日本がんサポーティブケア学会理事長・田村和夫さん(福岡大学医学部総合医学研究センター教授)に聞く

質の高いがん医療の実現にはサポーティブケアが欠かせない

2019.10 取材・文●「がんサポート」編集部

 がんの治療には、がんそのものを標的とする外科療法、放射線療法、化学療法などと、それをサポートする「サポーティブケア(支持医療)」がある。この2つが両輪となって機能することではじめて、安全で質の高いがん医療が可能となる。しかし、がんサポーティブケアについての関心は十分ではなく、研究も思うように進んでいない。

 こうした現状を憂い、支持療法の学際的・学術的研究を推進し、その実践と教育活動を通して、がん医療の向上に貢献することを目的に設立されたのが日本がんサポーティブケア学会(JASCC)だ。現在の会員数は約1,000名。医師をはじめとして看護師、薬剤師、理学療法士、栄養士と多職種にわたり、さらに患者も加わっている。先ごろ青森市で開催された第4回日本がんサポーティブケア学会学術集会の成果や課題を踏まえながら、理事長の福岡大学医学部総合医学研究センター教授の田村和夫さんに、がんサポーティブケアの現状やこれからについて聞いた。

サポーティブケア――がんの早期から終末期までをサポート

 ――まず、がん医療における“がんサポーティブケア”の持つ意義や役割について教えて下さい。

 田村 現在のがん医療は、手術でがんを取り除いたり、放射線や抗がん薬でがんにダメージを与える治療に力が注がれています。最近、脚光を浴びているゲノム医療もその1つです。もちろん、これらは非常に重要です。それによってがんの治療成績は着実に向上しています。

 一方で患者さんは、脱毛、倦怠感、吐き気・嘔吐、心理的不安・恐怖など治療に伴う種々の辛(つら)い副作用に苦しんでいるという現実があります。こうした副作用が起こらないように予防する。また、起こったときには、迅速に的確に対策を施す。これがサポーティブケアです。がんの治療は、がんそのものをターゲットとする治療と、サポーティブケアが車の両輪で、この2つが機能しないと決してうまくいきません。

 ――実際に医療現場では、サポーティブケアとしてどのような治療が行われているのでしょう。

 田村 具体的には、がんの症状や合併症の軽減、抗がん薬などによる副作用の予防や治療、リハビリテーション、患者や家族の心理的負担の緩和、終末期における心身のサポートが挙げられます。ケアの範囲は広く、進行・再発がんや末期がんだけに限りません。例えば早期がんで、治癒が得られる場合でも、治療による急性期の副作用や後遺症、数年後に起こる晩期の副作用に悩むケースが少なくないのです。つまり、がんのどの段階でも、患者は治療関連の副作用やがんの進行に伴う苦しみを抱えています。これらをサポートする一連の医療行為がサポーティブケアなのです。

支持療法から“支持医療”へ

 ――サポーティブケアは日本では「支持療法」と訳されていますが?

 田村 一般的に頻用される支持療法の「療法」は“治療の方法・仕方”を指しています。一方、サポーティブケアは、がんの随伴症状の管理、化学療法による有害事象への対策といった早期から終末期に至るすべての医療行為だけでなく、それを実施するチームや体制まで含む広い概念です。したがって、範囲が限定される「支持療法」という言葉ではなく「支持医療」と呼ぶのがふさわしく、今後この用語を発信・普及させていきたいと考えています。

 ――支持医療と緩和医療の違いは?

 田村 本来の概念とは別に、一般的な認識として、緩和医療はがんの軌跡(自然史)の中で後半部を担うケアと受け止められています。日常診療でも、患者が終末期に近づくとチーム内で「そろそろ緩和ケアを考えよう」と検討を始める場面がよくみられます。現場ではそれが根づいていますから、比較的早期のがん患者をケアするときに緩和ケアという用語は馴染みません。患者や家族は、緩和ケアという言葉のニュアンスから、ネガティブなものを感じてしまうからです。

 一方、支持療法は先ほどもお話ししたように、早期から終末期のすべてのステージにおける一連の心身のサポートを指しますし、患者が亡くなった後の家族の悲嘆を癒すグリーフケアまで含めることもあります。ですから、緩和医療も支持医療の一部とみなすことができます。

 しかし、大事なのは定義ではありません。両者の守備範囲を線引きするより、がん患者の前半部分を支持医療がカバーし、オーバーラップしながら緩和医療にシフトしていくというイメージで理解するほうが実際的だと思います。

 こうした考え方は欧州臨床腫瘍学会(ESMO)のステートメントでも示されており、欧米では「supportive/palliative care」(支持/緩和医療)という言葉が広く用いられています。

人材の掘り起こし、エビデンスの集積が課題

 ――日本における支持医療の現状は?

 田村 がんに対する化学療法は、高い効果を期待できますが、反面多くの副作用を伴います。かつて、患者を最も苦しめていたのは嘔気・嘔吐でした。しかし、制吐薬の開発、進歩によって、症状が大幅に軽減しました。また、発熱性好中球減少症(FN)についてもエビデンス(科学的根拠)が蓄積し、ガイドラインも作成されています。

 しかし、これらは有害事象のごく一部にすぎません。脱毛、倦怠感、食欲不振などの身体的な苦痛、不安、恐怖といった心理的な苦痛など、問題の多くについてはほとんど未解決のままで、標準治療すら確立していません。

 また、診療体制も同様です。がん対策基本法が施行され、がん診療連携拠点病院を中心に、支持・緩和医療の整備が行われていますが、専従のスタッフを持ち、支持・緩和医療の診療科を併設している施設は限られています。多くは、がん診療に携わる医師、看護師、薬剤師などが兼務で業務をこなしているのが実情です。その必要性、重要性が指摘されているにもかかわらず、治療環境の整備は遅れているといわざるを得ません。

 ――そうした現状を踏まえて、学会として果たすべき役割とビジョンについて教えて下さい。

 田村 学会が取り組むべき課題は山積しています。1つは、人材の掘り起こしです。現在、支持医療を専門とする医師はほとんどいません。精神腫瘍学(サイコオンコロジー)という分野はありますが、守備範囲が限られています。しかし、若い臨床医に支持医療のスペシャリストを目指せというのは無理があります。彼らにとってはゲノム医療など最先端のがん医療のほうがずっと魅力的なはずですから。

 一方、がん診断や治療を専門にしている医師の中には、がんを標的とする治療と支持医療が車の両輪であり、支持医療のサポートがなければ、がん治療自体がうまくいかないことに気づいている人も多いと思います。そうした医師に、これまで以上に目を向けてもらうようにすれば、支持医療に携わる臨床医の層が厚くなってきますから、まずそうした医師を掘り起こしていきたいと考えています。

 また、支持医療は医師だけでなく、看護師、薬剤師、栄養士、リハビリテーションスタッフなどチームで行う医療ですから、そうした専門性を備えたスタッフの養成も、我々の役目です。

 もう1つは、エビデンスの集積とガイドラインの作成です。ただ、支持医療は無作為化試験が難しく、エビデンスを創出しにくい難しさがあります。ですから当初は、エキスパート・オピニオン、あるいは現時点で得られた支持医療に関する客観的な情報をもとに、コンセンサスレベルの指針を発信していきたいと考えています。最近、学会では「がん悪液質ハンドブック」を作成しましたが、これは、がん悪液質について疫学、症候、病態、診断基準、治療方法について重要な点をまとめたものです。ガイドラインではありませんが、診療の参考にしていただければと思っています。

支持・緩和医療は進行・再発がん患者の予後も改善する

 ――最後に、支持・緩和医療の目指すところについて先生の考えをお聞かせ下さい。

 田村 支持・緩和医療の最終ゴールは、早期の治癒可能な段階であれば、QOL(生活の質)の良い状態でがんが治ること。一方、治癒が困難な段階でも、サポーティブケアを駆使して、大きな苦痛なく寿命をまっとうすることです。

 ただ、支持・緩和医療が症状の改善や緩和だけが目的かというと、そうではありません。1例を挙げましょう。2010年に米国のTemelらは、非小細胞がん肺転移例を2群に割り付けて比較試験を行いました。一方は、化学療法と並行して、定期的に専門チームが緩和ケアをする群、もう一方は、従来通り患者が苦しさを訴えた時だけ対応する群です。その結果、定期的に緩和ケアをした群では、うつ病の減少やQOLの改善が得られただけでなく、驚くことに全生存期間(OS)の延長も認められたのです。つまり、支持・緩和医療には、がん患者の予後を改善する可能性もあるということで、その重要性、大切さを理解していただきたいと思います。