は術後3カ月という比較的早期に起こることが明らかになっている 4)

 体重減少率が高いと治療継続が困難になること 3) 、さらに除脂肪体重減少率が大きいほどやはり治療継続率が低下すること 5) が確認されている。しかも、そうした減少は術後1カ月という早期に出現する傾向が報告されており 3)5) 、術後早期の対応が重要であることがわかる。

おうち運動の提案

 熊谷さんは在宅でできる簡単なレジスタンス運動の継続の重要性を強調した。筋肉を構成するバリンやロイシン、イソロイシンなどの分岐鎖アミノ酸の摂取が効果的である。これらアミノ酸の摂取をより効果的に筋肉増強につなげるためにはレジスタンス運動も必要だと強調する。運動は男性ホルモンの分泌を促進するとともに炎症を抑える抗炎症サイトカインを分泌して、筋肉分解を促す炎症の亢進を抑える働きがある。

 そこで熊谷さんらは50名の胃がん手術後患者を対象に運動と栄養(アミノ酸ゼリーの摂取)のプログラムを施行する臨床研究「NEx-GC試験」を実施した。まずプログラムの安全性を示すことを目的とした。胃がん術後早期の運動と栄養プログラムが安全に実行できることが示され、除脂肪体重の減少効果の可能性などが示唆された。

 熊谷さんは「胃がんの手術後は、体重が減少するが、とくに早期に筋肉が痩せる。この筋肉の痩せは、がんが治るかどうかも左右する」と総括した。続けて「現在、術後早期の栄養・運動介入の意義を証明するための臨床試験を進めており、その結果に注目してほしい」と語った。

講演④がん患者の運動と栄養の必要性
新原正大・北里大学医学部上部消化管外科学講師

 がん治療中は多くの患者さんで活動度が低下するが、この不活動状態は筋力を低下させる原因となる。一方、その期間に適切な強度で運動を実践すれば、筋力低下を防ぐどころか増加させることも可能であるとの報告もある。

 がん患者さんが不活動になる原因に疼痛・倦怠感、嘔気(おうき)・下痢などの消化器症状、睡眠障害や精神的なストレス、意欲の低下などがある。その結果、手術・抗がん薬・放射線による治療中の患者さんの70%は疲労感や運動能力の低下に悩まされることになる。さらにがん治療終了後の生存者の30%が長期間にわたり、体力や持久力の低下を体感する。

 「体重減少はがん患者さんに共通した普遍的な問題であり。診断時に約半数の患者さんで体重減少を認める。がん診療において低体重や体重減少の改善は看過できない課題」と新原さんは指摘した。

 がん患者さんの筋肉量や体重を維持するためには、運動とタンパク質摂取の双方が必要であり、とくに筋肉の分解を抑えるためには適度な運動を行うことが有効であり、同時にタンパク質の合成を促す働きもある。

講演⑤補助化学療法継続率アップを目指した栄養と運動
松尾宏美・がん研有明病院管理栄養士

 それでは、筋肉を維持するための栄養や運動をどのように進めるべきか。管理栄養士の松尾さんは、まず具体的に必要な栄養量を強調した。必要な栄養としては、水分は体重×30ml、エネルギーは標準体重×30kcal、タンパク質は標準体重×1.2gとなる。

 適切な栄養補給にはカロリーだけではなく、脂質、タンパク質、炭水化物などの各栄養素のバランスが取れていることも重要である。松尾さんは「一汁三菜の重要性が強調されるが、治療中で心身がつらいときには、簡単な工夫で乗り切ることも大切」と指摘した。

 例えば、調理が困難であるときにはおかゆだけ食べるというケースもあるが、「おかゆだけではタンパク質、ビタミンやミネラルが不足する。そこで卵やしらす、そぼろを入れるとよい。また冷凍していた野菜を加えるなど栄養価をアップさせる工夫が大切」と語った。

化学療法中にお勧めの食事

 がん治療中の栄養監理が重要であることはいうまでもない。一方で抗がん薬治療中は吐き気や嘔気など消化器症状や味覚障害などが出現し、十分な食事が摂れないことも少なくない。松尾さんは「抗がん薬に伴う症状があるときは無理して食べなくてOK。休薬期間には体調が回復するのでそのときに取ればよい」と語る。

 吐き気があるときは、「三食にこだわらず、食べられるタイミングで食べればよい。料理の匂いで吐き気をもよおすときは、冷まして食べることで匂いが軽減し食べられることがある」。下痢のときは「脂質は少なめにしてナトリウム、カリウムを補給のために心がける。水分は経口補水液やこぶ茶などがお勧め」(松尾さん)。

 便秘には適度な水溶性食物繊維を摂取し、こまめに水分を取り、適度な運動を心がける。口内炎があるときは熱いものや冷たいもの、香辛料を避けることと歯科受診も効果的。味覚障害があるときは塩味が鈍ることが多いため、スパイスやだしを利かせることもよい。また食事を摂れない場合は経口的栄養補助剤がたくさん出ているので、これらの特徴を合わせて利用することを考える。

 栄養を有効に活用するためには、適度な運動も効果的だ。松尾さんは「栄養障害の程度の違いに合わせて、運動の負荷量を調整するとよい」と語る(表3)。

■表3 栄養障害の程度と運動療法

 

文献
1) Hebuterne X,et al.,JPEN J Partner Enteral Nutr.,2014
2) Andreyev,et al.,Eur J Cancer,1998
3) Aoyama T,et al.Ann Surge Oncol.,2013
4) Abdiev S,et al.Gastric Cancer,2011
5) Aoyama T,et al.Ann Surg Oncol.,2015

パネルディスカッション 患者の声(がん患者、家族の質問から)

 第2部は患者さんやご家族からの質疑応答となった。司会は総合司会の比企さんが務めた。

比企 第1部ではがん患者さんの栄養摂取と適度な運動の組み合わせががん治療の質を上げ、予後の改善に関わっていることが報告された。一方で、薦められてもどうしても食事が摂れない、食欲がわかないという患者さんをどうするのかという問題も残る。最近ではアナモレリンという進行がん患者さんの食欲を刺激する薬剤も登場している。こうした薬剤の適応拡大を期待したい。

宮崎 アナモレリンは食欲ホルモンのグレリンの分泌を刺激する薬剤。非小細胞肺がん、膵がん、胃がん、大腸がんで有効性が検証されている。術後などより早期の段階で使えるようにするためには、われわれ術後栄養療法の重要性を通じている専門医が協力していく必要がある。

体重減少にどのように対処するか

比企 手術の後はどうしても体重が減少する。増やすにはどうしたらよいか。

熊谷 私は体重にそれほどこだわらない。増えなくても下げ止まってくれればそれでよい。重要なのはタンパク質であり、血液中のアルブミン値などを計測すればタンパク質量の評価ができる。

福島 私も体重減少は下げ止まることができれば問題ないと考える。どうしても心配ならば栄養剤の活用を考えるべき。下痢をしてしまうというケースもあるが、そのようなときはちびちび飲むことを推奨している文献もある。神経質になり過ぎずに栄養補給を続けていくことを考慮するとよいと思う。

松尾 食道・胃を手術したあとの患者さんは、濃い(浸透圧が高い)栄養剤を一気に飲むと、ダンピング症状を起こし下痢をする可能性があり、点滴を落とすように少量ずつ飲むことで腸への負担が軽減できる。

新原 食道や胃の切除をした患者さんでは、食事を摂った場合の血糖の変動についてはよくわかっていない。今後の研究課題だと思う。

比企 「栄養はがん治療の鎧」という宮崎さんの指摘は名言だと思う。一方で運動の重要性を唱えても、なかなか動けないという患者さんもいる。どのように働きかけが必要か。

宮崎 無理をせずに続けることが基本。あくまで継続できる負荷の運動を薦める。しかし、あまり軽くても意味がないので、少し疲れる程度の強度を目標に薦めている。

熊谷 歩行のような有酸素運動だけではなく、簡単なレジスタンス運動も薦めたい。器具を使う運動ではなく、自宅や職場でできる簡単な運動でいいから筋肉を使う事が大切。

比企 具体的なレジスタンス運動としてはどのような運動がいいのでしょうか。

松尾 まず5秒間ほどストレッチをする。その後は踵あげトレーニングや屈伸運動などを組み合わせることを薦めている。

比企 パネリストの先生方に感謝申し上げたい。今日の情報はがん患者さんだけではなく、様々な人々のフレイル対策、サルコペニア対策の観点からも大いに参考になったと思う。今日の話を参考に聴衆の皆さんには生活の質が高い人生を歩んでいってほしい。またお会いできる日を楽しみにしている。取材・文●「がんサポート」編集部

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